どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか? このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、オーデマ ピゲの創造性あふれるアイコンコレクション、「ミレネリー」の来し方と、その名前の由来をひもとく。
(2022年2月27日掲載記事)
オーデマ ピゲ「ミレネリー」
オーデマ ピゲのホームページを見ると、コレクションとして紹介されているのは、全6つ。「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」「ロイヤル オーク」「ロイヤル オーク オフショア」「ロイヤル オーク コンセプト」「リマスター 01」「ミレネリー」である。
このうち「ロイヤル オーク」「ロイヤル オーク オフショア」「ロイヤル オーク コンセプト」の3つは「ロイヤル オーク」のコレクションとしてくくることが可能。「リマスター 01」は特別な限定モデルだ。従って、実質的に「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」「ロイヤル オーク」「ミレネリー」の3つが、現在のオーデマ ピゲの3本柱だということができる。
今回は、その3本柱のひとつである「ミレネリー」の話をしたい。
「ミレネリー」がデビューしたのは1995年。最大の特徴は、横長の楕円形のケースだ。
1995年に発表されたミレネリーのファーストモデル。左から、中3針、デュアルタイム、永久カレンダー。初作から豊富なバリエーションが用意された。
ただし、楕円形ケースは斬新だったものの、そのほかに目立ったところはなく、ごく普通の1コレクションとして展開。ラインナップも、中3針、クロノグラフ、永久カレンダーなど、ほかのコレクションと変わらないものが並んだ。要するに、ダイアル=フェイスが楕円形であること以外に、特に際立った個性のようなものはもっていなかった。それが変わったのは2006年のことだ。
同年のSIHHでオーデマ ピゲは「La Temps Ovale」=「オーバル タイム」をテーマに掲げ、「ミレネリー」を全面リニューアル。ローマのコロシアムに着想を得たという、ローマ数字とアラビア数字の入り交じった渦巻きのようなダイアルに刷新し、ここで生まれたダイナミックでアシンメトリーなデザインが、以降の「ミレネリー」のスタイルとして定着する。
2006年に「オーバル タイム」を世界的なテーマに掲げたオーデマ ピゲが、デザインを刷新した当時の新生ミレネリー。右のメンズモデルは、ケース径が39mmから45mmにサイズアップされた新しいミレネリーケースを採用し、2003年に発表されたばかりの自社開発ムーブメントCal.3120を搭載していた。左はレディスモデル。
さらに同じく2006年のSIHHで発表され、「ミレネリー」のイメージを大きく変えたのが、「トラディション オブ エクセレンス キャビネ No5 ミレネリー 永久カレンダー デッドビートセコンド パワーリザーブ」である。
ルノー・エ・パピ(現オーデマ ピゲ ル・ロックル)が開発した新型脱進機「オーデマ ピゲ脱進機」を初めて採用したムーブメントCal.2899を搭載した限定モデル。2006年当時、ジャガー・ルクルトとともに、新型脱進機開発競争の先駆けとなった。
同モデルはルノー・エ・パピ(現オーデマ ピゲ ル・ロックル、以下同)が開発した新型脱進機「オーデマ ピゲ脱進機」を初搭載した特別限定作。そのオーデマ ピゲ脱進機を9時位置に、ダイアルを3時位置に、アシンメトリーに配置したデザインは、まさに「ミレネリー」の楕円形のフェイスに最適で、この革新的新型脱進機があたかも「ミレネリー」専用のものであるかのような印象を与えもした。そして、これにより「ミレネリー」は、アシンメトリーのオープンダイアル、という独創的なスタイルを手に入れたのだ。
そのスタイルがいっそう深まったのが、翌2007年。「数年後の量産化を検討する」といわれていたオーデマ ピゲ脱進機の量産が早くも実現。同じくオーデマ ピゲ脱進機を9時位置に、ダイアルを3時位置に、アシンメトリーに配置した「ミレネリー APエスケープメント デッドビートセコンド」がレギュラーモデルとして発表された。結果、アシンメトリーのオープンダイアルは「ミレネリー」のアイコン的デザインとなったのだ。
2007年、前年に「トラディション オブ エクセレンス キャビネ No5 ミレネリー 永久カレンダー デッドビートセコンド パワーリザーブ」に初めて採用された新型の「オーデマ ピゲ脱進機」を搭載したレギュラーモデル「ミレネリー APエスケープメント デッドビートセコンド」が早くも発表され、オーデマ ピゲの開発力を示した。
そして2011年。「ミレネリー」専用ムーブメントを搭載した新モデル「ミレネリー 4101」が登場する。
新開発ムーブメント「Cal.4101」は楕円形の9時位置に、前述のオーデマ ピゲ脱進機と同じく、通常とは逆に脱進機を表側に見せて配置。3時位置にダイアルを配した、アシンメトリーのデザインを特徴とした。
「ミレネリー 4101」はそれをオープンダイアルで搭載。まさに「ミレネリー」のアイコンのスタイルである。
2011年に発表された「ミレネリー 4101」。搭載されるミレネリー専用ムーブメントCal.4101を開発したのは、当時、オーデマ ピゲでムーブメントの設計を担当していた日本人の浜口尚大。
「Cal.4101」を開発したのは、ルノー・エ・パピからオーデマ ピゲに移籍し、当時、ムーブメント設計課長を務めていた浜口尚大。
