50年代のプロトタイプがモチーフとなったブローバ「ミルシップ」

FEATUREWatchTime
2022.01.04

ブローバは50年代に手掛けたミリタリーダイバーズウォッチのプロトタイプがモチーフとなった復刻モデル「ミルシップ」を発表した。モチーフは1957年に米海軍潜水実験隊(以下NEDU:The US Navy Experimental Diving Unit)へ提供した、歴史的に希少な時計であるMIL-SHIPS-W-2181潜水用ウォッチである。

Originally published on watchtime.com
Text by Roger Ruegger
2022年1月4日掲載記事

生産に至らなかった1950年代後半の手巻きミリタリーダイバーズウォッチのデザインをベースに復刻

ミルシップ

Ref.98A266。自動巻き(ミヨタCal.82S0)。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm)。20気圧防水。ナイロンストラップ。8万8000円(税込み)。

 ブローバの「アーカイブシリーズ」に加わった「ミルシップ」は、ブランドの中でも最も希少な作品のひとつで、生産に至らなかった1950年代後半の手巻き軍用ダイバーズウォッチ「MIL-SHIPS-W-2181潜水用ウォッチ」のデザインをベースに復刻されたものである。

 1957年のオリジナルバージョンは、アメリカ海軍の標準的なダイバーズウォッチとなるべく開発された。当時の公式ダイビングマニュアルによると、「水圧に耐える腕時計は、スキューバダイビングの潜水時間、潜水・浮上の度合い、作戦遂行上のタイミングを計るのに必須である」とその課題は明確であった。そして「水圧に耐え、磁気を帯びぬ特性を備えた時計は現在まだ開発段階であるが、おそらく1958年には実地テストに臨むことができるであろう」とされ、実際にそうなった。

ミルシップ

限定モデルの98A265と少し価格を抑えた98A266は、いずれも1950年代後期にアメリカ海軍の為に作られた「潜水用腕時計」のプロトタイプを忠実に再現したものだ。

1958年、テスト修了

 機密扱いではない報告書によると、1958年2月5日、アメリカ海軍船舶局(BuShips)の担当者が「契約書Nobs 73016に従い、テスト用の3本の潜水用腕時計(生産用サンプル)コード565を手渡しした」と記録されている。3本の時計は「上記契約書に基づき設計・開発され、1955年12月5日の"ビューロー オブ シップス契約仕様書、腕時計、潜水式"(SHIPS-W-2181)に適合するように設計、開発された」ものであったという。ここで要求されている特徴には防水性・湿度計・視認性・「ツールを使わず手で回転できる」ベゼル・摩擦や衝撃、振動による誤作動に対し保護機能のあるムーブメントが含まれる。

 その前年、ブローバはすでに3本のダイバーズウォッチを納品していたが、全てが「潜水時に漏れがあった」として工房へ返品されていた。1958年3月10日、アメリカ海軍潜水実験隊の最終報告書には「評価された3つの時計は、1957年5月に提出された時計よりも確実に防水性が向上していた。湿気はまだケースの中に入り込んだが、非常に微量で取るに足らない量である」と記されている。BuShipsの契約書にのっとり「MIL-SHIPS-W-2181」として製作された3本の本生産前のサンプルに対して、一定の評価がなされたということになる。

ミルシップ

水中用のグローブでも操作でき、安全性を高めるため、押し込んでからでないと操作ができない仕様のプッシュロック式両回転トップリングを採用。

 水深392フィートにおける試験は1時間にも及んだ。文字盤の6時位置には「モイスチャーインジケーター」があり、色の変化が水分の侵入を示すようになっている。3本の時計のうち、1本はテスト中、もう1本はテスト後数日経って湿度を感知したが、ケース内には水も湿気も認められなかった。水中という暗所での時計の視認性は、細すぎて捉えにくい秒針以外は満足のいくものであった。許容するにはいくつかの物理的改良が求められたが、特別な防水性検査は含まれていなかった。また報告書では「秒針の幅を広くすること」「改良された(短い)ストラップを用意すること」などが求められていた。最後に評価報告書は回転リングについて「砂や沈泥の中で作業していると、目詰まりを起こして操作不能になる」傾向があるようだと結論付けている。そして「水や湿気がケースに侵入していないと確実に判断されるまでは、合格としないように」と締めくくっている。

