日本をはじめ、世界の時計業界を代表する著名なジャーナリストたちに、2021年発表時計からベスト5を選んでもらうこの企画。
その名の通り、ヨーロッパはもちろん、コロナ禍の前には、日本やアジアの時計会社も丹念に取材し、今や世界的な知名度を誇るスイスで最も歴史ある老舗時計メディア『ヨーロッパスター』。その発行人兼編集長のセルジュ・メイラードが選出した2021年発表時計ベスト5は、自らのアイデンティティーに対する明確なビジョンを持ち、それを豊かな創造力でかたちにした時計たちだ。
パルミジャーニ・フルリエ「トンダ PF アニュアルカレンダー」
ブルガリにおける時計事業の実績で広く知られているグイド・テレーニは現在、パルミジャーニ・フルリエで指揮を執る。同ブランドCEOとして彼が発表した最初のコレクションとなる「トンダ PF」は、整然としたラインで、テレーニが正しい方向に向かっていることを確信させられる。テレーニはその鋭い審美眼をもって、このスイスブランドが、より現代的なアイデンティティーを受け入れられるように導いている。「トンダ PF アニュアルカンレンダー」のような、控えめでスポーツシックな新しいタイムピースは、古典主義とハイエンドなエンジニアリング、そして純粋な現代的センスの完璧な融合と言える。
自動巻き(Cal.PF339)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ11.1mm)。100m防水。442万2000円(税込み)。(問)パルミジャーニ・フルリエ Tel.03-5413-5745
ブルガリ「オクト ローマ ワールドタイマー」
ブルガリの作品は「オクト フィニッシモ」だけではない。2021年8月末~9月初めに開催された「ジュネーブ・ウォッチ・デイズ」では、最新モデルのひとつ「オクト ローマ ワールドタイマー」を発表した。時・分・秒を文字盤中心に配するだけでなく、文字盤外周にはダブルローテーティングディスクを組み合わせており、24の都市名と24時間目盛りを各リングに表示している。今やブルガリは時計業界においても大きな存在感を放ち、2021年の「ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ」では最高賞にあたる「金の針賞」を受賞している。
自動巻き(Cal.BVL 257)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。 SSケース(直径41mm、厚さ11.35mm)。100m防水。99万円(税込み)。(問)ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100
オメガ「スピードマスター クロノスコープ」
オメガは、絶えず過去の作品群に立ち戻り、タイムピースを再解釈することができるという、非常に有利な立場にある。本モデルは、有名な「スピードマスター」の新バージョンである。1940年代のクロノグラフに着想を得て、クロノグラフ機能と、その計測時間から3種類の概算値を割り出すことができるスケールが巧みにミックスされ、デザインされている。速度を測るタキメーター、距離を測るテレメーター、そして脈拍を測るパルスメーターがベゼルとダイアルに記載され、その同心円を描くデザインが、このモデルに独特なヴィンテージ感を与えている。
自動巻き(Cal.9908)。44石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径43mm、厚さ12.8mm)。50m防水。102万3000円(税込み)。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400
ゼニス「クロノマスター スポーツ」
ゼニスはここ数年で目覚ましいカムバックを遂げた。「デファイ」コレクションでは非常に斬新なアプローチを採用しており、これはゼニスの技術革新の歴史と調和するものである。その一方で「クロノマスター スポーツ」ではとても魅力的なスポーツシックなモデルを発表した。エル・プリメロの3色ダイアルを再解釈したデザインと、セラミックス製のベゼル、そしてケースと一体型のブレスレットにより、このモデルは2021年を代表するタイムピースのひとつとなった。
自動巻き(Cal.エル・プリメロ 3600)。35石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径41mm、厚さ13.6mm)。100m防水。116万6000円(税込み)。(問)ゼニス ブティック 銀座 Tel.03-3575-5861
