ダイバーズウォッチにとって欠かせない機構とも言える回転ベゼル。なぜ、多くのダイバーズウォッチは現在のような逆回転防止ベゼルで計時を行うようになったのか? また別ジャンルの時計では、どのような用途で回転ベゼルを用いるのか? 理系出身の気鋭ライターが語る。
Text by Shinichi Sato
奥山栄一、吉江正倫、ベルト・ブイスロッヘ、オラーフ・ケスター:写真
Photographs by Eiichi Okuyama, Masanori Yoshie, Bert Buijsrogge, Olaf Köster
2022年2月13日掲載記事
ユーザーが腕時計を使って時間を測定する際、測定開始の時刻を記憶しておければよいが、開始時刻の記憶間違いや経過時間の読み間違いが発生する恐れがある。では、時間の経過とともに進み続ける時分針を用いて経過時間の測定を行うにはどうすれば良いか? この観点から提案されたのが、ベゼルを可動式にして目盛りの起点をユーザーの都合が良い位置に操作する「回転ベゼル」である。
ダイビング時の時刻測定のために、黎明期のダイバーズウォッチはクロノグラフではなく回転ベゼルを採用し、後にこれがスタンダードになった歴史がある。今回はこのことを起点にして、回転ベゼルの優位点や利便性について検討する。
時間を測定するために針を動かすか、目盛りを動かすか
JIS規格(JIS Z 8103:2019)によると、測定とは「ある量をそれと同じ種類の量の測定単位と比較して、その量の値を実験的に得るプロセス」と定義されている。この観点から時計による“経過時間の測定”を眺めると、目に見えない時間の経過を針の動く角度で“量”に変換して、角度と対応関係を持たせた“測定単位”である目盛りと比較して“測定”していると対応付けられる。
ここで、任意のタイミングから針をスタートさせて経過時間を測定するのがクロノグラフであり、針の動く角度をユーザーに都合が良いように操作する機能であると解釈することができる。
では針ではなく、時間の測定に欠かせないもうひとつの要素である“目盛り”を操作する機構も考えられる。そう、これが回転ベゼルである。回転ベゼルはダイバーズウォッチ黎明期から採用され続けてきてきた歴史があり、つながりが非常に深いものだ。
さて、ここでひとつの疑問が生まれる。「なぜ黎明期のダイバーズウォッチはクロノグラフではなくて回転ベゼルを採用したのか?」である。そこで、この疑問を起点にして検討を始めよう。
クロノグラフに対する回転ベゼルの優位点
クロノグラフは、任意のタイミングに針をスタートさせて、多くのモデルでは5分の1秒以上の精度で時間を測定することができる。メリットは秒単位の正確な測定ができることで、これが必要なスポーツ分野や科学技術分野、軍事分野で大きな役割を果たしてきた。しかし万能ではない。デメリットとしては、秒単位の測定に比べて分単位の計測は積算計の視認性が劣ること、スタートとストップのための操作部を追加する必要があることが挙げられる。
では、分単位や時間単位の測定で十分(=秒単位での測定の必要がない)、かつクロノグラフのプッシャーのようにケースに穴を開けて気密性を低下させる恐れのある追加の操作部がない方が好ましい時計は何か? 筆者は、それこそが黎明期のダイバーズウォッチだったと考えている。
ユーザーは、ダイバーズウォッチを用いて空気ボンベの容量から計算される潜水可能時間の測定を行う。空気ボンベによる潜水可能時間は現代ではおよそ40分で、ダイバーズウォッチは30分程度の時間を視認性良く測ることが求められる。また、ダイバーズウォッチ黎明期では、防水性能を確保しつつ必要な時に操作可能なプッシャーを備えることは困難であった。そのため、ケースの気密性を悪化させない方法で時間を測定する方法が好ましかったのが容易に想像できる。
最後に、信頼性の高い自動巻きを採用するには3針ムーブメントしか選択肢がなかったことが挙げられる。ダイバーズウォッチのトラブルは文字通り“死活問題”となるため、故障の遠因となる可能性のある操作は避けたい。そのため、手巻き時にリュウズを操作して水分が浸入することを嫌ったのだ。自動巻きクロノグラフの登場は1969年まで待たねばならず、ダイバーズウォッチ黎明期には自動巻きならばクロノグラフを諦めて、3針ムーブメントを選択することが自然な流れであった。
以上から、クロノグラフムーブメントの採用が難しかった黎明期のダイバーズウォッチでは、“目盛り”を動かすことで時間を測定する機構である回転ベゼルが適していたと言える。ダイバーズウォッチ向けの回転ベゼルのメリットは、ここまでの経緯を考えれば明らかだ。
・分単位(時針なら数時間単位)の測定の視認性に優れる
・ケースの防水性能に影響を与えない
・3針ムーブメントで時間の測定が可能となる
これらのメリットに着目し、回転ベゼルを採用して現在のダイバーズウォッチの方向性を決定付けたひとつが、53年が初出のブランパン「フィフティ ファゾムス」である。開発者である当時のブランパンCEO、ジャン-ジャック・フィスターは、フランスでのダイビング中に潜水時間を忘れて遭難しかかった経験から、潜水時間がひと目で分かる機能をフィフティ ファゾムスに盛り込んだのだ。
