1990年代以降、復活したスイスの機械式時計。立役者となったのは、ETAの自動巻きムーブメントであるCal.2892A2だ。一時期は「ETAポン」と言われたこのムーブメントがなければ、ひょっとして、機械式時計の市場は今のような姿になっていなかったかもしれない。そんな名機の意外な歴史とは?
『クロノス日本版』の広田雅将編集長が独断で選び、解説する「傑作ムーブメント列伝」第2回目。
直径25.6mm、厚さ3.65mm。リバーサー式両方向巻上げ自動巻き。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。「エラボレ」「トップ」「クロノメーター」の3グレード。
Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2022年3月7日公開記事
スイス機械式時計復権の立役者ETA2892
汎用ムーブメントのことをエボーシュという。中でも、その供給元として知られるのがスイスのETAだ。1970年代に機械式ムーブメントから遠ざかった同社は83年以降、機械式エボーシュの再生産や拡充に取り組んだ。その主なものには自動巻きクロノグラフのCal.ETA(バルジュー)7750(73年発表)、3針自動巻きのCal.ETA2824-2(71年発表)、そして薄型3針自動巻きのCal.ETA2892A2(75年発表)がある。
63年にエテルナは「エテルナマティック 3000ダト」用に、全く新しい自動巻きを完成させた。キャリバー名はCal.1466。エテルナが子会社だったETAに設計させたこの自動巻きは、4番車をセンターに置くレイアウトと、極度に小さな自動巻き機構により、3.6mm(ベアリングを含めると3.65mm)という薄さを誇った。
量産機であるにも関わらず、高級機並みの薄さを誇ったCal.1466。クォーツの普及により、機械式ムーブメントの差別化を図らなければならなくなったETAが、このムーブメントに注目したのは当然だろう。75年にETAが発表したのは、1466(とその改良版である1504)の改良版であるCal.ETA2892だった。直径などはCal.1466に同じ。しかし振動数が2万8800/時に上がり、携帯精度が改善された。
もっとも、多くの時計メーカーが安価なムーブメントを求めた70年代半ばにあって、薄くて高価なCal.2892は好まれなかったようだ。75年から82年までに生産された2892の総数はわずか34万2123個。71年から79年にかけて約160万個製造されたETA2824に比べると、はるかに少ない。
Cal.ETA2892が、今の地位を築く転機は83年に訪れた。この年、ETAはCal.ETA7750(1975年製造中止)とCal.2824(1979年製造中止)の再生産を開始。また、2892の改良版であるCal.ETA2892-2を発表したのである。最大の違いは、ムーブメントのサイズ。厚みは変わらなかったが、直径が28mmから25.6mmに縮小され、使い勝手が良くなった。設計者はアントン・バリー。
2回のモデルチェンジにより、モダンな薄型自動巻きに姿を変えたCal.ETA2892。加えてETAは、このムーブメントにさらに手を加えた。1999年に発表された(96年説もあり)、改良版のCal.ETA2892A2である。なお、IWCの設計者だったクルト・クラウスは、筆者に対してCal.ETA2892の改良にアドバイスをした、と語った。おそらくは事実だろう。
主な改良は巻き上げ効率の改善だが、Cal.ETA2892の明らかな高級化も、A2以降に始まったと考えてよさそうだ。具体的には、グレードを細分化したのである。一番安価な「エラボレ」は、コストを下げるためにニッケル製のテンワを採用したもの。それよりも良い「トップ」グレードは、温度変化に強いグリュシデュール(ベリリウム合金製)のテンワにより、一層優れた精度を持っていた。そのトップグレードをC.O.S.Cクロノメーター規格に通したものが、「クロノメーター」グレード。また、トップ以上のグレードには、金メッキ仕上げなどのオプションも用意された。
薄くて小径で、しかも精度に優れるCal.ETA2892A2が、さまざまなメーカーに好まれたのは言うまでもない。結果として一時期はどの時計を見ても中身はCal.ETA2892、という状況になってしまったが、仮にこのムーブメントがなければ、スイスの機械式時計は、今のような成功を収めたとは考えにくい。Cal.ETA2892A2は、その優れた設計で、スイスの時計業界を救ったのである。
汎用自動巻きムーブメントとして多くの時計に搭載されたCal.ETA2892A2。特に高級機に好まれ、フランク ミュラーをはじめIWCやブライトリングといった名ブランドが数多く採用した。現在では代替機や自社開発のムーブメントに取って替わられつつあるが、カサブランカの自動巻きモデルでは引き続き使用されている。自動巻き(ETA2892A2)。21石。2万8800振動/時。SS(縦45×横32mm)。3気圧防水。
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