20歳になると、何もかも確固たるものとなると言われている。特に自分自身について。この格言は2000年に誕生し、21世紀初期におけるアイコンウォッチのひとつとなった「J12 X-RAY」にも当てはまる。「J12」の誕生20周年を記念して発表されたこの特別なアニバーサリーピースについて、サファイアの成形技術やムーブメントの設計といった部分からシャネルの強さに今一度迫る。
手巻き(Cal.3.1)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。サファイアケース(直径38mm)。30m防水。世界限定12本。8096万円(税込み)。2020年発表。
Text by Pierre Maillard
2022年5月10日掲載記事
完全な透明性
20歳ともなれば隠すことはなにもなく、リスクを取ることに迷いもない。ようやくなりたい自分になれたのだ。自らの透明性をもって世界と関わることができるのである。まるで、美しい「J12 X-RAY」のように。
幾何学的な中央の円には繊細なレイルロードのミニッツトラックがスタンプされ、バゲットカットダイアモンドのアワーインデックスはまるで時計の中心から浮いているようだ。中心のムーブメントは何もない空間の、完全な透明性の中に納められている。サファイアケースと46個のバゲットカットダイヤモンドがセットされたベゼルは、時計業界で初のものとなった、やはり透明なサファイアで製作されたブレスレットへとつながっている。
キャリバー 3.1
2018年にシャネルは「ボーイフレンド スケルトン」で手巻きキャリバー 3を発表し、同年、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)のレディースウォッチ部門で受賞を果たしている。キャリバー 3はシャネルのウォッチメイキング クリエイション スタジオがデザインし、自社ムーブメントを手掛けるオート オルロジュリー部門によって設計されたものであり、時計業界における最も重要な理のひとつを覆すことでセンセーションを巻き起こした。ここでは、スタイルを語るのは技術的要求ではなく、機能に従ってフォルムが形成されるのでもなく、むしろその逆である。まずスタイルありきなのだ。そのスタイルがムーブメントの形状を決定し、技術的考察は完全にフォルムとスタイルに従っている。キャリバー 3には美的感覚や技術面、形状、機能の稀有な収斂が見られ、どこが終わりでどこが始まりなのかを理解するのは不可能である。
「J12 X-RAY」に搭載された手巻きキャリバー 3.1も同じ哲学に従っている。これはキャリバー 3に直接つながる系譜であり、輪列や調整機構の母体は明確であるが、その構造は全体が見直され、構成する158点のパーツの半分は新しくなっている。キャリバー 3.1は、空中に吊り下げられたかのようなムーブメントの実現というクリエイション スタジオの意向に沿い、円形の新しいフォルムとレイアウトの軽快さだけでなく、主要な部品にも透明性をもたすよう新素材を採用している。地板(つまりムーブメントを組み付ける裏蓋)や輪列のブリッジもサファイア製となっているのだ。
サファイアというチャレンジ
アルミニウムの粉末を高温で溶かし、冷却することで作られる人工サファイアは、最初はニンジンのような形をした塊だ。素材は厚みがあるが完璧に透明で、気泡やひび割れ、内包物がない状態である必要がある。特筆すべきは、人工サファイアの硬さ(モース硬度9)は世界で最も硬いダイヤモンド(モース硬度10)に次ぐものであるということだ。しかしその素材は非常に軽量で、セラミックスの3分の2、ホワイトゴールドの4分の1程度の軽さに相当する。
この塊を機械加工にかけ、ダイヤモンドホイールで望みの形に切り出していく。1回の加工で削り取れるのはわずか0.05~0.06mmであるため、その工程は非常に長いものだ。こうしてできた高精度な幾何学的形状は、その後ダイヤモンドサスペンションというダイヤモンドの微粒子を含むオイルベースのペーストを使って研磨され、最高の透明度が実現される。
この操作工程には細心の注意が必要だ、パーツの中には0.5mmから1mmという非常に薄いのものが含まれるためである。時計師たちによるその後の組み立て工程もチャレンジングであり、時計の組み立てには驚くほどの忍耐と手先の器用さが求められる。なぜならば、オイルや埃の跡すら残してならないからだ。それらは完璧な透明性とクリスタルのような純粋性を損なうからである。サファイアへ受け石のルビーを取り付ける工程は特に困難で、新たなレベルの熟練度が要求される。このような理由から、ひとつのムーブメントを組み上げるには1週間を必要とするのだ。
世界で初めて実現されたサファイア製ケースとブレスレット
J12 X-RAYのケースは、機械加工、研磨、穴あけ加工が施されたサファイアのひとつのブロックから作られ、46個のバゲットカットダイヤモンド(約5.46カラット)がセットされた18Kホワイトゴールド製ベゼルが備わっている。サファイアケースを採用した時計を製作する時計メーカーは他にも存在し、同様に一体型または複数のパーツを組み合わせている。しかしシャネルは世界で初めて、サファイアのみで作られたブレスレットをケースに組み合わせたのだ。
この美しくしなやかな3連ブレスレットには合計12個のサファイアリンクが使用され、ひとつずつポリッシュ仕上げが施された18Kホワイトゴールドのピンで留められている。そして34個のバゲットカットダイヤモンド(1.96カラット)がセットされ、フォールディングクラスプが付属している。
軽快な着け心地と堅牢性
透明感のあるブレスレットは軽くしなやかな着け心地で、ダイヤモンド以外では傷が付かない堅牢性も兼ね備えている。透明なケースとの相性は完璧である。ブリリアントカットダイヤモンドがセットされたリュウズ、宙に浮いたようなバゲットカットダイヤモンドのアワーマーカー、ミニッツトラックなどはすべてが時計の中心に集約され、その心臓部は6時位置で控えめに鼓動している。
「アイコン」の定義
「アイコン」という言葉は、時計業界において多用され過ぎているきらいがあるが、J12に限って言えば、そこに議論の余地はない。J12 X-RAYはまったく異なるものでありながら、オリジナルに完璧に忠実な時計だ。ここで改めて、J12のオリジナルデザインに見られるジャック・エリュの才能に賛辞を贈りたい。このタイムピースは、発表時からアイコンと呼ばれる以上の注目を集めてきた。J12は、同じものであり続けながら、その過程でオートオルロジュリの証しを立てつつ、完全な変化を遂げる力がある。実はそれこそが正統であると思えるかもしれない。
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