操作系から見る時計のコンセプトと進化 リュウズ編

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2021.12.14

腕時計を運用する際には何かしらの操作が必要だ。頻度に差はあれ、定期的な時刻合わせやカレンダーの修正、巻き上げをリュウズによって行う。操作はしやすい方が良いし、使用しない時は邪魔にならない方が良い。また、使用環境が変われば“操作しやすい”基準も、どのように操作するかの想定も変わってくるはずだ。そこで時計において最も基本的な操作系となるリュウズに焦点を当て、時計のコンセプトとのつながりに注目したい。

佐藤しんいち:文・写真
Text by Shinichi Sato
2021年12月14日掲載記事

ロンジン アビゲーション オーバーサイズ クラウン シングルプッシュピース クロノグラフ


リュウズひとつで多彩な操作が可能

 最も基本的な操作系はリュウズである。機械式時計のほとんどに備えられており、軸方向の押し引きと回転の組み合わせによりさまざまな機能を実現している。

 ムーブメントによって詳細が異なるため、デイデイト表示を備える3針ムーブメントETA2836-2を例に述べよう。リュウズが押し込まれた状態、あるいはねじ込みを解放した状態で、リュウズを時計回りに回せば主ゼンマイの巻き上げとなる。リュウズを一段引いて時計回りに回すと日付の修正、反時計回りに回すと曜日の修正が可能となる。もう一段引いて操作すると、分針と時針が連動して動いて時刻の修正が可能となる。

 ETA2836-2ではリュウズポジションでセッティング項目を選び、実際に回すことで調整を行うタイプであったが、引き出しや押し込みそのもので調整するムーブメントもある。オメガの1960年代の名機であるCal.565はリュウズの引き出し操作で日付のクイックセットを行ったし、セイコーによる世界初の量産型自動巻きクロノグラフCal.6139は押し込み操作で日付および曜日の調整を行った。

 この他、リュウズに割り当てられるメジャーな機能は第2時間帯の単独修正がある。リュウズの軸方向の動きと回転の単純な組み合わせでさまざまな機能が実現されており、改善の積み重ねを感じることができる。


特殊な用途から決まるリュウズのデザイン

ビッグ・パイロット・ウォッチ・キャリバー52 T.S.C.

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ・キャリバー52 T.S.C.」Ref.IW431
手巻き。直径55mm、厚さ16.5mm、重さ183g。IWCが手掛けた中で最も大型の腕時計である。

 時計に限らず、ツールの用途を限定して特殊な環境に合わせたものとすると、それに合わせて進化することが多い。そんな特別な進化の例としてパイロットウォッチが挙げられる。過去の航空機パイロットは、暖房設備の無いコックピットで防寒のための厚手のグローブを着用していた。これに合わせてパイロットウォッチには、グローブを着用していても操作がしやすいように、大きく凹凸のはっきりとしたリュウズが採用されていた。

 特にドイツの軍用機パイロット向け腕時計には、オニオン型やダイヤモンド型の特徴的なリュウズが採用された。このダイヤモンド型のリュウズの伝統を引き継いでいる例がIWCの「ビッグ・パイロット・ウォッチ43」だ。

 ただ、このモデルと特徴的なリュウズは、正確にはかつての航空機パイロット用時計に由来するものではない。現在のビッグ・パイロット・ウォッチの始祖となる「ビッグ・パイロット・ウォッチ 52T.S.C.」は各空軍基地の士官向け軍用観測時計で、各パイロットの腕時計の基準時刻を管理するために作られた。基準時刻の管理の為に高精度を求められた本機は、6姿勢と3温度での精度補正などを施された懐中時計用の大型ムーブメントを搭載している。そのため、ケース径55mm、厚さ16.5mmと、“ビッグ”の名に違わぬ時計が出来上がったのだ。

 このように、当時のビッグ・パイロット・ウォッチは上空での使用を想定したものではなかった。しかし、厳しい要求の中には-20℃までの寒冷性能が求められていた上、基準時計としてなるべく正確な操作が必要であったからか、手袋でも素手でも操作しやすい大型のダイヤモンド型のリュウズが採用されていた。

ビッグ・パイロット・ウォッチ43

IWC「ビッグ・パイロット・ウォッチ43」
52 T.S.C.のスタイリングを継承しつつ、スタイリッシュな印象をまとった2021年発表モデル。自動巻き(Cal.82100)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径43mm、厚さ13.6mm)。100m防水。118万2500円(税込み)。

 現在のビッグ・パイロット・ウォッチ43は、当時のモデルを思わせる“ビッグ”さと、視認性に優れる純粋な計器としての雰囲気、アイコニックなリュウズデザインを受け継ぎつつ、現代の日常使用に合わせてケース径43mmにリサイズしたモデルであると言える。


リュウズの特徴をモデル名に持つ時計

 パイロット向けに採用された大型のリュウズ(クラウン)を名前に持つモデルもある。オリスの「ビッグクラウン ポインターデイト」である。発表当時の競合モデルに対して明らかにリュウズが大きかったことや、操作性の良さがセールスポイントであると考えての命名であったのは想像に難くない。

オリス ビッグクラウン

オリス「ビッグクラウン」の初期モデル。小ぶりなケースに反して大きめのリュウズを採用していることが分かる。

 ビッグクラウンの名称と大きなリュウズが、現在でもアイコンとして受け継がれていることを考えれば、この特徴的な意匠が、当時のプロフェッショナルと多くのユーザーに支持された重要なコンセプトであったことがうかがい知れる。

ビッグクラウン ポインターデイト

オリス「ビッグクラウン ポインターデイト」
現代的なアレンジを加えつつ、販売を続けるオリスのアイコンモデル。特徴は大きなリュウズだけではなく、ポインターデイトとコインエッジベゼル、コブラ針は往年のミリタリーモデルを思わせる組み合わせが魅力だ。自動巻き(Cal.Oris 754/セリタSW200-1ベース)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径40mm)。5気圧防水。20万9000円(税込み)。