パテック フィリップのいわば、実験モデルが《アドバンストリサーチ》である。新作は、意外なことにミニット・リピーターだった。設計責任者のフィリップ・バラ曰く、「グラモフォンに範を取ったモデル」であるらしい。名称は「《アドバンストリサーチ》フォルティッシモ 5750P」。
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]
ケース構造によらないまったく新しいミニット・リピーター
1961年、スイス生まれ。ジュネーブ時計学校で時計とマイクロテクニックを学んだ後、エンジニアの学位を取得。卒業後、ショパールに入社。同社で各種モジュールの設計を行った後、92年にパテック フィリップ入社。年次カレンダーやスプリットセコンドクロノグラフといった、数多くの傑作を手掛ける。使えるコンプリケーションにシフトする、今のパテック フィリップを支える頭脳である。
一般的なリピーターは、ハンマーがゴングを叩いて、その音をケース内に反響させる。対して「フォルティッシモ・モジュール」を搭載した本作は、音は棒状のサウンドレバー経由でサファイアクリスタル製の振動ウェハーに伝わり、その後、チタン製リングの12、3、6、9時位置に設けられた幅0.15mmのスロットから外に出る。
普通は音響効果を優先して、リピーターの時計にプラチナケースを選ばない。しかし、このフォルティッシモ・システムを使うと、ケース素材は音響とその伝播に影響を与えないのだという。フィリップ・バラは「本作のケース素材にはプラチナを選んだ。というのも、一番音響効率が悪いから」と強調する。
フォルティッシモの特徴は音量と音質にあると彼は語る。「他社のリピーターは音が硬くなるが、スロットを通すと音がソフトになった」と言う。ゴングに伝わった音響は、厚さ0.08mmのステンレススティール製レバーを通して、サファイアクリスタルの振動ウェハーに伝わる。振動ウェハーはポリマーで支えられており、音は6倍大きくなるという。「リングをチタン素材にしたのは、他の素材だと錆びるため」。加えて、自動巻きのローターを比重の大きいプラチナに変更することで薄くし、モジュールを加えても、ムーブメントの厚さを抑えたという。あくまでも、オンラインで聞いた限りでの印象でしかないが、直径40mmというケースサイズにもかかわらず、本作の音量と音質はかなりのものだ。
彼は率直に語る。「フォルティッシモ・モジュールの設計はユリス・ナルダンのブラスト アワーストライカーのそれに近い。見た時に、やられたと思ったよ。しかし、そこから設計を見直して今の形に進化した。ユリス・ナルダンのゴングは固定されているので音が短くなる。対して本作は、ふたつのゴングをフリーにして音を長くした」。
彼がハーフプロダクトと語った通り、これはあくまで野心的なコンセプトモデルだ。しかし、グラモフォンよろしく音を増幅させるアプローチは、ベースムーブメントを大きく変えることなく、しかも響きの悪いプラチナケースを持つ本作に、かつてない音量と音質をもたらした。ひょっとして、このモデルをきっかけに、パテックフィリップのミニット・リピーターは、大きく変わっていくかもしれない。
グラモフォン(円盤式蓄音機)よろしく、音を裏蓋に反響させる新世代のミニット・リピーター。傑作リピータームーブメントのCal.R 27をベースに、裏蓋側に独自のフォルティッシモ・モジュールを追加している。理論上は極めて優れたリピーターだが、文字盤のデザインは好みが分かれるか。自動巻き(Cal.R 27 PS)。39石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Pt(直径40mm、厚さ11.1mm)。非防水。世界限定15本。時価。
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