1953年にリリースされたモダンダイバーズウォッチの元祖。回転ベゼルを含めた各要素は現在のダイバーズウォッチに通ずるもので、そのコンセプトの秀逸さが良く分かる。自動巻き。17石。1万8000振動/時。SS(直径42mm)。約100m防水。
ここで、ダイバーズウォッチ向け回転ベゼルの使用方法をおさらいしよう。可動するベゼルがダイアル外周部に取り付けられており、ベゼル上にはダイアルの表示と独立した目盛りが刻まれている。ベゼルを回転させることでベゼルのゼロ位置を任意の位置に設定し、目盛りを各種測定に活用することができる。具体的には、潜水時間は分単位で測定したいため、潜水開始時にベゼルのゼロ位置を分針の指す方向と合わせる。ダイバーズウォッチのベゼルには分表示のインデックスが与えられており、ゼロ位置から分針の進んだ量がひと目で分かる仕組みである。
ポイントは、フィフティ ファゾムスが可動するベゼルにロック機構を備えていたことである。潜水可能時間を測定中に、意図せずにベゼルが右回りに動いてしまったとする。この時、潜水可能時間を長く読み間違える方向にベゼルが動いてしまうため、空気ボンベの残量不足につながる恐れがあって危険である。このような事故を防止するために、ジャン-ジャック・フィスターは、フィフティ ファゾムスにベゼルを押し込まなければ回転しないようにするロック機構を与えた。実際にダイビングを行う同氏ならではの着眼点であると言えるだろう。
主流派となった逆回転防止付き回転ベゼル
フィフティ ファゾムスの登場後、各社の熱心な開発によって進化を続けてきたダイバーズウォッチは、その要件が82年発行のISO6425に取りまとめられることとなる。この中で、回転ベゼルかそれに準じた時間の測定機能を備えることと、それらの誤作動の防止が要求されており、回転ベゼルと意図しないベゼル回転の防止機構がダイビング時に重要な存在であることが分かる。ただし、初代フィフティ ファゾムスが採用した押し込み式のロック機構は少数派に留まり、主流となったのは逆回転防止付きベゼルであった。
逆回転防止付きベゼルとは、ベゼル内側に備える歯車状の窪みにばね要素によって爪を押し付け、左回転は爪を押しのけて回転できるが、右回転は爪が引っ掛かって回転が阻害されてロックされるものだ。これは、時計ムーブメントの手巻き機構に備えられるコハゼと同じ原理である。
この構造により逆回転防止付きベゼルは、特別な操作を必要とせずに回転ベゼルを任意の位置にセットすることと、先の例で示したような危険側となるベゼルの意図しない右回転の防止を両立させている。また、構造が単純で信頼性が高く、メンテナンスも簡単であることが普及の後押しとなった。
単純に作ろうと考えれば板バネとベゼル内側の窪みによって実現できる逆回転防止機構であるが、耐久性の向上や操作感の向上を目的に改良が続けられてきた。その中で、凝った構造を持つのがダマスコである。
ベゼルの固定が圧入のみのものも多い中、ダマスコのダイバーズウォッチはCリングによってベゼルを固定する方式を採用する。また、ベゼルを安定して送るためのセラミックス製ボールベアリングと、同じくセラミックス製のストッパーを備え、これをベゼル側の窪みに引っ掛けることで、板バネを用いらずにクリック感を生んでいる。これならばセラミックス製であるので耐摩耗性に優れて長寿命である。
さらに、ベゼル内側へのゴミの侵入を防止するためにOリングを備えており、性能低下の防止やメンテナンス性の向上が図られている。この構造から得られる操作感は、ガタが感じられず、コクコクと角が取れているがはっきりとしたクリック感があり、静粛性に優れるもので、通常使用においてもその恩恵が得られる。
時計に起因するトラブルを起こさせまいとする押し込み式のロック解除機構
誤作動防止機能を備えたベゼルの主流は逆回転防止ベゼルとなったが、押し込み式の回転ベゼルもジン「T1(EZM14)」に引き継がれている。T1は、チタン製ケースで100気圧防水と高い防水性能を備えるモデルだ。500気圧防水のUX(EZM2B)のような高性能ダイバーズウォッチを多くそろえるジンの中で、T1の特徴は、“分単位の視認性の追求”である。その他のモデルも視認性は高いが、さらに分針が目立ちやすい矢印型分針を採用するのは、ジンにおいてT1のみである。
ベゼルの特徴は、押し込みによるロックの解除方法だけではなく、その固定方法が嵌め込み式ではなく、ネジ留めの結合である点も見逃せない。この方式は、分解メンテナンスは容易でありながら、使用時には「絶対に外れることはありません」と公式に豪語するほどの確実性を誇る。自動巻き(Cal.ETA2892-A2)。21石。2万8800振動/時。Ti(直径45mm、厚さ12.5mm)。100気圧防水。60万5000円(税込み)。
加えて蓄光のカラーを、ダイアル上のインデックスはブルーに、分針とベゼル上の三角のインデックスはグリーンと異なるものを採用している。このような工夫により、回転ベゼルをセットした時間からの経過時間(分表示)の視認性向上を追求したモデルに組み合わされているのが、押し込み式の回転ベゼルなのだ。このことから、T1は“分単位の計測ミスを起こさせないための設計コンセプト”であるということができるだろう。