耐磁性能を高めたマスター クロノメーターに続いて、近年は外装にも手を入れるようになったオメガ。その新作がついにお披露目された。2022年新作を実際に見る機会を得た、『クロノス日本版』広田雅将編集長による渾身のレポートをお送りする。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
2022年3月9日掲載記事
2022年オメガ新作解説
1.ついにベールを脱いだモンスター「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ」
自動巻き(Cal.8912)。39石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径45.5mm、厚さ18.12mm)。6000m防水。147万4000円(税込み)。
2019年に水深1万935mまで潜った「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ プロフェッショナル」。なんとオメガは、そのモデルの量産版を発表した。防水性能は6000m。しかし見るべきは、それを使えるサイズに収めたことだ。オリジナルの厚さは28mm。対して量産版の「ウルトラディープ」は、直径45.5mm、厚さは18.12mmしかない。副社長のジャン-クロード・モナションは「実は『シーマスター プラネットオーシャン クロノグラフ 600m』よりも薄い」と説明する。
なお、このモデルは、オメガとしては史上初めて、公式なISOに準拠したダイバーズウォッチとなる(ISO6425:2018)。そのため、実際の防水性能は、6000mの25%増しの7500mもある。オメガは1万5000mまで計測できる水圧タンクを所有しているため、この数字は実際に計測したもの、とのこと。
しかし、6000mもの高い防水性をどうやって「小さな」ケースに盛り込んだのか。コンペティターであるロレックスの「オイスター パーペチュアル ロレックス ディープシー」は、ケースの中に強固なインナーリングを加えて防水性を担保した。対してウルトラディープのケース構造は、今までのダイバーズウォッチに全く同じだ。理屈の上では、6000m潜ることは不可能である。
対してプロダクトの責任者であるグレゴリー・キスリングは、ふたつのアプローチで小さなケースと、高い防水性能の両立に挑んだ。ひとつは裏蓋と風防の取り付け部、そしてリュウズチューブの固定部を、円錐状にすること。単に四角くカットするよりも、防水性が確保しやすい、とキスリングは説明する。確かに部品同士の噛み合う面積が増えれば、気密性は高まるだろう。時計を真正面から見た際、文字盤が奥まって見えるのは、風防の取り付け部が、斜めになっているためだ。
「6000m潜ると、風防のサファイアクリスタルには7.5tもの負荷がかかる。そこで風防の厚みを5.2mmに増やし、また取り付け部を円錐状に替えた。しかし、サファイアクリスタルに不純物が入っていると割れてしまう。そこで今までのベルヌーイ法ではない、新しいサファイアクリスタルの製法を採用した。不純物がまったくないため、高い負荷がかかっても割れることはない」(キスリング)。
もうひとつのアプローチが、O-MEGA(オーメガ)スティールという新素材だ。これは316Lや904Lと違って、ほぼニッケルを含まない(正確には0.05%含有されている)、新しいステンレススティール素材だ。316Lより白く光る上、一般的なステンレスに比べて40%から50%硬く、弾力性が、一般的な316Lに比べて3倍以上高い。「普通の素材では6000mを実現できなかったため、新たに素材を開発した」とキスリングは語る。6000m防水にもかかわらず、ウルトラディープがヘリウムエスケープバルブ持たない理由は、この気密性の高い新しい素材のおかげだ。
防水パッキンの素材は不明。しかし、普通のダイバーズウォッチが使うニトリル製のパッキンは、数千メートルの水圧に耐えられない。あくまで推測だが、22年のウルトラディープは、19年のプロトタイプに同じく、硬いリキッドメタル製のパッキンを採用しているはずだ。ウルトラディープの断面図を見る限り、パッキンは6000m防水の時計とは思えないほど薄い。水圧でもつぶれにくいリキッドメタル製と考えるのが妥当だろう。なお、メタルパッキンで防水性を劇的に改善する手法は、すでにIWCが「オーシャン2000」で実現しており、決してトリッキーではない。
