2年ほど続いたコロナ禍が、少なくとも日本では一段落ついた。またぶり返す可能性は高いが、前よりは少し安心だ。強制的な引きこもりから開放されると、ふとどこかに行きたくなる。無理にこじつけると、旅に必要なのはもちろん時計だ。電車に乗る時間や、チェックインの時間を確認する時に、時計がないととても困るのである。
しかし、旅に持っていく時計は、実用的なのは当然として、それなりの「雰囲気」がいる。というわけで、今回は旅に持っていきたくなる時計を選んでみた。この場所にはこの時計と勝手に決めつけたけど、皆さん、それぞれの1本をイメージしてくださいね。この記事は、あくまで皆さんが旅と旅時計を思うための「入口」です。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2021年12月18日公開記事
1.ルミノックス「オリジナル ネイビーシール 3000」Ref.3001×さんない温泉(青森)
青森の三内遺跡近くにある「さんない温泉」は、お湯が強烈な日帰り施設だ。お湯は熱い、硫黄も強い、塩分濃いめと普通の人が入ったら湯あたり間違いなしだ。そのためか、地元のおっさんだけでなく、熱狂的な温泉ファンの姿をちらほら見る。さんない温泉に飽きるまで浸かり、市内の居酒屋(素晴らしい店がいくつもある)で魚をつつき、豊盃を口に含むと、青森の気分が体に染みてくる。
持っていくなら、ルミノックスのダイバーズウォッチ「オリジナル ネイビーシール」Ref.3001だろうか。理想はサファイアクリスタル風防を持つ日本限定のRef.3001 ”XQ”だが、残念ながら入手は難しい。ともあれ普通のRef.3001であっても暗所で時間は見やすいし、外装が樹脂製のため、裸で着けても問題ない。しかも、薄くて軽く、ストラップが広いため腕馴染みも良好だ。また、回転ベゼルがあるため入浴時間を正確に測れる。長湯厳禁のさんない温泉では、回転ベゼルはことのほか重宝なのだ。なお、この時計に限らず、温泉に入ったら必ず真水で時計を洗い流すこと。使ったらちゃんと洗うのが、温泉と時計趣味を両立させるコツです。
「ザ・ルミノックス」。樹脂製のCarbonoxケースと、ソフトな天然ラバー製のストラップを持つダイバーズウォッチ。ルミノックスらしく、暗所の視認性もかなり高い。今もってタクティカルウォッチの傑作。クォーツ(Cal.Ronda 515)。バッテリー寿命4年。Carbonoxケース(直径43mm、厚さ11mm)。200m防水。4万6200円(税込み)。(問)Luminox TOKYO Tel.03-5774-4944
至るところに温泉が湧く青森県。人によって「推し温泉」はさまざまだが、個性的なお湯を好む人はこちらにどうぞ。ただし、施設はお世辞にもキレイとは言えないので、潔癖症の方は他にどうぞ。青森駅・新青森駅からアクセスは悪くないので、車を使わない人にもお勧め。JR東北本線青森駅から岩渡・つくしヶ丘病院行きバスで約35分、三内温泉下車。塩化物泉(日本温泉協会の基準による)。入浴料400円。電話番号がないため、実際に行かないと開いているかは不明。かなり不定休。青森らしいツンデレ温泉です。
2.ピアジェ「アルティプラノ」×茜屋珈琲店 旧道店(軽井沢)
旧軽井沢の奥にある茜屋珈琲店は、年中無休で営業している。茜屋はあちこちにあるが、水が良いのか、軽井沢にあるふたつの店は味が一段といい。休日は混んでいるが、平日はまだ余裕がある。秋冬ならなおさらだ。気に入った文庫本を開き、時間を忘れてぼやっと過ごすには絶好の場所。お腹が空いたら、旧軽銀座を降りて、菊水で洋食を食べるのもいい。
ここで時間を過ごすなら、着けていくのは気に障らない薄型2針か。あえてドレスウォッチのアルティプラノを巻いて、静かにコーヒーを飲むのは素敵に違いない。旧軽銀座の奥にたたずむ茜屋と、アルティプラノの匿名感はどことなく似ている。
今もって薄型2針の金字塔。傑作中の傑作、Cal.430を搭載する。針合わせ時に針飛びしやすいという弱点はあるが、今となっては味のひとつか。現行品としては珍しい、匿名性に満ちた高級時計。手巻き(Cal.430P)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約43時間。18KPGケース(直径38mm、厚さ6.4mm)。3気圧防水。205万400円(税込み)。(問)ピアジェ コンタクトセンター Tel.0120-73-1874
三宮発祥の茜屋珈琲店。軽井沢にアウトレットが出来て以降客層は変わったが、平日ならば、ゆったりした時間が楽しめる。コーヒー屋らしからぬ品の良さは、なるほど政財界のお歴々に愛されただけのことはある。個人的なお勧めは普通のコーヒー。何も足さずにゆっくり飲むと、やがて陶然とした気分になる。コーヒー800円。長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢666。年中無休(場合により定休日あり)。(問)茜屋珈琲店 旧道店 Tel.0267-42-4367
3.ブルガリ「オクト フィニッシモ」×ラ レゼルヴ ジュネーブ ホテル スパ アンド ヴィラ(ジュネーブ)
ジュネーブのラ レゼルヴは、ジュネーブでは珍しい、モダンなラグジュアリーホテルだ。豪奢だが適度にカジュアルで、肩肘張らないスタイルが受けているのだろう。ここに行けば、ジュネーブの著名人を見ることができる。どうでもいい余談だが、筆者が寄った時は、ジャン・トッドと独立時計師のジュルヌさんが中華料理を食べていた。中華料理がとりわけ有名と聞いたが、他のレストランも水準が高い(ただしお値段もかなり高い)。
