ウォッチエングレーバー金川恵治氏が生み出した “自分流”の技とは

FEATUREその他
2021.12.27

金川恵治氏は、日本国内では数少ないウォッチエングレーバーだ。腕時計のケースやムーブメントにエングレービングを施す彼の技は今、世界から注目を集めている。今回は、彼の工房がある「K CRAFTWORK JAPAN」に足を運び、自身で築き上げたという独自の技を探った。

彫金

土井康希(クロノス日本版):取材・文
Text by Kouki Doi(Chronos-Japan)
2021年12月27日掲載記事


高架下に広がる“ものづくりの街”

 元イラストレーターという異色の経歴を持ち、他とは一線を画するアーティスティックな腕時計を生み出す人物として世界各国から注目を集めている、ウォッチエングレーバー 金川恵治氏の工房兼ショップが、東京・御徒町にある。JR秋葉原駅と御徒町駅間の高架下に作られた「2K540 AKI-OKA ARTISAN」は、かつて伝統工芸職人の街だった御徒町エリアをより活性化させるために作られた、いわば“ものづくりの街”である。

 個人作家や職人がレザーグッズ、アクセサリー、眼鏡、傘、家具などを手がけ、約50のショップ兼工房がひしめき合う高架下のメインストリートを進むと、“オリジナル時計制作・お気軽にお入りください”という、ポップな手書きの立て看板が目に入る。ここが金川氏が腕時計の制作を行う工房「K CRAFTWORK JAPAN」だ。

2K540

「2K540」は見ての通り高架下に作られた街だ。この独特なネーミングの由来は鉄道用語で、東京駅を起点とした距離(2kmと540m付近)に位置することから。メインストリートを中心におよそ50店舗が立ち並び、身近に職人技を感じられる。

 ショップと工房がおおよそ半分に分かれており、ショップには金川氏が制作した作品や数多くのサンプル、そして協和精工が手がける腕時計ブランド「MINASE(ミナセ)」のコレクションが並んでいた。

 そもそも、ここは協和精工と金川氏とのコラボレーションによって設けられた場所。今日の両者の深い関係は、金川氏がMINASEの時計に惚れ込んだことをきっかけに築き上げられたもので、協和精工は時計のパーツなどを金川氏に提供している。


すべての道具が自分仕様

 さて、ここからは実際に金川氏がどのような技法を用い、美しい作品の数々を生み出しているのかを見てゆく。普段は遠くからのぞき見ることしかできない“工房エリア”へ案内されると、金川氏は普段使用している工具類をひとつひとつ丁寧に見せてくれた。

工具

次々と並べられていく数多くの工具類。時計の分解組み立てを行う道具に加えて、仕上げや彫金などを行う装飾のための道具もあるため、ひとつひとつの詳細を挙げるとキリがないほどだ。

ピンセット

 先ずは時計のムーブメントを扱ううえで必須となるドライバーやピンセットだ。ドライバーの先端はすべて取り外し可能なもので、ネジのサイズや特性に合わせて丸棒から加工したものが取り付けられている。一方ピンセットは既存のものを加工している。先端の形状は千差万別であり、ムーブメントのパーツ用やヒゲゼンマイの調整用、クロワゾネの銀線を直角に曲げる用などがある。写真の工具はごく一部であり、用途がピンポイントであるため、実際にはここで紹介しきれないほど膨大な数の工具を使い分けている。

バニッシャー

(左)手前から針を抜く剣抜き、針を取り付ける剣付け、ストラップを付け外しするバネ棒外し。これらも何らかの手が加えられている。剣抜きは鋼製の丸棒の先端を平たくして曲げ加工した後、焼き入れ・焼き戻しを行っている。また、通常はアクリルや樹脂製である剣付けの先端は「象牙」製だというから驚きだ。(右)先端が鋭利なこの道具は、ムーブメントの面取りを行うためのバニッシャー。曰く、「研磨剤やジャンシャンの茎を使う伝統的な方法よりも手間を省け、尚且つ綺麗に仕上がる」。もちろん、仕上がったものを見比べれば風合いなどは異なるだろうが、完成した作品を見れば納得の美しさだ。

ビュラン

 そして、エングレービングを行う上でメインとなるのが「ビュラン」である。こちらは特に種類が多く、双眼実体顕微鏡が取り付けられた彫金専用の机にずらりと並んでいた。刃先の形状はすべて異なっており、彫るものの材質や形状、場所、サイズ、彫りのパターンなどに応じて適切なものを選んでいるという。

