グラスヒュッテ・オリジナル「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」はフライングトゥールビヨンを考案したザクセンの伝説的時計師に敬意を捧げつつ、2020年にその100周年を迎える機会に発表されたものである。今回はアルフレッド・ヘルウィグに関する歴史的な記述も含めながら、改めて本モデルの魅力を伝える。
Text by Mark Bernardo
2022年1月12日掲載記事
フライングトゥールビヨンの生みの親、アルフレッド・ヘルウィグを称えるトリビュートモデル
トゥールビヨンを発明したのはスイス人だが、それを飛躍させたのはドイツ人である。19世紀における最も重要な時計技術の発明であると同時に、21世紀になって復興期を迎えることになるのが、1795年頃にヌーシャテル生まれの伝説的時計師アブラアン-ルイ・ブレゲによって発明されたトゥールビヨンだ。フランス語で「旋風」を意味するトゥールビヨンは、懐中時計の脱進機とテンプをケージに収め、60秒ごとに360度回転させて、重力が時計の精度に与える影響を補正する画期的な装置である。ブレゲのトゥールビヨン、そして1801年の特許が切れた後に作られた他のトゥールビヨンは、回転ケージがムーブメント側と文字盤側のふたつのブリッジで固定されるように設計されていた。そして1920年、ドイツのグラスヒュッテにおいて、トゥールビヨンの新しい進化が現出した。それはケージが底部のみで固定されたもので、理論的にはより安定性をもたらすという技術面での利点と、取り払われたブリッジがこれまで妨げていたダイナミックな脱進機の動きを見せる視界の確保をもたらしたものである。これこそが「フライング」トゥールビヨンであり、2020年に誕生100周年を迎える。そしてこれはまたグラスヒュッテの誇る時計製造の歴史において最も影響力のある人物のひとり、アルフレッド・ヘルヴィグの代表作でもある。
アルフレッド・ヘルウィグ(1886年~1974年)と、彼を校長に迎えたドイツ時計学校は、歴史を語る上で欠かせないとして共に記録されている。現在では時計作りの中心として賑わうようになった、ドレスデン近郊ザクセン州の小さな町、グラスヒュッテ。ここでフェルディナンド・アドルフ・ランゲ(1815年~1875年)は1845年に自身の名を冠した会社を設立し、他の企業家たちを駆り立てた。1854年にはランゲの友人であるモリッツ・グロスマン(1826~1885年)が時計会社を設立し、1878年5月1日にはグラスヒュッテにドイツ時計学校(Deutsche Uhrmacherschule)を設立し、後継者を育成する必要性を見いだしていた。
1905年に同校を卒業したアルフレッド・ヘルウィグは、ハンブルガー・クロノメーターヴァーク(現在のウェンペ社)などドイツの時計メーカーで修行を積み、1911年にグラスヒュッテで自身の工房を構えた。1913年、27歳の時に講師として着任し、時計の精度を高める技術や、彼が「回転ギア時計」と呼んだ片持ち式のトゥールビヨンの開発を専門としていた。1920年、ヘルヴィグの監督下で学生たちが完成させた最初のフライングトゥールビヨンは、ハンブルクのドイツ海軍天文台にテストを提出し、素晴らしい成果を収めた。この発明はその後何十年にもわたり、ドイツ、スイス、その他の国々の時計メーカーにインスピレーションを与える画期的な発明となったのである。さらにヘルヴィグは41年間にわたりドイツ時計学校で教鞭をとり、800人以上の時計師を育成した。またヘルヴィグは著作も多く、1950年に出版された「Die Feinstellung der Uhren(時計の調整)」を筆頭に、時計製造や時計製造の教育に関する本を出版し、その遺産を強固なものにした。
20世紀の世界大戦とその後の冷戦によるドイツ分割によって、ドイツの時計産業の大部分と若い時計職人の伝統的な教育が事実上終焉を迎えた。1951年に学校は方針を変更し、グラスヒュッテ精密機械・時計技術学校となり、1957年にはグラスヒュッテ精密機械工業学校となった。ヘルヴィッヒが1974年に亡くなってから10年以上経った1989年の東西ドイツ統一後にようやく、時計産業と時計職人に対する需要がザクセンの町にも戻ってきた。
冷戦時代にドイツの時計メーカーを統合して生まれた高級時計メーカー、グラスヒュッテ・オリジナル(現在はスイスのスウォッチ グループの傘下)の修復工房として、またドイツ時計博物館として、2008年以来、グラスヒュッテの中心部にある歴史的建造物はふたつの用途を担っている。1994年に設立されたグラスヒュッテ・オリジナルは、2002年に元の時計学校の栄えある卒業生たちの功績を称え、アルフレッド・ヘルヴィグ時計学校を設立し、ヘルヴィグとその生徒が1927年頃に製作した最初のフライングトゥールビヨンモデルなど、歴史的に重要な作品を数多く所蔵している。