このホテルに合うのは、ブルガリのオクトフィニッシモ。精密に作ってあるけど、どこか安楽という性格はラ レゼルヴのキャラクターにそっくりだ。ここで着けるならTiモデルではなく、100m防水になったSSモデルだろう。中華料理を食べて、そのままスパのプールで泳ぐ時も、わざわざ時計を変えずに済む。なお、このホテルでは決して“時計勝負”をしないこと。なにしろジュネーブの時計関係者が遊びに来るホテルですから。
薄さを強調するオクトフィニッシモ。しかし、100m防水となったステンレススティールモデルは、シチュエーションを問わずに使える時計に進化した。Tiモデルの吸い付くような装着感は、SSモデルも同じである。非常に好ましい"ラグスポ”だ。自動巻き(Cal.BVL 138)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ6.4mm)。10気圧防水。145万2000円。(問)ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100
ジュネーブの外れにあるラグジュアリーホテルが、ラ レゼルヴ。日本ではほぼ無名だが、ヨーロッパでは屈指の高級ホテルグループである。創業者は、かのシャトー・コス・デストゥルネルも所有するミシェル・レイビエ。102の客室数に対して、レストランは5つもある。また、2500㎡もあるスパは、ジュネーブで最も著名なもののひとつだ。近くに駅はあるが、電車で行くのはお勧めしない。ジュネーブ空港からタクシーを使われたし。Rte de Lausanne 301,1293 Bellevue。価格は時期と部屋により変動する。(問)ザ・リーディングホテルズ・オブ・ザ・ワールド Tel.03-5436-8110
4.エベラール「トラベルセトロ」×新得発釧路行2427D(北海道)
日本最長の鈍行列車という座からは降りたが、12時55分新得発・17時59分釧路着の2427Dは、今なお乗るべき列車のひとつだ。5時間をかけて道東に向かうこの列車では、汽車旅ならでは気だるさを存分に味わえる。特急列車なら早く着くが、2427Dは窓が開くからいい。草原の匂いや海の匂いは、特急列車ではまず感じられないものだ。匂いが変わるから、夏なら夏の、冬なら冬の楽しさがある。
腕に巻くのは、エベラールのトラベルセトロ。大径手巻きのユニタス6498を載せた、ベーシックな3針時計である。ゆるい旅には精密な時計も疲れるし、かといって実用的でなさすぎるのも困る。トラベルセトロはその点具合がいい。時計好きに好まれるユニタスだが、実は旅時計に向くムーブメントじゃないか。ユニタスとキハ40の魅惑的なマッチングは今のうちに是非。
大径手巻きのユニタスを搭載する3針時計。フィアット総帥の故ジャンニ・アニエッリに愛されたこの時計は、名前が示すとおり、旅向けの性格を持っている。薄くて視認性が高く、精度も想像以上に良い。ただストラップ選びは難しい。幅19mmと変わっているため、自分好みの代替品を探すのは手間だ。トラベルセトロにオリジナルのストラップを合わせている人は、よほどの通に違いない。手巻き(ユニタス6498-1)。17石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径42mm)。5気圧防水。30万8000円(税込み)。(問)エベラール・ジャパン Tel.03-5422-8087
5時間以上をかけて、新得から釧路を走るのが2427D。1977年から82年にかけて製造されたキハ40がいまだに稼働しており、車内では昔懐かしい「アルプスの牧場」のチャイムを聞くことができる。2022年3月のダイヤ改正でキハ40は廃止という噂もある。乗るならば今のうち。鉄道情緒を言うと、千葉の小湊鐵道と2427Dは双璧だ。新得~釧路間の運賃3630円。
5.パテック フィリップ「カラトラバ・パイロット・トラベルタイム 7234G」×ザ ノマド ホテル(ニューヨーク:休業中)
残念ながら休業してしまった、ニューヨークのザ ノマド ホテル。押し付けがましくないクラシックさとサービス、唯一無二のエッグベネディクトで知られる宿だった。似たコンセプトのホテルは多いけど、そこはかとなく漂う無国籍感はニューヨークならではだった。
ここに持っていくのは、パテック フィリップのトラベルタイムか。ワールドタイムだとジェットセッター感が出てしまうが、都市名の書かれていない世界時計は行き先を持たない遊牧民にこそふさわしいもの。気に入るまで滞在して飽きたらふらっと宿を出る人には、控えめな世界時計が合うはずだ。ともあれ、ザ ノマドの休業は本当に残念。心から再開を願っている。
パテック フィリップのトラベルタイムは、極めてよく出来た第2時間帯表示モデルだ。アクアノートでも良いが、個人的な好みは“小さな”カラトラバの7234G。直径が37.5mmしかないため、細腕でも馴染むはずだ。時計に対して調整用のプッシュボタンはかなり大きいが、慣れると違和感はない。ケース厚が10.78mmしかなく、全長が短いため、時計の取り回しは想像以上に良い。自動巻き(Cal.324 S C FUS)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径37.5mm)。3気圧防水。557万7000円(税込み)。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109
ニューヨークのNorth of Madison Square Parkこと、NoMad(ノマド)地区に存在していたホテル。遊牧民を意味するNomadではないけど、そこはかとなく漂う無国籍感は、今の遊牧民にこそふさわしい宿だった。この地区に続々オープンした高級ホテルの先駆けだったが惜しくも閉鎖。さて、トラベルタイムに似合う旅行先はどこにあるのだろうか?気になった人は、ロンドン、あるいはロサンゼルスのノマドにどうぞ。ラスベガスにもあるけど、こっちはちょっと違うかも。価格は時期と部屋により変動する。(問) thenomadhotel.com