ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
2021年のパネライの新作のように、時計の世界にも「サステナブル」の波が押し寄せている。今回は2020年、スイスの時計界に登場した、世界が注目する日本未上陸のサステナブルな新ウォッチブランドを紹介する。世界に発信したい彼らのメッセージと、その製品戦略とは?
(2021年12月12日掲載記事)
時計史に残るパネライの挑戦
都市に住んでいると、環境問題が深刻だとはあまり思えないもの。だが農業や漁業など、第1次産業の現場に足を運ぶと、そこではこれまでなかった深刻な事態が起きている。そして、地球温暖化による環境危機が切迫していることをひしひしと実感する。
そしてサステナブル(持続可能性)は、今や小学生の誰もが知っている時代のキーワードだ。そして学校では、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)の必要性について、教育が進んでいる。
だから、今の子供たちは私たちよりこの事態をちゃんと理解している。もしこのまま何もせずに事態を放置すればたぶん、残念だが私たちが思うより早く、深刻な危機がやって来る。
そこで先進的な企業は今、本気で必死に事業のサステナブル化に取り組んでいる。建築やクルマのような耐久消費財から、IT機器、ファッションアイテム、食品に至るまで、あらゆる分野で製品のサステナブル化が進んでいるのだ。
では時計業界はどうだろうか? 時計業界にもこの課題に果敢に挑戦した人気ブランドがある。そう、パネライだ。
2021年発表の「サブマーシブル eLAB-ID™(イーラボ・アイディー)」(PAM01225/税込み745万8000円)は、時計の歴史に間違いなく残る画期的な新作である。チタン製のケースや文字盤、ストラップ、さらに文字盤や針の蓄光塗料まで時計全体の総重量の約98.6%がリサイクル素材で作られた、究極のサステナブルウォッチなのだ。
ただ30本だけの限定モデルであることを考えると、ケースにリサイクルステンレス素材「ESteel™」を、ストラップにペットボトルから作ったリサイクル素材を使った通常モデルの「ルミノール マリーナ ESteel™」(税込み105万6000円)の方が、トータルなサステナビリティでは優れているし、その意味と価値は高いはずだ。ちなみに、この時計は時計の総重量152.4 gのうち89g、つまり58.4%にリサイクル素材を使っている。
パネライよりも身近な「サステナブルウォッチ」
https://www.idwatch.ch/
そして日本では初の紹介になるが、パネライに続き、パネライを超えたコンセプト「サーキュラースイスメイド」を掲げる時計ブランドがスイスで誕生し、世界的に注目を浴びている。
2020年、ニコラ・フロイディガー、シンガル・デペリー、セドリック・ムルハウザーという若い3人がクラウドファンディングで161人の出資者から目標額の2倍近い27万3317スイスフラン(1スイスフラン=123円換算で約3362万円)を調達してスタートした「ID Genève(アイディー・ジュネーブ)」だ。
オンラインでインタビューした共同CEOのひとり、ニコラ・フロイディガーは、もともと時計業界の人ではなかった。スイスの有名なホスピタリティーマネジメントスクール「エコール オテリエール ローザンヌ(Ecole Hôtelière de Lausanne)」を卒業。飲料メーカーのコカ・コーラ HBC スイス社でデジタル&eコマースマネージャーを務めていたという経歴を持つ。
ホテル業界の方ならご存じかもしれないが、1893年に創立されたこの学校は、富裕層の間では有名な全寮制のボーディングスクールである。世界中のホテル王が子息を学ばせていることで知られている。つまり、若きビジネスエリートが、時計でもサステナブルな世界を実現するために友人、時計師と共に起業したのだ。
彼らの着眼点は正しかった。その「サーキュラースイスメイド」という時計のコンセプトは、スイスで循環型社会の実現を目指す27のスタートアップ企業が競ったコンペティション「Circular Economy Award 2020」で、消費財部門の大賞を受賞した。スイスでは、すでに高く評価されているのだ。