ミルシップ

復刻版にも文字盤にモイスチャーインジケーターが配されている。

 そのため1958年4月3日には、BuShipsの関係者のもとに「最終試験に向けてわずかに改良」が加えられた新たな5本が届けられた。1958年5月7日付の次の評価報告書においては、この回の時計はかなり性能が良かったようである。「テストを受けた3つの時計のうち、1本はカラー表示がプラスと出たために不合格となったが、この不合格となった時計は作動し続け、風防内や文字盤に湿気、水蒸気、水滴は認められなかった。湿度計に欠陥があったのではないか」と推察されている。

 このような好結果にも関わらず、ブローバはこの潜水用腕時計の生産中止と、代わりに「アキュトロンの開発に専念する」ことを決断。そのためアメリカ海軍は、1953年にすでに近代的なダイバーズウォッチの設計図を提供していたフィフティ・ファゾムズを採用した(1933年の「バイ・アメリカン法」により、アメリカ海軍はスイス製時計を直接購入することができなかったため、当時ブランパンの輸入業者であったアレン V.トーネック社がアメリカ海軍のブランパン供給元となった)。

ミルシップ

時計のサイズは直径41mmで、ドーム型クリスタルを採用している。

雌鶏の歯のような希少価値

 アメリカ海軍から提供された資料に基づくと、ブローバは検証段階において一握りのプロトタイプしか生産しなかったようだ(ただそれも参照した報告書によれば5本から11本の間というところであろう)。そしてその後の64年間を生き延びたものというと、その本数をさらに下回る。例えば、2010年3月10日にアンティコルムのオークションにかけられたブローバの「ダイバーズウォッチのプロトタイプ No.U.D.T. 21 0182」は1万4400USドルで落札されている。アンティコルムによるとこのモデルは「旧式のエルジン製ダイバーズウォッチ"キャンティーン"に代わるものとして製作されるべく、海軍の意向によって生まれた」ものであるとのことだ。特徴としては2ピースの防水ケースバック、厚みのある真鍮製の耐磁ケースホルダー、17石手巻きムーブメント10 BPCHNの採用が挙げられる。独特なムーブメントは、時計の巻き過ぎを防止するクラッチ機構を備えている。

 ブローバは1957年のミリタリーモデル3818-Aから着想を得て、同じスタイルの針をミルシップに採用した。60年の時を経て、これらのカテドラルスタイルの針や細いラグ、そして全体の印象が、ダイバーズウォッチの分野で他にはない外観を作り出している。現在のヴィンテージウォッチ市場における盛り上がりの中でも、「ミルシップ」の存在感は際立つものとなろう。

ふたつのバリエーション

ミルシップ

限定モデルの98A265のケースバック。

 ミルシップの復刻版はふたつのバリエーションが展開される。限定1000本のRef.98A265(日本未入荷)と、通常生産されるRef.90A266だ。

 両モデルとも6時位置にモイスチャーインジケーターを配したほぼ同じデザインとなっている。直径41mmケースはサンドブラスト仕上げで200m防水、ドーム型のサファイアクリスタル製風防、カテドラルスタイルの針、ねじ込み式リュウズ、ダイバーヘルメットがあしらわれたねじ込み式ケースバックを備えている。ムーブメントは異なり、限定モデルの98A265(左)はセリタSW200-1、通常モデルの90A266(右)はミヨタ82S0を搭載している。

 今回の復刻版2モデルはいずれもムーブメントに目新しさはないが、オリジナルのMIL-W-3818-Aに由来した針と細いラグのおかげで、ヴィンテージダイビングウォッチにおいて新たな解釈を表現したことは間違いなさそうだ。復刻モデルの新たな名品登場である。

ミルシップ ケースバック

ミヨタ82S0を搭載する通常モデルのケースバック。

※この記事はクロノスドイツ版の翻訳記事です。


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