日本屈指の品ぞろえを誇る時計専門店「ISHIDA新宿」。2021年6月19日に「BEST新宿本店」から店名を変え、大規模なリニューアルオープンを果たした同店は、単に売り場面積の拡大だけではなく、さまざまな新しいサービスを開始した。その意義を探るべく、『クロノス日本版』編集長広田雅将が、ベスト販売3代目社長の石田充孝氏に話を聞いた。
Photographs by Yu Mitamura
土井康希(クロノス日本版):まとめ
Text by Kouki Doi (Chronos-Japan)
対談で見えてきた「ISHIDA新宿」リニューアルの意図
広田:2016年にオープンした札幌の「ISHIDA N43°」に続き、2021年に「ISHIDA新宿」を大規模リニューアルされましたが、今回のリニューアルを行った意図をお聞かせいただけますか?
石田:ISHIDA新宿をリニューアルした理由は、まず旧店舗の隣の土地を購入してより広い店舗を作ろうと思ったのがきっかけです。ただ、一番大事なことはお客様が来て楽しんでいただける空間づくりをしないといけない。我々が大切にしている「感動」「笑い」「夢」という3つの要素を見いだせる店舗を目指しました。
店内フロアに「壁を設けない」ことも重要なポイントです。さまざまなブランドが集まっている店内に壁を設けるのは誰でもできるけれど、壁を設けずにいかにブランド同士を調和させていくか、フロアごとの違いを味わえるような空間づくりを重要視したい、というのが一番大きいですね。なので、例えば札幌の店舗においては、他に時計専門店がない地域であれだけ高級感のある空間を設けるっていうのがひとつのコンセプトでした。そして新宿店においては、さまざまな人種のるつぼである新宿に集う多くの人々に楽しんでもらえるような空間を設け、それをフロアごとに変えてゆく、というのが大前提にありました。
例えば5階はエントリークラスならではの賑やかさがあるスペースになっていて、3階と4階は高級感のある大人の雰囲気で、2階はスポーティー、1階はジュエリーブランドも混ぜて女性も入りやすいような空間にしています。そして地下に降りると、ヴィンテージウォッチを集めたミュージアムのようなスペースが広がっています。先程の3つの要素で言うと、このような店内にすることでお客さまの感動を生み出し、時計が好きな人を笑顔にし、そして店舗を訪れた人が夢を持って、いつかはここで買いたいと思ってくれるような空間作りを行いたい、というのがリニューアルの意図ですね。
飽きさせない〝仕掛け〟づくり
広田:石田社長って、これまで顧客の感動を実感しにくいB to B(Business to Business=企業間取引)のビジネスをやってこられたじゃないですか。そこからB to C(Business to Customer=消費者向け取引)、しかもニッチな業界に移ってこられて、これまでの経験とはまったく異なる視点で物事を見るようになったと思うんですが、「感動」という重要な要素にはどうやって気付かれたんですか?
石田:商社時代を含めても、お客様に感動して笑顔になってもらうという基本的な要素は一緒です。厳しい交渉の中でも、それをやり遂げたら大きな達成感があるだろうし、将来の夢を描くっていうことは僕らも普段からやっていることだから、まったくそこに違いはなかったですね。そして、それを時計業界に落とし込んでいったらどうなるのかっていうのを考えました。
そもそも僕はひとりの消費者でもあるわけだから、自分が何で感動したのかを思い起こすことも大事。これまでのISHIDAを築き上げてきた、父(初代社長・石田嘉孝氏)と兄(2代目社長・石田憲孝氏)のDNAを受け継いでいることも大きいと思います。
広田:先代の憲孝さんも、時間帯によって店内のBGMや香りを変えたりされてたじゃないですか。そういった飽きさせない工夫がすごいなって思いましたね。
石田:だからこそ、その飽きさせない“仕掛け”をどうやって作るのかが大事だと思います。
広田:ISHIDAでは、国内では採用するリテーラーが少ない、下取りなどを含めた全体的なエコシステムの導入を進めていらっしゃいますが、なぜこのエコシステムを今回のリニューアルに伴って充実させていこうと思われたのですか?
石田:僕自身はこれまで商社にいたので、経営におけるSDGs(持続可能な開発目標)の考え方は当然のようにあって、それを同じように時計業界でも実行しているわけです。いい時計をより永く世の中に残していくことが大事ですし、それが我々の使命だと思っています。そして、いいものを残していくにはケアが大切で、ちゃんとしたケアを行うためには、きちんとしたブランドとも付き合いを持たないといけない。
それと、アンティークやヴィンテージウォッチって、お金がある人だけが買うものではなくて、本当に時計が好きな人が買える“手頃感”がなくてはいけないんですよ。多くの人が楽しめる世の中にすることが大事だよね、というのが、今回のリニューアルに伴ってヴィンテージ品に力を入れている理由です。だから名前も「BEST USED」から「BEST VINTAGE」に変えて、その想いをより強固にしました。
広田:僕は、ラグジュアリーって入り口から出口まで一貫したサービスがシームレスに続くことだと思っていて、日本のラグジュアリービジネスはそこができていないと感じています。石田社長はそこを実行されているんじゃないかなって思います。