名だたるホテルで腕を振るってきた稲葉正信氏が、集大成となる日本料理店「銀座 稲葉」を開業。オリジナリティーあふれる数々で、ゲストを魅了する。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2021年11月号掲載記事]
中川一辺陶氏による鍋の蓋を開けると、グツグツと煮えるスープから湯気が立ち上る。鶏白湯をベースに、渡り蟹、蛤、鱧それぞれから作るスープを合わせ、2日間かけて完成。凝縮された濃厚な味わいが秀逸。季節に応じ、松茸、牡蠣、スッポンなども取り入れていく。繊維の太いフカヒレには幾重にも重なる旨味が染み込み、目を閉じて余韻に浸りたくなる。
融通無碍が生む、心弾む食の極み
風格漂う石造りの外観。格子戸を引くと、書道家の武田双龍氏による「融通無碍」の躍動感溢れる文字が目に飛び込んでくる。考え方や行動が何物にもとらわれず、自由で伸び伸びしていることの意であり、店主である稲葉正信氏の信条だ。
1967年、東京都生まれ。浅草の割烹料理店を皮切りに、銀座や丸の内で研鑽を積み、西新宿「里風」の料理長に。グランド ハイアット 東京「六緑」やコンラッド東京「風花」の開業に携わり、2016年にはアマネムの総料理長に就任。文化庁長官賞文化発信部門を受賞。
鮨職人だった父の影響もあり、自然と料理人の道に進んだという。54歳を迎える今年、その料理人としての人生の多くの時間を過ごした外資系のラグジュアリーホテルを去り、自身の名を冠した「銀座 稲葉」を開業した。
「ホテルは万人に好まれる料理が求められる一方で、街場では自分の世界観を受け入れてもらえるかどうか。海外でさまざまなことを感じる中で、より個性を発揮していきたいという気持ちが強くなり独立に至りました」。舞台として選んだ銀座は、修業時代やコンラッド東京の仕事終わりにも頻繁に訪れていた馴染みのある街。帰ってきた、という感覚だと話す。
「フカヒレの旨煮小鍋仕立て」は、開業に際して考案した意欲的な新作。「一般的に中国料理の食材として使用されるフカヒレですが、和食の醍醐味である出汁を活かせると考えました」。蟹、蛤、鱧などの旬の食材それぞれから丁寧にスープを取っているため、季節の移ろいを存分に味わうことができる。まさに「融通無碍」。そして、稲葉が大切にしているもうひとつの信条である「温故知新」に基づく感性や技が、展開される料理の随所から伝わってくる。
11月からは、朝食をスタート。米国の雑誌『BRIDES』における“The Best Hotel Breakfasts in the World”に並んだアマネムの朝食が、銀座ならではのスタイルで供されることに。「現代の食における、本当の贅沢とは何か?」を具現化した珠玉の朝食。目の前で焼き上げられる出汁巻き卵、おくどさんの土鍋でご飯が炊き上がる音、炭火で魚を焼く香り……。想像するだけで胸が高鳴る。朝と夜、表裏一体のふたつの贅沢をぜひ「銀座 稲葉」の臨場感あふれるカウンターでご堪能いただきたい。
銀座 稲葉
東京都中央区銀座8-12-15 1F
☎03-6260-6568
不定休 18:00~の一斉スタート
※11月1日から
朝食開始9:00~/10:30~の2部制
おまかせコース3万3000円~、
朝食8000円(共に消費税・サービス料込)
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