2020年11月取材
時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。
今回は、明治27年に熊本で創業した株式会社大橋時計店の専務取締役、大橋瑠里氏に話をうかがった。大橋氏が原点として挙げた時計は、クマのモチーフが入ったウブロの腕時計。「上がり時計」として挙げたのはジャガー・ルクルト「ダズリング・ランデヴー・ナイト&デイ」である。その言葉から、大橋氏の人物像に迫ってみよう。
今回取材した時計の賢人
大橋 瑠里 氏
株式会社大橋時計店/専務取締役
熊本市出身。立教大学在学中にGIA JAPANで宝石学を学び、大学卒業後に米国宝石学会宝石鑑定士を取得。新卒採用でリシュモン ジャパンへ入社し、銀座本店などカルティエ直営店にて販売経験を積む。2011年に帰郷して大橋時計店へ入社し、2019年より現職に就任。前回紹介した大橋善治氏の次女にあたり、現在は次期社長として店舗運営、組織改革に取り組んでいる。
原点時計は、カルロ・クロッコより贈られたウブロの腕時計
Q.最初に手にした腕時計について教えてください。
A. ウブロの創業者、カルロ・クロッコさんからいただいた腕時計が私の原点時計です。私が高校1年生の頃にスイスから来日されたことがありました。その時に案内係を務めたのが彼との出会いです。熊本の各所を、仕事があった父の代わりに妹とふたりで巡って歩きながら、カルロさんは私たちにイタリア語を教えてくれました。そのお礼をイタリア語で手紙に書いた際、好きだったテディベアの柄の便せんを使いました。
20歳になった頃、成人式の写真を添付したEメールを送ったところ、「お祝いだ」といってこの時計を贈ってくださったんです。おそらく私がテディベア好きという認識を持っていてくれたのだと思います。ピンク色の文字盤に、ゴールドカラーでテディベアが描かれています。初めて手に取ったとき、ラバーベルトからバニラの香りが漂って、なんて品の良い時計だろうと喜びました。学生が着けるには高価な時計でしたが、気に入って使い込んだため傷をたくさん付けてしまいました。今でも特別な1本として、大切に手元に置いています。
「上がり時計」は、ジャガー・ルクルト「ランデヴー・ジュエリー ダズリング・ナイト&デイ」
Q.人生最後に手に入れたい腕時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。
A. 2本あって悩みました。1本は、ブレゲの「クイーン・オブ・ネイプルズ」です。東京で働いていたころから、師と仰ぎ慕った女性の先輩がいらっしゃるのですが、私の帰郷後、わざわざクイーン・オブ・ネイプルズを時計の大橋で買ってくださったんです。喜びと合わせ、その美しさが忘れられず、私にとっての憧れの1本となりました。
もう1本は、ジャガー・ルクルトの「ランデヴー・ジュエリー ダズリング・ナイト&デイ」です。中でも、ベゼルの外側を飾る168個ものダイヤモンドのグリフェスセッティングが魅了ポイントです。ジャガー・ルクルトは父の思い入れも強いブランドですので、代替わりしても弊社取り扱いブランドとして手放すことのないよう心したいという思いも込めて、上がりの1本に選びました。
取材余話
大橋時計店の4代目を継承予定の大橋瑠里さんが、父の善治さんと同時に取材を引き受けてくださった。善治さんが話す間、じっくりと耳を傾け、「実務的な会話が多いなか、こうして父の昔話などを聞けるのはうれしい」と喜ばれた笑顔が印象的だった。現在は経営者仲間と業種を超えた交流を重ね、時計を売るだけではない時計店の新たな可能性を模索しているという。「いつも自分は何をすべきかと考えています。今後、私たちは何で闘うのかを新しい目線で見付けねばなりません。小売店が厳しい時代のなか、今は原点回帰し、大事に売ること、そして豊かな『時の文化』のご提案をし続けていくことをもう一度考えていきたいです」と語った真剣な眼差しもまた、輝いて見える方だった。
●大橋時計店 公式サイト https://tokei0084.co.jp/
https://www.webchronos.net/features/71586/
https://www.webchronos.net/features/38973/
https://www.webchronos.net/news/34837/