アーノルド&サン「ルナマグナ」
アーノルド&サンは、現代の時計市場において最もエレガントで詩的な審美性を有するブランドのひとつであることは確かだ。同ブランドは、精密かつ詩的な月の描写を十八番としている。そのモデル名が示すように、「ルナマグマ」は腕時計史上最も大きな月を立体的なムーンフェイズ表示として持ち、その月は大理石とアベンチュリンで作られている。とはいえ、重たさはまったく感じさせない。エンジニアリングと詩をエレガントに組み合わせた、豪華なモデルである。
手巻き(Cal.A&S1021)。35石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。18KRGケース(直径44mm、厚さ15.9mm)。30m防水。世界限定28本。583万円(税込み)。(問)アーノルド&サン相談室Tel.0570-03-1764
セルジュ・メイラードのコメント
2021年は、ロレックスやパテック フィリップ、オーデマ ピゲ、F.P.ジュルヌ、フィリップ・デュフォーなど、ごく少数の選び抜かれたブランドのタイムピースに対する世界的な情熱を確認した年になった。ヴィンテージであれ、最近のモデルであれ、これらは「腕時の聖杯」となり、世界規模の“宝探し”を巻き起こしている。その最たる例は、オークションにおけるこれらのモデルへの関心の高さだろう。
工芸としての時計製造に対する世界的な関心を裏付けるこの大きな成功に加え、興味深い点は、このように新たな高まりを見せている計時技術の魅力の一角を勝ち取るために、他のいくつかの時計ブランドが想像力に富んだ方法を編み出している点だ。実際に、オメガやブルガリなどのブランドは着実な伸びを示し、他方でゼニスやパルミジャーニ・フルリエ、グルーベル フォルセイ、モーリス・ラクロア、ドクサといったブランドは「復帰」を遂げている。
筆者が毎年選ぶ時計のセレクションに、これらのブランドのタイムピースが入っているのには、こうした理由がある。これらのブランドはいずれも、強力な経営管理と、自らのアイデンティティーに対する明確なビジョンを特徴としている。今日、明確なアイデンティティーを有することは、顧客の関心を引くための鍵となっている。一次流通市場と二次流通市場が融合していくのに伴い、時計愛好家はブランドの長期的な価値を求めている。今では「影響力」を失ってしまった他のブランドの中にも、世界の時計業界の関心を取り戻すためのレシピを見つけられるブランドがあることを願ってやまない。
時計業界の逞しさには確かに目を見張るものがある。最も活気に溢れているのは間違いなくハイエンド寄りのセグメントである。だからといって、入門レベルや中価格帯に創造性やエネルギーを注ぐことを放棄すべきではない。なぜなら「腕時計ゲーム」の新規参入者には、依然として経済的な制約があることが多いからだ。実際、コロナ禍後(があることを願う)の世界には、まったく新しい世代の時計の消費者が自国内に存在していることは間違いない。
したがって各ブランドは、こうした新世代とつながりを持つ必要がある。その好例がティソで、同ブランドの1970年代のコレクションであるPRXのリニューアルにあたって、対象とする消費者の平均年齢を20~25歳に定めている。同コレクションは、ネオヴィンテージ(とはいえ現行品)で入手しやすく、価格も手頃であることから、この世代が求める条件をすべて満たしているのだ。
2022年も、新型コロナウイルス感染再拡大に対する恐れに始まり、その経済対策としての「紙幣の乱発」の後に来る金融危機の可能性に至るまで、世界規模の課題は多数残ることが予想される。それでも、感情対象物としての時計が、文化・社会における重要性を維持していることは周知の事実であり、その意味で、最近、機械式時計製造のノウハウがユネスコの無形遺産に認定されたことは、時計業界にとっては願ってもない最高の兆しだろう。これから時計業界は、将来の世代のためにこの遺産を保存・育成していくという使命を受け入れていかなくてはならない。
セルジュ・メイラードのプロフィール
1927年にスイスで創刊された歴史ある時計専門誌『ヨーロッパスター』の発行人兼編集長。同誌は家族経営の独立系メディアであり、セルジュ・メイラード氏は創立者のひ孫に当たる。
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