今回は、日本が誇るグランドセイコーの「SBGY007」をレビューする。“御神渡り(おみわたり)”をモチーフとしたダイアルと、セイコーの技術が結集したスプリングドライブムーブメントを搭載したモデルである。エレガンスコレクションに属しており、全体のフォルムは曲線を主体としている。一見してシンプルなドレスウォッチであるが、その細部には、グランドセイコーらしい実用性への配慮が見て取れる。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
2022年4月21日掲載記事
諏訪の歴史と技術が凝縮したシンプルウォッチ
詳細なレビューに入る前に、今回取り上げるグランドセイコー「エレガンスコレクション SBGY007」の特徴について簡単に触れておきたい。本作は、波のようなパターンが施された薄いブルーダイアルと、機械式とクォーツ式のハイブリッドであるスプリングドライブムーブメントを組み合わせたモデルである。
このダイアルのパターンは、“御神渡り”をモチーフとしている。“御神渡り”は、1~2月頃、諏訪湖の厚い氷が気温の上下によって膨張と収縮を繰り返し、やがて大きな音と共に隆起する自然現象である。その姿はまるで湖面に突如として出来上がった山脈であり、諏訪大社上社の男神が下社の女神のもとへと渡る恋の道であるとして、“御神渡り”と呼ばれている。
地元の神官によって、その隆起した氷が“御神渡り”であるかの認定が行われ、湖面の状態からその年の天候や農作物の出来、世の中の吉凶までを占っており、諏訪湖における重要な神事でもある。本作が諏訪湖にまつわるモチーフをテーマとしているのは、スプリングドライブの生誕地「信州 時の匠工房」が諏訪湖にほど近く、また諏訪がセイコーにとって聖地とも言える場所であるからだろう。
時計界(あるいは全世界)へ革命をもたらしたクォーツウォッチは、かつて生糸の町として栄えていた諏訪が、その需要減を受けて活路を見出した、時計産業への尽力によって生み出されたのである。
「信州 時の匠工房」にて誕生したスプリングドライブは、類似の機構こそあれど、世界でもセイコーのみが生産、採用するムーブメントである。機械式ムーブメントの利点のひとつは、高いトルクを生み出せることであるが、半面、精度はクォーツに敵わない。クォーツ式ムーブメントは機械式よりもトルクが小さくなってしまうが、高い精度を発揮することができる。
機械式とクォーツ式それぞれの良いところを抜き出し、ミックスしたものがスプリングドライブである。機械式と同じ主ゼンマイを動力源として時計を動かしているが、その制御にはクォーツ式と同じ水晶振動子とIC回路を用いている。主ゼンマイが解ける力によって電力を補っているため、一般的クォーツのような電池交換は不要だ。機械式のようにアンクルとガンギ車による脱進機を持たないため、“チクタクチクタク”という刻音はなく、秒針の動きも滑らかである。静かに滑る秒針は、まさにグランドセイコーが掲げるフィロソフィ「THE NATURE OF TIME」の通り、自然の時の流れを想起させるものである。