2020年から続く新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、各国の経済は大きなダメージを受けた。だが、ここに来て、国・地域によって、経済の回復度合いに温度差が生じている。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏がスイス時計輸出先上位30マーケットのデータから米国、中国、日本をはじめとする世界の経済状況を分析・考察する。
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]
高級時計需要が示す「コロナ」からの経済回復度
2021年はどこが世界最大の高級時計需要地になったのか。高級時計の国・地域別の市場規模を正確に知るのは難しいが、この欄でもしばしば取り上げるスイス時計の輸出先が、それを知る手掛かりになる。2020年はそれまでトップだった「香港」が、国家安全維持法の施行など民主化運動の弾圧で、「自由貿易都市」から転落、スイス時計の輸出先も長年の地位を明け渡した。一方で、新型コロナウイルスの蔓延に伴うロックダウンなどで需要が減った米国をも抑え、中国(本土)が一気に躍進して世界のトップ市場に躍り出た。
2021年の輸出先トップの座は米国か、中国か?
2020年はスイス時計輸出先上位30マーケットのうち、2019年比プラスになったのはわずか3市場。主要国では軒並み20~30%のマイナスになる中で、中国だけが20%の増加を記録した。これは単に、新型コロナ禍を早期に抑え込み、経済活動が復活したことが大きかった。つまり、この統計を見ると、新型コロナ禍からの経済回復度が見えてくるわけである。
では2021年はどうだったか。残念ながら本稿執筆時点で年間数字はまとまっていないが、1月から11月までのデータからおおむねの傾向は見える。
11月までの時点で輸出先トップは米国で28億220万スイスフラン(約3480 億円)。これを2位の中国が27億3640万スイスフラン(約3400億円)で追っている。その差、ごくわずかなので、12月の輸出額次第で十分に入れ替わる可能性がある。2年連続で中国となるか、米国が首位を奪うか。
回復する米国経済と鈍化する中国経済
2020年に2位だった米国が中国に追い付いた背景には、もちろん経済回復がある。新型コロナウイルスの感染者数自体は相変わらず高水準だが、ワクチンの効果もあり、死亡者が減少。経済活動が一気に回復した。オミクロン株が蔓延拡大した12月のクリスマス商戦もなかなかの盛り上がりだった。米国経済は過熱気味なほど好調で、むしろ物価上昇(インフレ)が大きな課題になっている。早速、米連邦準備制度理事会は金融の量的緩和政策を縮小する「テーパリング」を開始し、2022年は金利の引き上げが確実視されている。
それぐらい米国景気は好調なのだ。国内総生産(GDP)の実額も、すでに新型コロナ禍以前の水準に回復している。その結果、時計や宝飾品などの高級品需要も絶好調だ。スイス時計の米国向け輸出も11月時点で2020年同期間比55.7%も増えている。
一方の中国向けも引き続き増加しているものの、増加率は31.0%と米国には及ばない。中国の経済成長が鈍化していることもあるが、ここへ来て「ゼロ・コロナ政策」が経済に影響を与えているのではないかと見られている。米国が新型コロナウイルスの感染がある程度広がっても経済を動かす「ウィズ・コロナ政策」を採ったのに対して、中国は感染者が発生するとそのエリアを完全に封鎖することで、感染者ゼロを目指してきた。その結果、外国との人的往来は徹底して厳格化しており、真っ先に経済回復したものの、ここへ来て影を落としている。
各国でも高級時計需要が回復
では、その他の国の新型コロナ禍からの経済回復度はどうなっているのだろうか。2021年のスイス時計輸出先上位30マーケットのうち28カ国・地域が大幅なプラスになったが、その平均値は33. 6%増。主要国でこれを上回っているのは、6 位シンガポールの39. 0% 増、9位フランスの48. 3% 増、10 位イタリアの35. 9 %増、12 位スペインの35.8%増といったところ。
世界4位である日本向け輸出は21.1%増で、7位ドイツの20.3%増と並んで主要国の中で伸びが低い。新型コロナ禍の影響からの脱却が十分にできていないということを示していると見て良さそうだ。
ちなみに新型コロナ禍前の2019年との比較で、2021年の輸出額が上回っているのは30カ国・地域中12。米国が26. 4%増、中国が53.5%増、アラブ首長国連邦が6.2%増、オーストラリアが17.1%増といったところだ。
結局のところ、新型コロナ禍を克服し、経済活動が戻ってきた国・地域での高級時計需要が大きく膨らむというのは当然のことでもあるが、果たして日本での需要が今後伸びていくのかどうか。円安が進んでいることもあり輸入品の価格が上昇、消費の頭を抑える可能性もある。
磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
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