サファイアが時計作りの世界で使われるようになって約1世紀。その組成は主にハイテク技術を用いて作られており、現代では多くのパーツに採用されるようになった。例えばシャネルは、2020年に初めてサファイアをブレスレットにまで採用したモデルを発売している。
『ヨーロッパスター』発行人兼編集長のセルジュ・メイラードが、時計用サファイア加工を専門とする革新的な会社「エコノム(Econorm)」のディレクターであるアントニー・シュワブへの取材を通し、この特別な素材の秘密を紐解いていく。
Text by Serge Maillard
2022年3月2日掲載記事
1世紀にわたるサファイア採用の歴史
時計製造におけるサファイアの採用が、風防をはじめケースやブレスレットまで拡大した背景には、サファイアの生産や加工に特化した会社の存在が見られる。エコノムをはじめ「Sébal」「Erma Stettler」「Comadur(スウォッチ グループ)」などは、この分野で活躍する企業のほんの一例に過ぎない。
サファイアが時計製造の舞台に姿を現したのはおよそ1世紀前。ジャガー・ルクルトは超小型ムーブメントを搭載した「デュオプラン」の文字盤を保護するために遅くとも1929年にサファイアクリスタルを採用している。1966年以降にはセンチュリーが2種類のサファイアを一体化させたケース構造「メガリス」により、サファイアウォッチの核となる技術を確立した。1980年には時計師ヴィンセント・カラブレーゼによって、サファイアケースの時計がコルムのためにデザインされている。その透明さは「ゴールデンブリッジ」の独創的なムーブメントの鑑賞を可能とした。
以降も時計製造における透明性への探求は、業界におけるサファイアの採用を加速させることにつながってきた。例えば2020年にシャネルは「J12」において世界初となるサファイアブレスレット採用モデルを発表するに至った。また2021年にはウブロが目を見張るような「ビッグ・バン インテグラル トゥールビヨン フルサファイア」を世に送り出している。
サファイアとルビー、いとこ同士の関係
「サファイア加工をより革新的かつ洗練されたものとするには、まずその原料を完璧に知ることから始めなければなりません」と、スイスのガムスとサンティミエに工房を持つエコノムの代表アントニー・シュワブは強調する。
実はサファイアはコランダム(鋼玉石)の1種であり、その赤色のものがルビーとして知られている。そのためサファイアとルビーは「いとこ同士」の関係にあり、両方とも時計作りでは一般的なものである。サファイアはダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、機械加工が困難なことで知られている。
コランダムは本来無色だが、不純物の混入によりさまざまな色合いを持つようになる。鉄やチタンなどの不純物を含むと青色になり、自然界で最も一般的な色調となる。サファイアの主な産地は、南アジアと東アフリカである。
しかし時計製造には主に合成サファイアが使われており、そのほとんどはオーギュスト・ヴェルヌイユが1902年に開発した方法で製造されている。「ヴェルヌイユ法」(火炎溶融法)は、アルミナの粉末を水素炎で溶かし、2000℃以上の高温で1滴ずつサファイアを作る方法である。
先駆的な加工
「アジアとの競争に直面し、ジュラ地方にある当社のパートナー『Timsaph』と『Sébal』は、100%スイス産のサファイアの生産を開始し、自らの技術をさらに洗練させていく現地供給に軸足を置く形になりました」とアントニー・シュワブは解説する。
この原料をもとにエコノムは2018年から時計製造業界向けに「機能性サファイア」を生産している。それらは両面無反射加工、UVフィルター、無色、帯電防止、防水性といった先進的な加工の恩恵を受けている。実際、加工処理が施されていないサファイアは光を反射しすぎて、文字盤がはっきりと見えない。
同社のマネージャーはこう説明する。
「機能性サファイアは、着用者と時計メーカー両方にとって利点があるよう設計されています。例えば帯電防止機能を付加することで、組み立て時にホコリの蓄積を防ぎ、静電気の影響から時計の精度を保護することができます。またUVフィルター機能は文字盤の色を保ち、お客様が選んだ通りの製品をお届けすることを保証します。またシースルーウォッチにおいては、オイルの早期劣化を防ぐことができ、その結果、追加のメンテナンスサービスを不要とします」。
同社は風防だけでなく、サファイアの文字盤、ケース、そして歯車などのムーブメントの部品も供給している。
価格の問題
エコノムでは研究開発において、スイス連邦材料科学技術研究所(Empa)と連携している。毎年同社では150万個以上ものサファイアガラスを工房から出荷し、加工の複雑さの度合いによって10スイスフラン以下から数千スイスフランまでの価格を設定してる(例えばエコノムではMB&F初の女性用腕時計「フライング T」のドーム型ガラスの加工も行った)。
約60名の従業員を抱える同社の機能性サファイアは時計製造に留まらず、多くのスイスの下請け業者と同様に、医療や自動車分野、さらには航空宇宙産業にも進出している。
「現在、スイスの時計業界で使われているサファイアクリスタルのほとんどが、アジアからのものです」とアントニー・シュワブは語る。
そして「例えばスイスの時計産業がより高級市場を目指し、平均単価を上げることにより、この状況が変化することを願っています。弊社のハイテク・サファイアクリスタルに対する需要は伸びていますが、(現在のスイス時計のサファイアの調達先に関する現状を考えると)これは残念なことです。なぜなら時に単価の差はわずか数フランという場合もあるからです」と続ける。
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