 ここまでたくさんの道具を見てきたが、これらに共通するのは、すべての道具に金川氏の手が加えられているということだ。状況に応じ、これほど多くの道具を使い分けるウォッチエングレーバーは、日本に限らずヨーロッパまで視野を広げようとそうはいないだろう。

 1点モノのユニークピースを顧客の要望に応じて制作するため、既存の道具が使えないような状況に直面する。その度にこれまでに作ってたものを参考にし、その状況に適した形状を模索して新たな道具を製作。これの繰り返しが、今日の結果であると金川氏は言う。

金川氏

双眼実体顕微鏡を使いながら、エングレービングの実演を行う金川氏。彫っているのは独自の形状に加工されたETA6497/6498用の輪列受けで、パーツの強度を維持したまま肉抜きしている。彫る際に過度な力を要せず、彫った後の再仕上げも必要ないため、自由度の高いエングレービングが可能だ。

エングレービング


作品に見る金川氏の実力

 では金川氏の作品を鑑賞し、その卓越した手仕事に酔いしれることにしよう。やはり最注目は、2021年秋に完成したばかりの新作「ダブルフェイススケルトンウォッチ 透刻」と「ハーフスケルトンウォッチ 透月」だろう。

 前者「透刻」はムーブメントを反転させた金川氏初の作品で、ゆったりと時を刻む大きなテンワの動きを、着用時でも目前で感じられることが魅力。時分針を通常とは反対側で機能させるための輪列を追加し、さらには(通常の)ケースバック側にも時分針が付いているから面白い。これでもかと細かなエングレービングを施し、通常よりも約2倍の作業時間を要したという特別な1本である。

ダブルフェイススケルトンウォッチ 透刻

KEIJI KANAGAWA「ダブルフェイススケルトンウォッチ 透刻」
手巻き(Cal.KK211/ETA6497ベース)。23石。1万8000振動/時。SSケース(直径41mm、厚さ11.8mm)。462万〜660万円(税込み)、オーダー内容によって価格が異なる。

 一方で後者「透月」は、文字盤に窓を設けてテンワの動きを鑑賞できるようにしたオープンハート仕様の作品だ。手彫りのアラビア数字を配した比較的シンプルな文字盤側から一変、裏を向けると贅を尽くした豪華絢爛なムーブメントが姿を表す。

ハーフスケルトンウォッチ 透月

KEIJI KANAGAWA「ハーフスケルトンウォッチ 透月」
手巻き(Cal.KK201/ETA6498ベース)。17石。1万8000振動/時。SSケース(直径41mm、厚さ11.8mm)。275万〜462万円(税込み)、オーダー内容によって価格が異なる。

「透刻」も共通だが、最も目を見張るべきは歯車にまでエングレービングが施されていること。重量バランスや強度などを考えれば躊躇してしまうだろうが、金川氏の柔軟な発想と技術でそれらの懸念材料は打破され、今ここで時を刻んでいる。なお、これらの作品はあくまでもベースであり、顧客が望む内容で如何様にもカスタマイズオーダーが可能だ。

 そして、もうひとつ紹介したいのがこちら。浮世絵作家 葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を、エングレービングとエナメルを用いて極限まで忠実に表現しようと試みた試作品。

浮世絵

 日本画らしい線の表現に加えて波飛沫の細かな部分まで再現されており、光の加減や見る角度によってさまざまな表情を生み出す。試作品であるため色付けは特殊な配合のUVレジンで行ったが、製品版では高温焼成のエナメルを用いるという。

文字盤

エナメルを流し込む前の状態。主に和彫りの技法を用いており、海と空、そして富士山で彫りのパターンを変えていることが分かる。

 既存の手法や制限にとらわれず、自身で新たな技法を生み出しながら独自の路線を突き進む金川氏。次はどのような作品を打ち出し、時計愛好家を驚かせてくれるだろうか。これからも注目をし続けていきたい。


K CRAFTWORK JAPAN

【場所】2K540 AKI-OKA ARTISAN F-1
東京都台東区上野5-9
【営業時間】11時〜19時(水曜日定休)
【電話番号】03-6803-2330



Contact info:K CRAFTWORK JAPAN Tel.03-6803-2330


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