コーアクシャル エスケープメント、シリコン製ヒゲゼンマイ、18Kセドナゴールド。1950年代から受け継がれる精神を受け継ぎつつ、オメガは時計生産における主要なムーブメントやケース素材を刷新してきた。そして2022年にはほぼすべてのモデルがマスター クロノメーター認定を受ける予定である。このスイスの巨頭においてプロダクトマネージメントの責任者を務めるグレゴリー・キスリングが、開発の舞台裏へと誘ってくれた。
Text by Serge Maillard
2022年3月9日掲載記事
2022年には機械式の全モデルにマスター クロノメーター取得を目指すオメガ
英国人時計師ジョージ・ダニエルズがコーアクシャル エスケープメントを開発したとき、おそらく彼は、テンプの振動を維持する調整機構のこの発明が、将来オメガのような規模の会社に採用されるとは思ってもいなかっただろう。例え彼自身が、自らの発明は「21世紀における機械式時計愛好家の嗜好性を維持するため」のものだったと説明していたとしてもだ。スイスの巨頭はこの技術革新を起点に、20年以上にわたってムーブメントのポートフォリオの完全見直しを行った。
21世紀を目前とした1999年、オメガはフリースプラングのテンプを備えた最初のコーアクシャル キャリバー2500を発表した。その後2007年には、この技術革新に特化した最初の「自社製」ムーブメント、コーアクシャル キャリバー8500が後に続く。従来のレバー脱進機の代わりに、ふたつの同軸歯車と3つのアンクルレバーが調速機構の摩擦を軽減することで、計時機能の安定性を担保し、長いメンテナンス間隔を実現した。
オメガのルーツは、信頼性の高いムーブメントの開発にある。オメガの社名は、1894年に開発されたムーブメントに由来する。それから1世紀後、オメガの全ムーブメントの基礎となるコーアクシャル キャリバーは、シリコン製ヒゲゼンマイの採用により改良され、セドナゴールドなどの新しい合金の導入とともに洗練化されてきた。この大胆なムーブメント戦略は、カタログにあるオメガの機械式モデルのほぼすべてが2022年にはマスター クロノメーター認定を受けるという形で結実する予定だ。これらの開発の責任者であるグレゴリー・キスリングが、この新しい計時の探求が、どのように展開されたのかを説明してくれた。
ヨーロッパスター(以下、ES):「革新」についてどう捉えていますか?
グレゴリー・キスリング(以下、GK):革新は望ましいことです。しかし私たちのような一定の生産本数を抱えるブランドにとっての真の課題は、工業化だと思います。安定した品質を維持できなければ、革新的なアプローチを工業化することは不可能ですし、ましてやその導入にかかるコストをコントロールすることはできません。オメガの場合、さらに長い歴史とそのスタイルを一貫させることも必要です。そのため非常に微妙なバランスを保ちながら、少しづつ進めることで、コレクション全体を一度に変えることなく実現しているのです。マスター クロノメーターの認定は、このような段階的な革新の好例といえるでしょう。最初のマスター クロノメーター取得モデルの導入は2015年でした。2022年には、一部のスピードマスターに搭載されているキャリバー321などの一部の例外を除き、ほぼすべてのモデルをマスター クロノメーター認定モデルにする予定です。
ES:ではムーブメントからお聞きしていきましょう。この20年来のオメガにおけるムーブメントの革新を主導していらしたのであれば、その始点となったのは1999年に導入されたジョージ・ダニエルズのコーアクシャル エスケープメントではないかと思うのですが。
GK:当初、私たちはこの革新的な脱進機を、ETA製ムーブメントをベースとしたレバー脱進機の代わりとして採用しました。しかしすぐに独自のコーアクシャル エスケープメントを開発する必要に気が付きました。その結果、C.O.S.C.の最大日差-4/-6秒に対して0/+5秒というマスター クロノメーターにつながる牽引力となったのです。それ以来、オメガは自社製ムーブメントの開発を続け、現在では独特なアラベスク模様のジュネーブウェーブによって認識できる自社製ムーブメントを有しています。
ES:他にもマイルストーンとしては、2008年に導入した非磁性のシリコン製ヒゲゼンマイがありますね。
GK:この特許取得は、CSEM(スイス電子工学・マイクロ技術研究センター)の一員として登録された2002年にさかのぼります。その6年後、磁気に強く、計時機能の安定性を高めるために設計されたシリコン製ヒゲゼンマイ「Si14」(元素の化学記号と原子番号に由来)を搭載した最初のモデルを発表しました。これには「シーマスター アクアテラ」のレディースコレクションに搭載されたコーアクシャル キャリバー8520/8521や、「デ・ヴィル アワービジョン アニュアルカレンダー」に搭載された年次カレンダー付きコーアクシャル キャリバー8601/8611が含まれています。この発明の工業化はニヴァロックスで進められました。その目的は単一のムーブメントでの展開ではなく、最終的には当社のすべてのムーブメントに搭載することでした。シリコン製ヒゲゼンマイは、当社のすべての耐磁性ムーブメントの基礎となっています。スウォッチ グループの他のブランドでもシリコン製ヒゲゼンマイを採用しているため、それはグループ戦略でもありました。