グラスヒュッテ・オリジナルは、初のフライングトゥールビヨン誕生100周年を記念して、ザクソンにおける高級時計製造の壮大な伝統にのっとり、技術的に複雑でありながら外見は控えめな限定モデルを発表した。ヘルヴィグの名を冠した、25本限定生産の「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」である。これは同社がこれまで世に送り出されてきたフライングトゥールビヨンの足跡を辿るものとなる。
グラスヒュッテ・オリジナルが手掛けてきた一連のフライングトゥールビヨン搭載モデルの中のひとつに、2013年発表の「パノルナ トゥールビヨン」がある。自動巻きキャリバー93-02を搭載し、オフセンターの時・分表示のサブダイアル、ムーンフェイズ表示、文字盤側のフライングトゥールビヨンとホールマークの大きな「パノラマ」日付表示を組み合わせたものだ。2017年に発表された「セネタ トゥールビヨン "アルフレッド ヘルウィグ エディション"」では、フライングトゥールビヨンを6時位置に、パノラマデイトを12時位置に配置(ムーンフェイズなし)し、ブルーセンター針とエレガントなローマ数字インデックスを備えて、より左右対称の美観を実現している。この時計には自動巻きキャリバー94-03が搭載されている。控えめという表現が似合わないのは、フライングトゥールビヨン、ゼロリセット付き秒停止機構、ミニッツデテントをひとつのムーブメントに組み込んだ初の時計となった2019年の「セネタ・クロノメーター・トゥールビヨン」である。プラチナケースに収められたこのモデルは、オフセンターの時刻表示サブダイアル、精巧に装飾されたムーブメント(キャリバー58-05)と、文字盤側に6時位置のトゥールビヨンを含む多くの機構が露出しているのが特徴であった。これらの時計はいずれも個性的であったが、今回紹介している「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」にはない共通点があった。それは、ヘルヴィグの発明を時計の文字盤上に大きく表示するようにデザインされていることである。
「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」は、直径40mm、厚さ11.6mmの18Kローズゴールド製ケースを備える。文字盤は摩擦による銀メッキを施した純金製で、レイルロードチャプターリングとアプライドのバーインデックスが周囲を取り囲んでいる。繊細な2本の針もローズゴールド製だ。
トゥールビヨンケージ、特にフライングタイプのトゥールビヨンを文字盤の開口部から見慣れている人にとっては、このモデルのトゥールビヨンが優雅に隠されていることが重要だろう。その代わり、青焼きの針が秒を刻む6時位置のクラシカルなスモールセコンドのサブダイアルに「TOURBILLON」の表記がある。20世紀初頭のヘルウィグの初期モデルに見られるように、フライングトゥールビヨンのケージはムーブメント背面にテンプやエスケープメントと共に配され、軸を中心として正確に1分間に360度安定した回転を行う。
「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」のために開発された新ムーブメント、手巻きキャリバー54-01は、その装飾の華やかさ、そしてクラシカルな透明感の調和に息を呑むほどだ。グラスヒュッテにおける時計作りの象徴である4分の3プレート、プレートに施されたグラスヒュッテ・ストライプ(コート・ド・ジュネーブに類する)、青焼きのネジ、ネジ留めされたゴールドシャトン、ポリッシュ仕上げのパーツなどその装飾は多岐にわたる。香箱のカバーには魅力的なサンバースト仕上げが見られる。その装飾よりさらに印象的なのは、完全巻き上げ状態で4日間以上の稼働を実現する約100時間のロングパワーリザーブだ。繊細なフライングトゥールビヨンのケージも素晴らしく、そのテンプは規則正しく毎時2万1600振動(3ヘルツ)で動いている。ストラップはルイジアナ産ヌバック仕上げアリゲーターだ。
今回の特別なトリビュート・タイムピースを、これまでの既存作と精神的に結びつけるのが、製作される場所である。「アルフレッド・ヘルヴィグ トゥールビヨン 1920 - リミテッド・エディション」の限定25本はすべて、ヘルウィグが教鞭を取り、彼の教え子たちがオリジナルのフライングトゥールビヨンを完成させたのとまさに同じ建物で、手仕上げによって製作される。現在の時計学校で、アルフレッド・ヘルヴィグの学生たちが100年後にその周年を祝われるような時計史上の発明を行うかどうかは、時のみが知ることであろう。
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