時計フェアは、スイスではなく世界で。そして、プロ向けではなく普通の人のものに

フェアのスタイルはオンライン同時開催型、一般参加型へ

 ただ、フェアの内容は、これまでとは大きく変わったものになるだろう。その中でも最も大きな改革は、フェアのオープン化だ。これは、時計業界以外の一般の人々でもフィジカル、バーチャルの両方で、入場・参加・視聴できるようにすることである。

 その点では、通称ジュネーブ・サロンの主催者であるファウンデーション・オート・オルロジュリー(FONDATION DE LA HAUTE HORLOGERIE=高級時計財団、略称FHH)はサロンを、2020年に「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」に名称変更する前の「サロン・インターナショナル・オート・オルロジュリー(SALON INTERNATIONAL DE LA HAUTE HORLOGERIE、略称SIHH)」時代の2017年から、すでにフェアの改革に着手していたことは称賛に値する。

 時計関係者だけのクローズドなフェアを最終日に限ってだが有料で公開し、会場で開催されるトークイベントなどを全世界にネット配信していたのだ。それが、2020年と2021年のオンライン開催の下地になった。

 新型コロナウイルス危機のために中止になってしまったが、SIHHから「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2020」に改称された2020年のジュネーブのフェアは、ジュネーブ市全体のビッグイベントになることが予定されていた。筆者は詳細を知らないが、現地の時計関係者によれば、ジュネーブ市内の時計学校など、さまざまな施設で一般の人々も参加可能な時計関連のイベントが企画されていたという。

 ここまでお読みいただいた時計関係者の方からは、「バーゼルワールドはずっと前から一般入場可能なイベントだったのでは?」というご指摘を受けるかもしれない。おっしゃる通り! ただバーゼルワールドの「オープン化」は、スイス産業博覧会からの歴史を踏まえた、あくまで形式的なものだった。

 日本円で5000円を超える入場料を支払っても、時計ブランドのブースの中には入れてもらえず、ブース外側のショーケースに展示された新作時計を見るだけ。だから、事実上は業界だけのクローズドなイベントだったのである。何年か前に、バーゼルワールドの一般向けのチケット売り場の前で同業者と「誰が入場料を払ってこのイベントを見るのだろう?」と雑談したことを思い出す。


主役は時計業界の関係者より上顧客に!?

©Yasuhito Shibuya 2021
再び2015年に香港で開催された「ウォッチズ&ワンダーズ 香港」でのカルティエ・ブースのタッチ&トライコーナー。実際に気になる新作に触れて(タッチ)、試してみる(トライ)ことができた。

 新型コロナウイルス感染が再び拡大しているため、残念ながらフィジカルな開催は微妙な情勢だが「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2022」がオンラインに加えてフィジカルでも初開催されれば、その主役は時計業界の関係者ばかりでなく一般の人々になるだろう。その中でもバイヤーやメディア関係者以上に大切な「主役」が、高級時計を日常的に購入してくれる上顧客である。

 筆者は2013年から3年間、香港で開催された「ウォッチズ&ワンダーズ 香港」を2014年と2015年の2回、取材したが、カルティエなどの展示内容は、すでに顧客中心の体験型になっていた。つまり、SIHHの改名は、この経験と実績から行われたものなのだ。だから間違いなくそうなるはずだ。


各国個別開催への形態変更も

 また2021年、世界で唯一(ジュネーブ・ウォッチ・デイズを加えれば唯二?)フィジカルな形態で開催された「ウォッチズ&ワンダーズ 上海」のように、新型コロナウイルス危機の状況にもよるが、上海よりもさらにコンパクトなカタチで、各国ごとに時計フェアが開催され、世界各国を巡回する形態で開催される可能性もある。

 2022年のバーゼルワールド開催は消えたが、バーゼルワールドもこの形式なら、その100年を超えるブランド力を活用できる。実際、フェアを主催するMCHグループは、バーゼルワールドの復活と同時に同年、アジアとアメリカの2カ所でローカルな時計フェアを開催する計画を発表していた。そのベースとなるバーゼルワールドが消えたことで、2022年の開催は難しいだろう。ただ同グループには、美術品取引で世界最大規模の見本市「アートバーゼル」を香港やアメリカ・マイアミで成功させた実績がある。


顧客にダイレクトにアクセス

 そしてローカルな時計フェアでは、フェアの性格はさらに参加型の、一般顧客を対象にしたものになるだろう。「B to C」の流通形態、顧客へのダイレクトアクセスは、ハイエンドなブランドであればあるほど、時計ブランド側が熱望していることだからだ。また上顧客も、時計師やデザイナーなど、作り手とのダイレクトなアクセスを間違いなく望んでいる。現状でもこのチャンネルはすでにある。だが時計フェアがローカル化した場合には、さらに強化されてフェアのコアなコンテンツになるだろう。

©Yasuhito Shibuya 2021
再び2015年に香港で開催された「ウォッチズ&ワンダーズ 香港」でのカルティエ・ブースのタッチ&トライコーナー。実際に気になる新作に触れて(タッチ)、試してみる(トライ)ことができた。

 いずれにせよ、時計フェアはフィジカルな中止を余儀なくされたこの2年間で大きく変わった。そして、さらに新しい形態に変わらざるを得ない。もはや旧態依然とした時計フェアなど、誰も望んでいない。

 それにしても気になるのは、バーゼルワールドに替わる時計フェアが、スイス、あるいは世界各地でローカルなカタチで誕生するかどうかだ。その場合、いったい誰がフェアの主体になるのか。今後の時計業界の動きに注目だ。



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