ES:この技術は5年後の2013年、1万5000ガウスの磁場に耐えるコーアクシャル キャリバー8508で成熟の域に達します。
GK:それまでは、内部ケーシングをファラデーケージ(導体容器)のようにして磁場からムーブメントを守ろうとしていたのです。しかし1000ガウスを超えると、磁場は調整機構まで到達するほど強くなってしまう。そこで私たちは、ムーブメント自体に耐磁性を持たせることに集中しました。「シーマスター アクアテラ」で初めて導入されたこの新技術により、内部の保護ケースが不要になり、特定のケースに縛られることなく重要なムーブメントの開発を行うことができるようになりました。これによりシースルーケースバックに加え、日付表示窓を備えた文字盤の採用も可能になった。技術が美学に追いついたのです。
ES:またその2年後には、スイスの連邦機関であるMETASが提供する新しいマスター クロノメーターの認定を受けることになりました。以前は御社だけがこの認証を受けていましたが、2021年にはチューダーなど、他のブランドも認証を受け始めていますね。
GK:私たちが先駆者となることで、基準の整備・強化を大きく前進させることができたのです。現在、MRIの中には1万5000ガウスを超える磁場を発生させるものもあります。2013年から2015年にかけて、私たちは耐磁性ムーブメントを、レディース用ムーブメントの9リーニュからふたつの香箱を持つ13リーニュのムーブメントまで、いくつかのサイズで開発しました。そしてこれらの基本ムーブメントによって、デイデイトやGMTなどいくつかのコンプリケーションの組み込みや、さらに手巻きムーブメントを開発することができました。そしてクロノグラフに関しては、6年の歳月をかけて開発されたコーアクシャル キャリバー9300が、この種の複雑機構を強く意識したブランドの基本要素となっています。
ES:ではムーブメントの素材に話題を移しましょう。オメガの「スタンダード」、そして「ラグジュアリー」ムーブメントの違いについてお話いただけますか?
GK:ラグジュアリー系ムーブメントはゴールドやプラチナなどの貴重な素材を使ったモデルに見られ、ローターやテンプ受けがセドナゴールド製となっています。これは銅のガルバニック加工で金メッキを施したため、遠くからでも見分けがついた当社の歴史的なムーブメントの色にちなんだものです。ローズゴールドの問題点は、経年変化で退色が見られることです。そこで私たちは2012年に独自のセドナ合金を導入し、その色調を安定させました。この技術革新は、私たちのすべての素材研究の新たな出発点でもありました。私たちは、素材研究とムーブメント研究を組み合わせ、21世紀のオメガ・ムーブメントを設計しているのです。
ES:材料研究はどのように洗練されていったのですか?
GK:部門横断的なワーキンググループを設け、カノープスゴールドやムーンシャインゴールド、ブロンズゴールドなどの新しい合金を開発しました。またセラミックス分野での発展も目覚ましく、リキッドメタルやセラゴールドのように金と組み合わせるセラミックスにも大きな革新をもたらしました。外装部品は非常に重要なため、工業化および価格統制の能力が必要となります。何世代にもわたりオメガは5Nゴールドの扱いに長けていましたが、急遽その代わりを探すことになりました。長年の研究開発で気が付いたことは、前進する方向性のベクトルを持てばより効率的に進めることができるということです。オメガの商品は提供するものであると同時に、研究の原動力にもなるのです。
ES:商品価値と生産量の両方を求めるオメガのようなブランドにとって、人が関わる部分と機械が担当する部分の微妙なバランスを取ることが大事になってくると思うのですがいかがでしょうか。
GK:確かにそうですね。レーザー技術の開発を例に取ると、特に文字盤作りに関しては、私たちに新しいクリエイティブな可能性を与えてくれました。しかしこの開発によって、新しい人的な仕事も生まれました。弊社では大きな生産本数を抱えていますが、開発段階、組み立て、仕上げ、検査において人の手を介することはまだ非常に多い状況です。テクノロジーは可能な限り効率化できますが、人的部分の基本的な重要性は常に存在するのです。
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