あなたは時計愛好家、コレクター、それとも投資家?

FEATUREその他
2022.10.20

ここ数年、コレクターズウォッチの収益性は非常に高く、一部のモデルはオークションで記録的な値を付けている。しかしこのような現象を見ていると、本当の意味での時計への関心よりも、投機熱が過剰に上回っているのではないかと懸念が生まれる。実際、この現象は何を示しているのだろうか? スイスの時計専門誌「ヨーロッパスター」で発行人/編集長を務めるセルジュ・メイラードの見解を紹介する。

Ref.5002P-001

2021年にクリスティーズで出品された、パテック フィリップのRef.5002P-001 スカイムーン トゥールビヨン。合計12の機構を搭載した超高級複雑モデル。
Originally published on EUROPA STAR
Text by Serge Maillard
2021年10月19日掲載記事

「投資価値」としての時計

 一部モデルの過剰な値上がり。この現象から見えてくるのは、時計愛好家の中でも新しい顧客の台頭と、それに伴うカジノ効果やデジタルバッシングなどの問題だ。しかしこれらの問題は、情熱に裏打ちされたシーンの真のダイナミズムを損ねるものではない。

 ニューヨークタイムズが最近、エアー・ジョーダンからポルシェ911Sに至るまで急増するコレクターズアイテムについて触れた記事の中で、「かつては買い物をし過ぎる富裕層がコレクターと呼ばれたが、それが現在では投資家と呼ばれるようになった」と言及している。この表現は時計業界にも当てはまり、ある種の時計の価格が「投資価値」という概念をもたらすことが増えている。

 しかし、ここでいう「投資価値」とは、いったい何のことなのか? コレクターにとっての時計市場は、本当に我々が思っているほどダイナミックなものなのだろうか? これについてはコンサルタントのティエリー・ヒューロン(The Mercury Project)が、2020年における時計オークションを図式化しながら答えてくれている。彼の調査によると、主要なオークションハウス(フィリップス、クリスティーズ、サザビーズ、アンティコルム、ボナムス)において落札されたコレクターズウォッチの販売額は、手数料を含めて3億1600万スイスフランだった。新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、対前年比マイナス19%の数字となっている。

 これらの落札価格は、9400本のコレクターズウォッチが対象となっており、平均価格は3万3600スイスフランだ。この総額はスイス時計業界の売り上げに比べると控えめな印象であり(危機的な年であった2020年において輸出額は170億スイスフラン、ホールセールの数字は最終販売価格の総額より低いものとなっている)、ボストン・コンサルティング・グループは時計の二次市場の規模を160億ユーロと見積もっている。ただしティエリー・ヒューロンの調査によると、これらのセールスに関わっているブランドの数は非常に限られるということだ。


2020年 ウォッチオークション落札価格 トップ10

1.パテック フィリップ/Ref.2523/1
特徴:ピンクゴールド製デュアルクラウン、ワールドタイムウォッチ、ギヨシェ文字盤
落札価格:499万1000スイスフラン
(2020年11月6・7日のフィリップスにて)

2.ロレックス/Ref.6263
特徴:ステンレススティール製クロノグラフウォッチ、ブラックダイアル、エングレービングを施したケースバック、ポール・ニューマンブレスレット
落札価格:481万9571スイスフラン
(2020年12月12日のフィリップスにて)

3.パテック フィリップ/パーペチュアルカレンダー
特徴:保存状態が極めて良い非常に希少なピンクゴールド製パーペチュアルカレンダー クロノグラフウォッチ、ピンクダイアル、ムーンフェイズ
落札価格:338万スイスフラン
(2020年6月27日のフィリップスにて)

4.ロレックス/Ref.16516 A
特徴:1999年頃のオイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ
落札価格:297万5904スイスフラン
(2020年7月11日のサザビーズにて)

5.パテック フィリップ/Ref.2499
特徴:イエローゴールド製パーペチュアルカレンダー クロノグラフウォッチ、ムーンフェイズ
落札価格:260万スイスフラン
(2020年6月27日のフィリップスにて)

6.ホイヤー/Ref.1133
特徴:ステンレススティール製クロノグラフウォッチ、デイト表示、スティーブ・マックイーンからハイグ・アルトゥニアンへ贈られたもの
落札価格:194万3674スイスフラン
(2020年12月12日のフィリップスにて)

7.パテック フィリップ/Ref.1579
特徴:プラチナ製クロノグラフウォッチ、ブルーハードエナメルで描かれたグラフィック、スパイダーラグ
落札価格:194万スイスフラン
(2020年6月27日のフィリップスにて)

8.ブレゲ/No.1297-1808
特徴:ゴールド製4ミニッツトゥールビヨン、ロバンエスケープメント、温度計、秒計測用ストップスライド
落札価格:186万7715スイスフラン
(2020年7月14日、サザビーズにて)

9.パテック フィリップ/Ref.5033
特徴:チタン製自動巻き、カテドラルミニッツリピーター搭載、アニュアルカレンダー
落札価格:185万377スイスフラン
(2020年7月13日のクリスティーズにて)

10.ロレックス/Ref.6264
特徴:18Kゴールド製、ポール・ニューマン デイトナ、JPS(ジョン・プレーヤー・スペシャル)の刻印
落札価格:144万809スイスフラン
(2020年7月24日~31日のサザビーズにて)

