時計の針は従来硬く、運針では完璧な円を描く。そのため初期から現在まで、時計の多くはラウンドケースを用いてきた。しかし、ラウンドに近いがさらに優雅でより繊細な形状がある。それが楕円形、オーバルだ。では、そのオーバルケースに最適な運針は、どのようにすれば実現するだろうか? この問いに対し、ブレゲは美しく、かつ革新的なその回答を見いだした。その結実が、「クイーン・オブ・ネイプルズ 9825 “ハート・エディション”」で採用されたハート形である。
Text by Pierre Maillard
2022年4月23日掲載記事
オーバルケースに最適な運針を見いだしたブレゲ
技術革新は、常に時計を身に着けている人の目に見える形で現れるとは限らない。多くの場合、それは複雑なメカニズムの内部に隠されていたり、合金の製法、生産方法などに組み込まれたりしているしかしブレゲの「クイーン・オブ・ネイプルズ 9825 “ハート・エディション”」の長さが変化する針の場合は、優美にそして目を奪う形で私たちの目の前で展開していく。
オーバルという形状の選択は、分針をケースの輪郭に沿わせることは幾何学的に不可能であったため、常に限られたものであった。これを実現するための鍵が、時計の卵型の形状に沿って長さを変えることができる伸縮性のある針であることは明らかだ。
解決法はある。例えば、パルミジャーニ・フルリエの「オーバル パントグラフ」は、同ブランドで修復したオーバル型の懐中時計にヒントを得たものである。この伸縮性のある針はパントグラフの仕組みを応用している。望遠鏡のような平行四辺形の形状をした2本の構造が動くにつれて、文字盤の楕円形の形状に沿うというものだ。構造はエッフェル氏に影響を受けたとされる機構の繊細な表現である。
ブレゲが美しいオーバル型の「クイーン・オブ・ネイプルズ」のために開発したソリューションは、まったく異なるものであった。その伸縮性は、硬いパーツの連結ではなく、柔軟性と弾力性によるものだ。
「女王のハート」の誕生
「クイーン・オブ・ネイプルズ 9825 “ハート・エディション”」の分針は、化学的・技術的な側面だけでなく、この柔軟性のある付属物がオーバル形の時計にもたらす美しさと繊細さを称えずにはいられない。クイーン・オブ・ネイプルズは、ナポリ女王の手首を飾るようにデザインされた最初の時計から着想を得たとされるタイムピースである。小さなハートが拡大・縮小しながら時間を表示するのは、美しく詩的な達成点であるだけでなく、時計製造の偉業である。
しかし、このハートの背後には、コンセプト、計算、素材の研究、テスト、プロトタイプを担う「外科医」の一団が控えており、それによって分針は時計のオーバルシェイプをなぞりながら呼吸ができるようになったのだ。
「湾曲軸受」の開発
この理論の背景には、有名な湾曲軸受(スイス連邦工科大学ローザンヌ校でシモン・エナン教授率いる研究室"インスタントラボ(Instant-Lab)"によって2001年に考案された)がある。この軸受の開発により、特に時計の調整機構において多くの革新的な技術が生み出された。
今回、長さを変えられる針に採用された湾曲軸受は、技術的問題に対して外観的で目に見える解決法を提案している。
針は、しなやかでたわみに強く、安定性に優れたニッケル・リン合金を用いて、LIGAプロセスで作られている。ハート形の先端には2枚のブレードが取り付けられており、ブレードには柔軟な部分と硬い部分がある。針全体は非常に繊細で、柔軟性のある部分は髪の毛の半分ほどの太さしかない。
ふたつのメカニズムでひとつの針を動かす
針には柔軟性を持たせたが、今度はそれを動かす必要がある。そこが最も複雑な研究対象である。針を進め、形状と長さを変化させるためには、それぞれのアームが別々に動く必要がある。時計のムーブメントは、筒カナを介して決められた角度で回転することにより針を運ぶ。この角度を別のプレートのメカニズムが、右のアームのアワーホイールの回転と左のアームのアワーホイールの回転に入る角度を変化させる。
正確な時刻表示のために必要であった複雑な計算を共有しよう。これは文字盤の楕円形の縁のカーブに沿って、針自体が変形そして長さが変わる特性の両方に結び付いている。この方程式を計算することに加え、アワーホイールの回転速度が一定ではないことも考慮する必要がある。
駆動メカニズム
ブレゲの設計師と時計師たちは、針の作動機構についていくつかの種類を検討した。その中のひとつに二重の非円形輪列があり、これはただちにテストされ、プロトタイプの作成へと進んだ。このプロトタイプは仕様に沿い、シンプルで堅牢、かつ高精度で機能的な方法ではあったが、この考え方(現在は特許出願中)は非円形輪列の本質的な限界によって棚上げとなった。「針のアームの角変化の調整」が不意の変化をもたらすことが懸念され、「非円形」の輪列は極端すぎるのではという見解に至ったのである。
また、このような非円形の歯車列の構造は、改良や適応が容易でないという問題もあった。これを駆動させるには、「筒カナが一体化した回転支柱を設けたシステム」が必要だった(編集者注:この筒カナは動きを制御するものである)。回転するたびに、この支柱は針の両側に固定されたふたつの筒カナを駆動させる。アームはセンサーを持つ遊星ギアと連動し、センサーは組み立て時に唯一固定されているカムと影響しあう。
Support tournant 1tr/h:回転支柱 1回転/時
Vue de detail du rouage d’actionnement: 駆動歯車の詳細
Vue latérale:横から見た図
シンプルで堅牢、少ない点数の部品構成により、カムの形状を変えるだけで設計変更が可能で、組み立ても比較的簡単なこのシステムは、最終承認のためのホモロゲーションテストをすべて通過した。現在はふたつの特許を申請中である。ブレゲはこの研究に、二ヴァロックス社、アスラブ社、そしてスウォッチ グループのETA社と共に取り組んだ。
この特別な針の繊細な優美さは、称賛だけでなく豊かな感情をも呼び起こす。これにより技術的革新は、詩的なものを生み出すこともできるということを示している。
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