「ミレネリー 4101」のデザインはオクタヴィオ・ガルシア。2012年の誕生40周年記念コレクションで「ロイヤル オーク」をリデザインした人物だ。
このふたりのキーマンによる「ミレネリー 4101」は、その完成度の高さなどから、「ミレネリー」を代表するモデルとして周知となる。そして、そのためだろうか、「ミレネリーはオクタヴィオ・ガルシアのデザインである」という記事を、しばしば見かけることがある。だがそれは、まったくの間違いだ。
前記したとおり、「ミレネリー」のデビューは1995年。しかし、オクタヴィオ・ガルシアが時計デザインのキャリアをスタートさせたのは1999年。オーデマ ピゲのデザインを手掛けるようになったのは2003年からだ。だから「ミレネリー 4101」のデザインは確かにオクタヴィオ・ガルシアであるが、「ミレネリー」のオリジナルモデルのデザインがオクタヴィオ・ガルシアというのはありえない。
では「ミレネリー」は誰がデザインしたのか? 残念ながら、今回この原稿を執筆するまでに、その答えを探すことはできなかった。だが1995年というと、1993年に「ロイヤル オーク オフショア」がデビューした直後(プロトタイプは1992年に生産されている)。そして、「ロイヤル オーク オフショア」をデザインしたのはエマニュエル・ギュエだ。
エマニュエル・ギュエは1986年から1999年までオーデマ ピゲに在籍。となると、「ミレネリー」のデザインもエマニュエル・ギュエなのかもしれない。
さて。というように、サクセスストーリーを築いていった「ミレネリー」は、しかしさらなる飛躍を遂げることはなかった。楕円形ケースやアシンメトリーのデザインの個性が強すぎたのかもしれない。コレクションは徐々に縮小され、2015年以降はレディスモデルだけの展開となっている。デビュー当初から見守ってきた者としては、寂しい限りである。
またもうひとつ、「ミレネリー」で気になるのが、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」が2019年にデビューしたときのことだ。
オーデマ ピゲは2019年を最後にSIHHを撤退することを表明。その最後の舞台で、5つのコンプリケーションを含む全13のリファレンスで構成された一大コレクションとして「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」を発表する。そして、そのとき公式アナウンスとして「1993年のロイヤル オーク オフショア以来、26年ぶりの新コレクション」と説明したのだ。
ということで雑誌やウェブでは「26年ぶり」という文言の書かれた記事が散見されたが、もちろん、筆者は一度もそう書いたことはない。「ミレネリー」が1995年に発表されているからだ。
だがオーデマ ピゲは、一貫して「26年ぶり」を主張。確か、当時はホームページに「ミレネリー」のデビュー年が書かれていなかったように記憶している(現在は「1995年に誕生」と書かれている)。要するに、オーデマ ピゲは「ミレネリー」を「なかったこと」にしたのだ。
人気のないモデルが製造中止=ディスコンになることは珍しくない。CEOなどのトップが変わって、気に入らないモデルをディスコンにした、というのもよくあることだ。だが、「なかったこと」にするというのは、あまり聞かない。
オーデマ ピゲは2012年5月にCEOを交代。新CEOに就任したフランソワ-アンリ・ベナミアスは2012年の10月から「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の開発に着手した。
してみると、「ミレネリー」を「なかったこと」にしたかったのは、フランソワ-アンリ・ベナミアスなのかもしれない。しかし、なぜ? 気に入らないのなら、ディスコンにすればよいだけなのに。
でも、まぁ、残ることができてよかった。現行モデルは「レディス」とされているが、39.5mmのケースサイズは個人的な好みだし、ミラネーゼブレスレットもよい。手巻きというのもグッとくる。1本針の「ミレネリー フロステッドゴールド フィロソフィーク」もドレスウォッチとして着けこなしたら洒脱だろう。だから、できればもう一度、ここからコレクションが増えていくとうれしいのだが。
ホワイトゴールド製の1本針で時刻を表示する独創的かつ哲学的なミレネリーの現行モデル。サテン仕上げとポリッシュ仕上げを組み合わせ、手作業で仕上げたフロステッドゴールドケースに、くぼみをモチーフとしたブルーのハンドメイド文字盤がよく映える。サテン仕上げの「大きな竹班入り」ブルーアリゲーターストラップ。自動巻き(Cal.3140)。43石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径39.5mm、厚さ10.9mm)。20m防水。412万5000円(税込み)。
「ミレネリー」=「Millenary」というモデル名は、Millennium=新しい世紀を目指し、つくられたことから、そう名付けられた。それから四半世紀が経った現在、「ミレネリー」はいまなお新鮮さをもった、素敵なコレクションだと思う。「なかったこと」にしては、もったいないと思うのだ。
Contact info: オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
ライター、編集者。『LEON』『ENGINE』などの雑誌やwebでファッション、時計、クルマなど、ライフスタイル全般について執筆。webマガジン『FORZA STYLE』で動画出演多数。
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