資料:HammerTrack 2020, The Mercury Project

 2020年、落札価格が100万スイスフランを超えた22ロットのうち、13ロットがパテック フィリップ、4ロットがロレックス、2ロットがF.P.ジュルヌであり、その他にはホイヤー、ブレゲ、フィリップ・デュフォーなどがあった(上記資料参照)。

 ヴィンテージ市場と現行モデル市場の両方において、ブランド価値の二極化が進んでいる。それが1961年モデルであろうと2021年モデルであろうと、特定の人気モデルに熱狂的な関心が集中する。「オークションの結果はスイス時計市場の重要な温度指標となっており、有名時計ブランドの中には、年を追うごとにその価値を立証しているところがある」とティエリー・ヒューロンは自身の調査「HammerTrack 2020」の中で語っている。

Ref.2523

2021年フィリップス主催のジュネーブ ウォッチオークションXIIIにおいて、704万8000スイスフランで落札されたパテック フィリップのイエローゴールド製Ref.2523。

Ref.2523

Ref.2523は、ルイ・コティエによってデザインされたワールドタイムウォッチである。ユーラシア大陸を描いたクロワゾネのエナメル文字盤を備える。


多様なシーンから迫る、時計業界の現状

透明性の効果

 ある種のコレクターズモデルと呼ばれる象徴的なものの価値には、通常の販売価格や二次市場価格をはるかに上回るものがある。コレクターたちは愛好家が集まるオンラインコミュニティに集い、例えば「Clubhouse」のような新たな議論の場でノーチラスの次作のカラーやデイトナのサイズなどに関して討論を繰り広げたりしている。

 現代のブランドの真の価値も、二次市場での販売価格に裏付けられるようになってきている。モルガン・スタンレーがコンサル会社のLuxeConsultと行った最新の時計調査には、「Rolex solid as rock(岩のように堅調なロレックス)」という見出しが躍る。そこでは(チューダーを含む)ロレックスの市場シェアは、スウォッチ グループ全体の数字を超えたと推測している。

 デジタル技術がもたらした透明性の効果も前面に出てきており、これまで時計ブランドが触れないようにしていた価値観の違いが堂々と浮き彫りになってきている。現在出回っているプレスリリースの多くは、新作の価格についての情報が不足している。しかしこの情報こそ、将来の顧客が最初に知りたいことなのである。

二極化

 このような新しい状況は、これまで透明性に欠けていた業界に大きな衝撃を与えた。二次市場の出現に直面したブランドの不快感と、価格の透明性(中古品を扱うオンラインサイトで、自社製品が赤い大きな「ディスカウント」のフラグと共に掲載されているのを喜ぶブランドがあるだろうか)を理解することができる。また、「本物の」ヴィンテージアイテムと、売れ残りや減価償却品が混在する、いまだに規制のないデジタル・ジャングルを、より管理下に置こうとする動きも見られる。

 加熱しすぎた市場に直面しているブランドの中には、全ての関心を最も人気のあるモデルに集中させようとしているところもある。例えばパテック フィリップはノーチラスを生産中止とし、それに代わる新作を打ち出す予定だ。一方、他のブランドでは一度売られて再販されると自社モデルが価値を失っていき、新作の価値にもダメージを与えるという状況の中で苦しんでいるところもある。

 二次市場での展開が加速する中、水面下では集約も進んでいる。リシュモンはWatchfinderを買収、ブヘラはTournearを、ホディンキーはCrown & Caliberを、Watches of SwitzerlandはAnalog Shiftをそれぞれ買収し、Chrono24はIPOの専門家を新しいCFOとして迎えた。これらの動きは、人気のあるコレクターズモデルのダイナミックさと、例え「投資価値が低くても」機械式時計の寿命が一般的には長いものであるとされることを反映していると言えよう。状況は常に反転する可能性を秘めており、例えば過去にはあまり人気のなかった左右非対称なモデルが、現在では強いリバイバル人気を享受している事実などもある。

ブランド価値の昨日と明日

「二次市場には、真の意味での愛好家のコミュニティが存在する。しかし、一日の終わりに、そこで何が起こるかを我々が決められるわけではありません」とオメガのCEO、レイノルド・アッシェリマンは言う。「私たちは、戦闘機のパイロットのように正確にこの市場を狙うことはできません。私たちにできるのは、現代的なコレクションを強化し、合理化し、伝統を強調することで、全体的な売り上げに貢献することだけです」。

シルバー スヌーピー アワード

オメガが2020年に発表した「スピードマスター “シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念モデル」 。

 中古品ビジネスという冒険をおかしたことのないこのブランドにも、ウェイティングリストがある。例えば、2020年の「スピードマスター “シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念モデル」を受け取るために登録したのは、1万5000人(!)の人々だ。「もちろん、ウェイティングリストを作ることが目的ではありません」とレイノルド・アッシェリマンは続ける。「個人的には唐突な浮き沈みよりも、時計が徐々に人気を上げていく方が好ましいと思っています。

 結局のところ、私たちがするべきことは、次の世代のためにブランドの魅力を維持し続けることだと考えます。例えば、私たちはNATOブレスレットを採用し始めた初期のブランドのひとつです。若い顧客層の方々が、ご自身のオメガのヴィンテージモデル用にそれを買い求め、将来的には新作モデル用にも買い求めることになるでしょう!」。