時計ブランドおよび、それらが手掛ける時計というのは何かしらのルーツを持っていたり、ある思想が反映されているものだ。今回は「海」をテーマとする時計もしくはブランドを5本紹介する。
Text by Shinichi Sato
奥山栄一、吉江正倫、佐藤しんいち:写真
Photgraphs by Eiichi Okuyama, Masanori Yoshie, Shinicgi Sato
2022年4月4日掲載記事
海をルーツに持ったブランドの時計を5本紹介
時計ブランド各社および、その各モデルは、それぞれに異なるルーツを持っている。デザインやスペックに引かれて時計を選ぶのも良い。ただ、その背景を知ることは、なぜそのモデルが生み出されたかを知ることにつながり、新たな魅力を発見したり、自分との共通点を見つけて親近感を覚えたり、あるいはそれが特別な物であることを再認識する。
そこで各社が販売するモデルをより深く楽しむために、あるいは興味の対象を広げてもらうことを目的に「海」と関わりの深いブランドやモデルに注目しよう。
近代ダイバーズウォッチの祖、ブランパン「フィフティ ファゾムス」
海と時計の関わりで最もイメージしやすいのがダイバーズウォッチだ。現在のダイバーズウォッチの方向性を決めた近代ダイバーズウォッチの祖が、1953年発表のブランパン「フィフティ ファゾムス」である。
初作からの外観上の変更点は多いが、エッセンスを上手く継承しており、ひと目で系譜を引き継いでいることが分かるデザインバランスが秀逸である。自動巻き(Cal.1315)。2万8800振動/時。35石。パワーリザーブ 約120時間。SS(直径 45mm、厚さ15.5mm)。30気圧防水。157万3000円(税込み)。
名前に用いられている“ファゾム”は、両手を左右に広げた時の幅に由来する長さの単位で、主に水深の単位として用いられてきた。この単位は日本では「尋」に相当し、水深が重要となる漁や釣りの仕掛けで用いられることが多い。地域や言語圏は違っても、海辺や船上でも両手を広げて簡易的に測定可能なファゾムと尋が考案され、それが共に水深と関わる単位となった点は興味深い。
フィフティ ファゾムスの開発者は、当時のブランパンCEOジャン-ジャック・フィスターであり、フランス海軍のダイバー、ロベール・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉も参画して仕様が取りまとめられた。フィフティ ファゾムスがそれ以降のダイバーズウォッチに与えた影響は以下が挙げられる。
・潜水時間を測定するための回転ベゼルとその誤作動防止機構の採用
・ブラックのダイアル
・極めて大きな蓄光表示と蓄光を備えた時分秒針
・耐磁を目的とした軟鉄製のインナーケース
ジャン-ジャック・フィスターはダイバーでもあり、フランスでのダイビング中に潜水時間を忘れて遭難しかかった経験を持つ。そこで彼は、フィフティ ファゾムスに潜水時間がひと目で分かる回転ベゼルを採用した。回転ベゼルは、可動式のベゼルの起点を任意の位置に設定でき、ベゼルに書かれた数字によって経過時間を測定するものである。フィフティ ファゾムスが画期的であったのは、回転ベゼルに意図しない回転を防止する誤作動防止機構を与えたことであった。
潜水可能時間を測定中に、意図せずにベゼルが右回りに動いてしまったとする。この時、潜水可能時間を長く読み間違える方向にベゼルが動いてしまうため、空気ボンベの残量不足につながる恐れがあって危険である。誤作動防止機構はこのような事故の回避が目的で、実際にダイビングを行う同氏ならではの着眼点であると言えるだろう。
耐磁対策のインナーケースは、シリコンヒゲゼンマイをはじめとした技術革新によって廃止されることも増えたが、回転ベゼルにブラックのダイアル、蓄光を備えたインデックスと針を組み合わせたデザインは、以後のダイバーズウォッチの標準となっており、その影響は非常に大きいものであった。
イタリア海軍への装備納入を通じて技術を高めたパネライの「ルミノール 47mm」
パネライはイタリアのフィレンツェで1850年頃に開業したスイス製時計の販売店を起源としている。パネライは事業の拡大に伴い、時計の修理や部品納入された時計の組み立てを行うようになった。その中で取引が生まれたイタリア海軍から、当時の特殊潜水隊員にとって必須であった水中で使用できるコンパスや水深計の製作依頼を受け、これらを開発・製作することで技術を高めた歴史を持つ。1930年代の終わり頃にはイタリア海軍とパネライの関係性はより深くなり、第2次世界大戦を契機に、情報交換はさらに密となった。
この頃に製作された軍事機器はさらに多彩で、照準器や照明、魚雷使用時に用いる計算機、信号灯に及んだ。特に信号灯は、海上、海中、陸上で広く使用されるほどで、当時のイタリア海軍にとってパネライは時計会社というよりも軍事機器会社の印象の方が強かったかもしれない。
1950ケースと呼ばれる本作のケースは、現在のルミノールの元となったプロトタイプからインスピレーションを受けたものだ。サイドが切り立った一般的なルミノールと異なり、丸みを帯びて、角の先端に向かって尖ってゆく複雑な形状が特徴である。手巻き(Cal.P.3000)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS(直径 47mm)。100m防水。108万9000円(税込み)。
その中で、要望を受けて製作された当時としては非常に高い防水性を持つ腕時計が、現在の「ラジオミール」や「ルミノール」の起源である。ただし、当時作られた防水時計は軍事機密の扱いを受けていたため広く知られることはなく、防水時計のスタンダードとはならなかった。
状況が変化するきっかけが93年のイタリア軍との軍需契約の終了であり、以後パネライは様々なモデルの市販を開始して世界的な認知度を得るまでになる。なお、イタリア海軍との交友関係は続いているようで、2019年には「サブマーシブル マリーナミリターレ カーボテック™ リミテッド エディション」を購入した33名をイタリア海軍の特殊部隊のトレーニングに招待するイベントが行われている。ちなみに、このイベントは手加減抜きのもので、相当に過酷であったようだ。