NATOストラップは最高品質だが最高のストラップとは限らない
今回借りた個体には、オメガ純正の「NATOストラップ」が組み合わされている。カラーはブラックとグレーのストライプだ。このストラップカラーは、(私見ではあるが)ブラックやネイビー、オリーブなどさまざまなダイアルカラーとの相性が良く、人気が高い。今回のコーディネートも、ブラックのケースとダイアルによるストイックなスタイルとストラップのデザインの相性が非常に良い。
NATOタイプストラップ、あるいはG10ストラップと呼ばれる引き通しタイプのストラップのメリットは、時計本体と手首の間にストラップが一枚挟まって、手首とストラップの間に隙間が生まれないため着用感に優れることだ。また、ブレスレットやラバーストラップに対して軽量であること、水に強いこと、汗を吸って快適さを維持できることがメリットだ。また、ブレスレットやレザーストラップ仕様から見た目の印象が大きく変わるため、ひとつの時計をより深く、より多角的に楽しむことができる。
オメガ純正のNATOストラップは、おそらく現在入手できるNATOタイプストラップの中で、最も上質な素材が用いられた最も高品質なもののひとつである。厚手でしっかりとしたポリアミド製で、しなやかでコシがあり艶があって見栄えがする。エッジも滑らかで、使用に伴う伸びやヨレも心配なさそうだ。縫製もしっかりとしており、金具類はオメガ品質のチタン製であり、サードパーティー品ではお目にかかれない代物だ。オプションとして販売されるステンレススティール製金具のストラップでさえ価格は2万900円と最高クラスだが、それに見合った最高クラスの品質である。
では、ストラップとしてこれが最高であるか? について検討すると、筆者は異なる意見を持つ。NATOストラップは手首と時計の間に二枚の生地が挟まるため、ラグ付近に膨らみが生じ、時計全体を見れば腰高になりやすい。腰高になれば大型で重量のあるモデルならば安定感が悪化する。また、シャツやジャケットの袖と干渉しやすくなる。今回のストラップは厚手であるため、このようなネガの部分が目立ちやすくなる。
どうやらオメガは、厚手のNATOストラップを使用することによって腰高となるデメリットを認識しているようだ。そう考える根拠は、2022年4月時点でNATOストラップを組み合わせた状態で販売されているシーマスター ダイバー300Mは、軽量なチタン製の「007エディション」と、同じく軽量な本作のみであり、腰高になることのデメリット、特に重量バランスの悪化が生じにくいモデルに限られているためだ。近年のオメガはNATOタイプのストラップに力を入れており、多くのカラーバリエーションを展開しているのにも関わらず、シーマスター ダイバー300Mではこの2種類に限られている点は注目に値する。
ネガティブな点を列挙してしまったが、オメガが提供するストラップをこのような厚手でしっかりとしたNATOストラップとした理由も理解できる。薄手にすれば腰高感はなくなるが、良い質感が得られにくいし耐久性にも難が出やすい。100万円もする時計の身を預けることを考えると、これぐらいの堅牢さが必要だろう。また二重となる部分は当て布の役割を果たしてラグ裏やバネ棒の保護となる。それに、実際に今作を着用してみると、腰高となるのは避けられないがヘッドが軽量であるので腕を振っても暴れを感じにくい。ストック状態で用意される組み合わせだけあって、重量バランスは悪くない。
では、セパレートタイプのストラップに付け替えて腰高感を解消すればどうなるか? 手持ちのストラップで試したところ、よりダイレクトな着け心地となり、重心は下がり非常に好ましかった。ラグを短く切って手首への収まりの良いケース形状の秀逸さも存分に楽しめる。このことを念頭に入れた上で、セラミックモデルでラインナップされるラバーストラップとNATOストラップのどちらを選ぶのが良いだろうか?
NATOストラップのスポーティーで、ミリタリーのテイストのあるスタイリングに魅力を感じるなら、NATOストラップを選ぶのが良いだろう。筆者もNATOタイプのストラップのファンであり、こちらを選びたくなる気持ちは良く分かる。軽量なセラミックモデルならば重量バランスを欠くこともない。
とはいえNATOストラップを装着してのスタイリングを楽しみたいのでなければ、高性能で軽量なセラミックケースをより堪能するために、筆者はストイックでダイレクトな着け心地が楽しめるラバーストラップを推奨したい。あるいは、NATOストラップモデルを購入後、ラバーストラップを追加購入するか、マッチするレザーストラップに換装するのも良いだろう。セラミックモデルを入手したのであれば、一度はラリー用マシンにバケットシートを載せたようなストイックでダイレクトな着け心地を経験してほしいところだ。
ハイスペックなスペシャルマシンが日常にもたらす高揚感
自動巻き(Cal.8806)。35石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。ブラックセラミックス(直径43.5mm)。300m防水。103万4000円(税込み)。
筆者はラリーカーが好きだ。カーディーラーに行けば買えるスタンダードモデルに近い外観で強烈なハイパフォーマンスを包み込んだスペシャルカーが、郊外や街中といった、すぐそこで走っていてもおかしくないような環境を疾走する様子に、日常の中の非日常が刺激されるからだ。
スタンダードモデルと同様のケースシェイプにブラックカラーの今作は、実用性が非常に高いハイスペックなCal.8806に、超軽量なセラミックケースを組み合わせている。その控えめな見た目とは裏腹な高性能を備える今作は、まさに日常の中の非日常を刺激してくれる。そしてそれを着用する自分に困難が降りかかっても、信頼できる腕元のシーマスターが力を貸してくれるような気さえする。冗談みたいだが誇張ではない。この感覚こそ、ハイスペックなツールウォッチを身に着ける効果であると筆者は考えている。
では、もともとの完成度が高いシーマスター ダイバー300Mであるが、セラミックモデルの今作を求める必要性があるだろうか。実際に着用してみて、軽量さによるメリットが非常に大きく、そのメリットは着け心地に直接的に影響を与えているのが分かった。いわばハイスペックさをよりダイレクトに味わうことができ、その喜びは日常に高揚感をもたらしてくれるのだ。これはなかなか味わえるものではない。それゆえに、ステンレスモデルから約40万円のアップチャージを支払って、セラミックモデルを候補とする価値がある。インプレッションを通じて、筆者はそう確信したのであった。
https://www.webchronos.net/features/77882/
https://www.webchronos.net/features/79116/
https://www.webchronos.net/features/76694/