ヴァシュロン・コンスタンタン、歴史を紡ぐ現代の古典主義

2022.02.04

CLASSIC WITH A TWIST
特定モデルのリプロダクトではなく、アーカイブ全体を俯瞰してヴァシュロン・コンスタンタンらしさを抽出するという手法は、実は2000年代以降に本格化した新しい試みのひとつだ。
ここから生まれた「パトリモニー」と「トラディショナル」という両コレクションは、古典機が持つ法則性を現代的な手法で再構築した、クラシカルアイコンへと成長を遂げた。

トラディショナル・トゥールビヨン
2018年初出。マジッククリック式の両方向巻き上げ方式を用いたペリフェラルローター トゥールビヨンを初搭載したモデル。自動巻き (Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。 パワーリザーブ約80時間。18KPG(直径41.0mm、 厚さ10.44mm)。 3気圧防水。時価(参考価格1707万2000円)。
星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]

古典に根差したデザインアプローチの原点

 古典が成立する最も重要な要件は、そこに一定の規則性が見出せることだ。日本語の古典は、単に古い時代に作られたものごと全般を指すこともあるが、本来は長く規範とすべき形式や礼節(=儀式の手順)を意味した。古典音楽や絵画の例を引くまでもなく、様式が古典主義の根幹にあることは自明だろう。

 スイス時計産業における古典回帰への風潮は、1990年代末〜2000年代初頭に最初のピークを迎えるが、その背景には多くのブランドが経験した歴史の断絶があった。古の名門の名を受け継いで復権した新興ブランドの多くが、断絶以前の時代に流行したデザインやスタイルにアイデンティティを求めるのも理解できる。

 しかし、1755年にジュネーブで創業してから今日まで、途切れることなく歴史を継続させてきたヴァシュロン・コンスタンタンには、立ち返るべき歴史上のポイントや、一定の様式というものが存在しなかったように思われる。メゾンの創業250周年を迎えた2005年にフラマリオンから刊行されたフランコ・コローニの大著『SECRETS OF VACHERON CONSTANTIN』(以下『神秘』)や、同15年(創業260周年)の『VACHERON CONSTANTIN ARTISTS OF TIME』、また『Treasures of VACHERON CONSTANTIN』(11年/アザン刊)などを繙いてみても、時代時代を牽引してきたデザインの多様性や、同社の先進性は容易に理解することができるが、逆に一定の様式や規則性を読み解くことは困難だ。これは3冊の編集方針ばかりが理由ではないだろう。創業から一度も歴史を途切れさせることなく、常に新たなスタイルを模索してきた同社にとって、過ぎ去った過去を振り返る必要すらなかったのだ。

ヴァシュロン・コンスタンタンにおける古典回帰の戦略は1990年代初頭から始まり、現リシュモン グループが資本参加した96年以降も継続的に受け継がれてゆくが、それが本格化するのは2002年以降のこと。1950年代から封印されていたアーカイブ資料を検証することで、同社を象徴するようなデザインコードを再構築しようという試みだった。その最初の成果となった「パトリモニー」は、当時主流だったデザインセオリーに沿って仕上げられた、“古典の現代デザイン版”。続く07年に登場した「トラディショナル」は、より広範なウォッチデザイン全般から古典美を抽出したような造形となった。通常よりも短い分針のバランスや、ケース径に対して細身なラグ幅などに、ヴァシュロン・コンスタンタンらしさが強く感じられる。


アーカイブピースから再構築された現代の新古典主義

 しかしこうした状況は2002年に一変する。アーカイブ整理の一環として、1950年代から一度も開けられることのなかった木箱の中に眠っていた40㎡にも及ぶ膨大な文書の整理、分析、分類が始められたのである。この作業にあたったのはアーカイブを管理していたベルナール・ヴュイヨムネと、前述『神秘』の共著者でもある時計史家のドミニク・フレション。その成果は程なくデザイン部門でも共有されることとなる。2004年に発表された「パトリモニー・ラージサイズ」(Ref. 81180)は、ヴァシュロン・コンスタンタンの歴史の中で初めて、アーカイブの研究と再解釈から生まれた分水嶺のようなモデルだ。

パトリモニー・マニュアルワインディング

パトリモニー・マニュアルワインディング
2004年に発表された現行パトリモニーの源流となる2針モデル。写真のPGケースは翌05年に追加された。手巻き(Cal.1400)。20石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径40.0mm、厚さ6.7mm)。3気圧防水。237万6000円。

 しかし、07年に「パトリモニー・トラディショナル・オートマティック」が追加されると、Ref. 81180はそのまま「パトリモニー・コンテンポラリー・ラージサイズ」と名を変える。より古典的なシリンダーケースにドーフィンハンド、ダイアルにレイルウェイトラックを描いたパトリモニー・トラディショナルの登場を契機に、Ref. 81180がパトリモニー・コンテンポラリーと呼ばれるようになったことは興味深い。

2004年に発表されたRef.81180を源流とする現行パトリモニー。02年頃から始まったアーカイブ資料の研究から導き出されたケースデザインを持つが、直接的なルーツとなったモデルは特になく、古典の現代的解釈と位置付けられる。絶妙な光沢感を湛えたオパーリンダイアルや、ボンベシェイプの曲率に寄り添う楔とバーのインデックスなど、極めてプレーンな造形を持つが、横幅を抑えたベゼル(=ダイアル開口部を大きく取る)や、ベゼル外周部を頂点としてケースバック側に向かって絞られてゆくプロファイル、装着感に配慮して決定されたと思われる大径ケースとロングホーンのバランスなど、設計には2000年代に主流になった手法が多く見られる。

 ケースサイドを絞って薄さを強調したラウンドケースに、ボンベシェイプのダイアルを備えたRef. 81180は、前述のような出自から「アーカイブから再構築されたクラシカルピース」(04年の初出時はともかく、07年当時にはすでに『神秘』が刊行されていた)と理解されていたのだが、ヴァシュロン・コンスタンタンではこれを「伝統的でありながら遊び心のあるデザイン」と捉えていたようだ。古典に範を取りながらも、それをそのままトレースすることなく、スタイルの中に遊び心を加えるという手法は、現代にまで受け継がれている同社独特なクラシカルピースの不文律だ。なお、まったく異なったデザインコードで構築されていたふたつのパトリモニーは、14年に行われたコレクションの再構築を経て、「パトリモニー」「トラディショナル」という現行コレクションへと分化されている。

(左)パトリモニー・レトログラード・デイ/デイト
2007年初出。写真のモデルは16年に追加。最もベーシックなCal. 2460系にバイレトログラード式のデイデイト表示を重ねたモデル。自動巻き(Cal.2460 R31 R7/2)。27石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径42.5mm、厚さ9.7mm)。3気圧防水。532万4000円。
(右)パトリモニー・マニュアルワインディング
写真の「マジェスティックブルー」は2019年に追加されたカラー。サンバーストサテン仕上げの下地に、PVDコーティングでしっとりとした青を表現した。手巻き(Cal.1400)。20石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約40時間。18KPG( 直径40.0mm、厚さ6.7mm)。3気圧防水。237万6000円。


【ブランド公式サイトでパトリモニーの全コレクションを見る】
https://www.vacheron-constantin.com/jp/ja/collections/patrimony