実用時計にちょいとした遊び心を加える、というアプローチの先駆者がチューダーだ。微妙な色合いの中間色や、ユニークな織りストラップ、そして蓄光塗料の使い方などは、他社に大きな影響を与えた。そういった同社ならではの新作が、ブラックベイ プロである。39mmのケースサイズに、無理なくGMT付きのムーブメントを収めている。
チューダー「ブラックベイ プロ」が魅力的な理由
2022年のウォッチーズ&ワンダーズには、チューダーもブースを構えていた。発表された新作は5本。で、個人的に萌えたのは「ブラックベイ プロ」である。GMT機能を備えたベーシックなモデルだが、直径39mmという「小振り」なケースと微妙にレトロ風のデザイン、そして相変わらずの戦略的な価格が魅力的だ。問題は、手に入るかだけ。
セラミックスを混ぜた光るインデックス
チューダーらしさが横溢する新作。使えるサイズと機能に、時計好きをくすぐるディテールを備えている。短針のみの調整が可能なため実用性も高い。自動巻き(Cal.MT5652)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径39mm)。200m防水。45万5400円(ブレスレット)、41万9100円(ストラップ)。
このモデルの大きな特徴は、インデックスに、セラミックスとルミノバを混ぜた夜光塗料を用いている点だ。チューダー曰く「モノブロックの発光セラミックス製アプライドアワーマーカー」とのこと。これに似た素材は、すでにH.モーザーが傑作「ストリームライナー」の針に使用しているが、チューダーが使うとは予想もしていなかった。ちなみに、チューダーとH.モーザーの夜光塗料は出どころが違うようだ。
もともと、ルミノバという素材はアルミ系である。そこにセラミックを混ぜたこの素材は、固くて整形しやすい(ようだ)。チューダーは、この素材をインデックスの形状にカットし、それを文字盤に貼り付けた。厚みは0.3mmとのこと。接着剤で貼り付けるには厚すぎるが、チューダー曰く「耐衝撃テストはクリアしている」とのこと。もっとも、接着剤だけではきちんと固定できないため、インデックスに脚を立て、文字盤の穴に固定しているとチューダーは説明する。その詳細は「企業秘密」とのこと。レトロ風に見えるだけでなく、たっぷりとした夜光塗料を載せられるこのインデックスは、本作の大きな特徴だ。文字盤自体は、下地を強く荒らしたチューダーではおなじみのラッカー仕上げ。レトロ風に見えるだけでなく、強い光源にさらしても白濁しにくいこの文字盤は、真似できそうで、実はなかなか真似しにくい仕上げだ。ユニークさと実用性を両立したブラックの文字盤は、チューダーらしさをもっとも表しているポイントである。
39mmのケースはありだろう
またこのモデルは、39mmという相対的に小振りなケースを持っている。ケースの厚みは今までのブラックベイに同じ(ただし具体的なサイズは教えてもらえなかった)。決して薄いわけではないが、腕においた限りの印象を言うと、ヘッドだけが重いという印象はなかった。リベット風の軽いブレスレットとのバランスも良好だった。
個人的な萌えポイントは、ベゼルに刻まれた細い数字だ。現行のGMTウォッチは、視認性を得るために数字を大きく太くしたがる。対して本作は、1960年代のGMTウォッチを思わせる、細い書体を選んだ。実用性の観点からすると太いほうが望ましいが、筆者はこの「かそけき」書体が大変に好きだ。あえて採用したあたりに、今のチューダーの攻める姿勢が見て取れる。
相変わらずブレスレットの出来はめちゃくちゃいい
このモデルのバックルには、トリプルロックに加えて、セルフサイズ調整を可能にする“T-fit”アジャスティングシステムが備わる。これは工具不要で、着用者自身が8mmの長さを5段階で調節することができるもの。バックルを固定する小さなバーはセラミックスのボールで保持される。今でこそさまざまなメーカーが使うようになったセラミックボールは、外れにくい上、長期間使用しても摩耗しない。個人的には非常に好ましいディテールである。もっとも、トリプルロックのバックルは厚みがあるため、デスクワークにはあまり向かないだろう。仕事中も時計を外したくない人は、ブレスレット版ではなく、ストラップ付きを選ぶほうが良さそうだ。
ケニッシのムーブメントは文句の付けようがない
現在、チューダーが採用するケニッシ製の大径自動巻きはふたつある。基本は直径31.8mmのCal.5600系。派生形として、地板のサイズを33.8mmに拡大したCal.MT5612や5621などがある。前者をGMT化したのがCal.MT5652である。詳細は『クロノス日本版』やwebChronosで記してきたので省くが、この自動巻きは、ロレックス譲りの優れたリバーサーを持っている。情報が開示されていないため推測するしかないが、基本設計は、おそらくロレックスの31系に同じではないか。もっとも見た限りで言うと、素材はロレックスのような酸化処理したアルミニウムとは異なる。さておき、チューダーの自動巻きがよく巻き上がるという評価は、そのよく出来たリバーサーを見れば納得だ。自動巻きマニアとしては、これだけでご飯を食べられる。
凡庸な結論:入手には忍耐が必要だ
ちょっと小振りで、ラフに使っても気にならない本作は、良質な実用時計が欲しい人にはうってつけだ。というわけで取り上げてみたものの、このモデルもやはり入手は難しそうだ。国内での販売は、4月中とのこと。とても好きなモデルなので、気に入った人の手元に届くことを願いたい。ともあれ、今のチューダーの魅力が横溢する本作は、時計好きならば、待つべき価値がある時計のひとつに違いない。
https://www.webchronos.net/features/77780/
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