長らく、複雑時計市場を牽引してきたジャガー・ルクルト。鳴りを潜めたと思いきや、2021年には超大作で戻ってきた。新作の「レベルソ・ハイブリス・メカニカ・キャリバー185」は、4つの面に11もの機構を搭載した、かつてない超大作だ。しかし、この時計で見るべきは、驚くべき機能以上に、それを使えるサイズにまとめた、老舗の非凡な手腕である。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]
細かな積み重ねがもたらした
超複雑時計らしからぬ〝小さな〟サイズ
1990年代以降、複雑時計の製造に取り組むようになったジャガー・ルクルト。その〝素材〞に選ばれたのは、当時時代遅れと見なされていたレベルソだった。風防を保護するための反転ケースを生かして、同社はケースの裏側にさまざまな表示を追加。毎年のように進められたレベルソの複雑時計化は、ついに、その究極形である「レベルソ・ハイブリス・メカニカ・キャリバー185」に至った。これは、4つの文字盤に11種類の機構を載せた、同社史上最も複雑なスーパーコンプリケーションだ。
トゥールビヨン、瞬時表示の永久カレンダー、グランドデイト、曜日、月、閏年、デイ/ナイト表示、デジタルジャンピングアワー、分、ミニッツリピーター、北半球のムーンフェイズ、交点月周期(月の位置)、近点月周期(遠地点および近地点)、月、年、南半球のムーンフェイズを備えたこの時計の全容は、この紙幅では書ききれない。ここで強調したいのは、これだけの機能を盛り込みながら使えるサイズに収めたことだ。
永久カレンダーは、標準的な48カ月カム制御ではなく、12カ月カムと4年カムの2枚重ね。それにより、永久カレンダー機構が横方向に小さくなったほか、カレンダーの調整も容易になった。また、瞬時送りされるカレンダーとクレードル(台座)の両面に加えられた月齢表示なども、24時間かけて蓄積されたトルクで稼働する。そのため、カレンダーなどの切り替わり時に、テンプの振り角はまったく落ちない、とジャガー・ルクルトは説明する。
リピーターにも工夫が凝らされた。さまざまな機能を詰め込んだ本作に、リピーターを収めるスペースは十分に割けない。そのため、音を鳴らすハンマーの先端が折れ曲がるトレビュシェ・ハンマーを採用した。小さくてもハンマーの慣性を増やせるため、音を大きくしやすい。また、既存のリピーターとは異なり、音を鳴らす回数を決めるスネイルが、ゴングを打たない時は作動しないという情報を読み取るようになった。そのため、15分の音を鳴らさない場合は、スネイルに噛み合うカムが動かない。時、15分、分と、シームレスに音が続く理由だ。加えて、1時間おきに時間を読み取るスネイルを使うことで、空きスペースにジャンピングアワーを加えることに成功した。
ジャガー・ルクルト史上最も複雑なスーパーコンプリケーション。通称「クアドリプティック」。手巻き(Cal.185)。97石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約50時間。18KWG(縦51.2×横31mm、厚さ15.15mm)。時、分、トゥールビヨン、瞬時表示の永久カレンダー、グランドデイト、曜日、月、閏年、デイ/ナイト表示、デジタルジャンピングアワー、分、ミニッツリピーター、北半球のムーンフェイズ、交点月周期、近点月周期、月、年、南半球のムーンフェイズを持つ。30m防水。世界限定10本。135万ユーロ(税抜き)。
クレードルの両面に設けられた月齢表示や年表示などは、今までの「ハイブリス・メカニカ」に同じく、24時間に一度、ムーブメント側から飛び出す突起だけで、すべての情報を切り替える。1日一度の入力だけで、クレードルの両面に置かれた4つの表示と年と月表示をすべて切り替えるだけでなく、月齢表示は1111年に1日の誤差しかないというのは驚異的だ。歯車の数、あるいは歯数を増やせば月齢表示は正確になるが、クレードルを大きく厚く作る必要がある。ジャガー・ルクルトは「歯車を長く精密に作ったため、クレードル内の機構を薄くできた」とのみ説明するが、これこそ「ムーブメント屋」であるジャガー・ルクルトの精華だろう。
トゥールビヨンキャリッジの隣に置かれたグランドデイトも、やはりコンパクトにまとめられた。1の位の「1」の表示をふたつにすることで、1の位のディスクの小型化に成功したのである。単純なようだが、こういった細かい積み重ねが、この超複雑時計を縦51.2mm、横31mm、厚さ15.15mmという〝小さな〞サイズに留めることに成功した。安全性も考えられている。クレードルから外した状態では、針合わせしか行えないため、不用意に機構を動かす心配もない。リピーターには安全機構はないが「タイムラグがないから、作動中に操作するとは考えにくい」とのこと。
満を持して発表された「レベルソ・ハイブリス・メカニカ・キャリバー185」。長年の沈黙を感じさせない構成は、さすがル・サンティエの老舗というほかない。あのジャガー・ルクルトが超大作を引っ提げて、ついにオートオルロジュリーの世界に戻ってきたのである。
https://www.webchronos.net/features/62323/
https://www.webchronos.net/features/42292/
https://www.webchronos.net/features/69456/