このモデルは、今のオメガらしく、外装も優れている。裏蓋にはチタン製の板がはめ込まれ、そこにプレスではなくレーザーで刻印が施されている。黒く見えるのはブラックレーザーで彫ったため。また、SSモデルには良質なラッカー文字盤が採用された。外周を暗くしたラッカー仕上げの文字盤は、「深海の爆発をイメージした」(モナション)とのこと。なお、ケースを小さくした結果、このモデルはヘッドとブレスレットのバランスに優れている。また、バックルに内蔵したエクステンションにより、サイズの微調整が可能だ。重量級だが、普段使いはギリギリ可能である。
正直、ステンレススティールモデルもチタンモデルも、驚くほどの高性能と優れた仕上げを考えれば、驚異的な価格である。今後、このモデルはハイスペックダイバーズのベンチマークとなるに違いない。
2. 相変わらずいい仕事しています。「シーマスター ダイバー300M」のグリーン文字盤
グリーンセラミックス製のベゼルと文字盤を採用したシーマスター 300M グリーン。基本スペックは従来モデルに同じ。自動巻き(Cal.8800)。35石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。SS(直径42mm、厚さ13.56mm)。300m防水。69万3000円(税込み)。
本誌でも称賛した、「シーマスター ダイバー 300M」。22年はグリーンのベゼルと文字盤を採用した、色違いが加わった。オメガはグリーンとのみ説明するが、実際はカーキに近い色味である。ベゼルトップと文字盤の素材は、従来に同じセラミックス製である。こちらも価格は極めて戦略的だ。
3. 地味だが何気に野心作「スピードマスター ‘57」
手巻き(Cal.9906)。44石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40.5mm、厚さ12.99mm)。5気圧防水。110万円(税込み)。
社長に就任した際、レイナルド・アッシェリマンは「オメガのケースを薄くする」と筆者に断言した。それを体現するのが、新しい「スピードマスター ‘57」だ。ケースが直径40.5mm、厚さ12.99mmと小さくなった結果、腕乗りは明らかに良くなった。ブレスレットはヘッドに対してやや薄いが、時計自体が軽いため違和感はない。搭載するのはローターを外し、マスタークロノメーター化されたCal.9906。これは21年の「クロノスコープ」が採用するCal.9908からの転用であり、信頼性はかなり高い。
このモデルに限らず22年のオメガで際立つのが、鮮やかな文字盤だ。しかも製法がかなりユニークである。キスリング曰く「22年はメッキでもペイントでもなく、PVD仕上げの文字盤を14種類出した」とのこと。確かにロレックスやパテック フィリップもPVD文字盤のモデルをリリースしているが、これほど大々的に採用したのは、おそらくオメガが初だろう。PVDの文字盤は、ペイントやメッキほど鮮やかな色を出しにくい、とされているが、例えばグリーンの発色は大変良い。「私たちは3つのパートナーと共同で文字盤を制作している。今回はPVDで14の色を出した。良い発色を得るために、6カ月かかった。まずはパントーンで適切な色を探し、色を出せるように調整する。その後、UVテストやスコッチテストをかけて、経年変化がないか確かめる」。ここ数年、オメガは文字盤の改善に取り組んできたことは知っているが、まさかこれほどPVD文字盤を使うとは、予想もしていなかった。
他にも見るべき点を挙げたい。ブラックの文字盤は、パネライ同様の「サンドウィッチ」仕上げ。下地の仕上げは新しいムーンウォッチに似ているが、地をより強く荒らして視認性を高めている。下品にならない程度に強い下地は、大変好みだ。また、新しい‘57はベゼルの処理も優れている。金属製のベゼルには、細い書体で文字や数字が刻まれている。他社にはないほど細い書体は、おそらくはレーザーエッチングで施したのだろう。化学的なエッチングではこれほど書体は明瞭に出ないし、切削ではこれほど細くできない。地味だが、オメガの外装に対する取り組みを象徴するディテールである。
非常に完成度の高い時計だが、デイト付きなのはいささか惜しい。クロノスコープとの差別化のため、そしてより広い層に使ってもらうためという理由は分かるが、もし手巻きムーブメントに日付表示を付けるならば、最低約3日(約72時間)のパワーリザーブがあるべきだろう。約60時間はやや足りないか。