高級機でありながらも、あくまで実用時計としての魅力も持ち続けるグランドセイコー。なぜ、時計愛好家はグランドセイコーを最良の実用時計と評価するのか。業界を代表する時計ジャーナリストにして、長年実用時計を見続けてきた名畑政治がその実力を見極める。
Text by Masaharu Nabata
実用時計の代表格「グランドセイコー」の実力
「実用時計」という言葉がある。その意味はもちろん「実用的な時計」ということ。しかし、この言葉、私は1990年ごろまで、ほとんど聞いたことも使ったこともなかった。
というのも、時計とはそもそも時刻を知るための実用品。もちろん昔から宝飾時計や複雑時計はあったが、世の中に流通する時計の大半が実用を目的としたものだったので、ことさら「実用時計」という言葉を使う必要がなかったのだ。
ところが90年代に入り、宝飾時計のみならずクロノグラフやそれ以上の複雑機構を備えるモデルが大量に製造されるようになると、実用に徹したシンプルなモデルを、特に「実用時計」として区別するようになり、この言葉が広く使われるようになった、と私は解釈している。
さて、その「実用時計」を代表する国産時計ブランドが「グランドセイコー(GS)」であることは、誰もが認めるところ。今回、私がインプレッションを担当するのは、そのGSのメカニカルモデルを代表するハイビートムーブメント搭載の「SBGH273」だ。
なるほど、たしかに「実用時計」と呼ばれるだけのことはある。しっかりとエッジのたった立体的なバーインデックスは、光を受けてキラキラと輝き、文字盤上で存在感を主張。そのインデックスを、これもまたキリリと面取りされた太いドーフィンスタイルの時分針が指し示すことにより、時刻の読み取りはこの上なく容易である。
リュウズも実用度満点。リュウズ径は実測で約6mmあり、60年代のヴィンテージGSの4.7~4.8mm(手持ちのモデルを実測)と比べると、その操作性は格段に向上している。まぁ、半世紀以上も前のモデルと比較してもあまり意味ないが。
搭載ムーブメントは、すでにチラリと紹介したが3万6000振動/時(10振動/秒:5Hz)という高振動を実現したCal.9S85である。
このような高いテンプ振動数を持つムーブメントをハイビートと呼び、ロービート(5振動/秒~6振動/秒)と比べると外乱(外部からムーブメントに加わりテンプの振動を乱す要因となる力)の影響を受けにくく、高い精度を維持することが可能となる。
その結果、Cal.9S85は平均日差+5~-3秒(静体精度)、動体精度では日差+8~-1秒という、非常に高い精度を実現したのである。
また、このムーブメントは10振動/秒のハイビート化によって秒針の作動がスムーズになり、一見するとスウィープ運針のような滑らかな動きを見ることができる。これもハイビートのひとつの楽しみである。
実はこの10振動/秒のハイビートは、60年代のGSですでに実現されていた。しかしSBGH273に搭載されるCal.9S85では、単なる過去の技術の再生ではなく、時計の細動精度の要となるヒゲゼンマイ素材の新たな開発や、脱進機を構成するガンギ車やアンクルを、半導体の製造技術を応用した「MEMS (Micro Electro Mechanical System)技術」を採用することで、寸法精度と表面の平滑度の向上、さらに軽量化も実現。時計駆動の原動力である主ゼンマイにも新素材を用いて耐久性や耐磁性を維持しつつ、ハイビートに必要な高いトルクと持続時間を向上させている。