オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」50周年の革新(1972-2022)

2022.06.03

1972年4月15日に発売された1本の腕時計が、後の時計史を大きく書き変えた。今年50周年を迎えたオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」である。
故ジェラルド・ジェンタによるデザインの先進性や、ケース製造の難しさなど逸話には事欠かない時計であり、今なお、最も入手困難な時計としても有名だ。
―― なぜロイヤル オークは作ることが難しいのか?
そんな単純な疑問を、フルリニューアルされたニューモデルのディテールとともに解き明かしていきたい。

ロイヤル オーク クロノグラフ

ロイヤル オーク クロノグラフ
自社製クロノグラフのCal.4401を搭載する41mmケース。他にCal.2385搭載の38mmケースも同時発表されている。写真のモデルは、ロイヤル オークの伝統的なダイアルカラーである「ナイトブルー、クラウド50」を採用。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KPG(直径41mm、厚さ12.4mm)。5気圧防水。830万5000円。
星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estellas)
鈴木裕之:取材・文 Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]

ROYAL OAK 1972-2022

 1972年に発表されたオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」は、まさしく近代時計史のターニングポイントとして記憶されるべき時計だ。故ジェラルド・ジェンタの手によるインテグレートブレスレットのケース造形は、現代で言うラグジュアリースポーツウォッチの始祖であり、当時の常識からすれば、驚くほど高価なスティールウォッチの先駆けでもあった。

 ロイヤル オークの仕掛け人は、オーデマ ピゲ中興の祖としても知られるジョルジュ・ゴレイである。1945年に会計士として入社したゴレイは、大戦直後の不安定な状況からオーデマ ピゲの会社再編計画に着手し、見事に経営再建を実現。66年にグローバルCEOに就任して以降は、販路の拡大から製品開発まで手腕を振るった。ロイヤル オークの開発前夜。具体的に言えば70年4月の時点でゴレイは、更なる市場開拓のために、スウォッチ グループの前身にあたるSSIHの販路を利用することを画策していたようだ。その際にSSIH側から出されたリクエストが、イタリア市場で流行の兆しを見せ始めていたスティールウォッチの開発だった。

1972年の初出から半世紀を経た現在でも、ロイヤル オークの製造工程は、大部分が熟達したウォッチメーカーや職人の手作業に委ねられている。単純なパーツ単位での作業時間で言えば、ケース本体が製造に約2時間、装飾と仕上げでさらに約2時間、ブレスレットでもそれぞれ約3時間ずつとなり、トータルで1本分の外装を仕上げるのに約10時間を要することになる。50周年を祝うロゴ入りのローターは、2022年の製造分のみに与えられたディテールだ。

 依頼を受けたゴレイは、69年にデザイン事務所を起ち上げたばかりの新進気鋭、ジェラルド・ジェンタにコンタクトを取った。ゴレイがジェンタに電話をかけたのが午後4時。その翌朝には最初のデッサンが完成していたという。「ジェンタは傑作ロイヤル オークをひと晩でデザインした」という伝説はここから生まれたものだが、ここにひとつ「世紀の勘違い」も生じていた。ゴレイの依頼はおそらく「革新的なスティールウォッチ」だったはずだ。しかしジェンタはどうやらこの「革新的な」のくだりを、「防水性がある」と解釈したらしいのだ。聞き違いなのか、勘違いなのか、今となっては知る由もないが、とにかくロイヤル オークのデザインプロジェクトは、スティール製で、しかも防水性を備えた薄型ブレスレットウォッチとして緒に就いた。

ロイヤル オークのファーストスケッチ

故ジェラルド・ジェンタが「ひと晩で描き上げた」とされるロイヤル オークのファーストスケッチ。日付が記されていないが、1970年4月から、遅くとも5月の筆と思われる。6月にはこのスケッチをベースに、試作ケースが発注されている。

 本誌読者ならば周知のとおり、最初のロイヤル オークはベゼル側からムーブメントを脱着するモノブロックケース(=2ピースケース)として完成するのだが、この開発もまた困難を極めた。ひとつは防水性確保のための技術、そしてもうひとつが複雑な造形を硬いスティールで実現させることだった。70年6月には、ケースサプライヤーのファーブル・ペレ社に4本の試作品が発注されているのだが、当時はこれをスティールで実現することが叶わず、スタイリングプロトタイプは18KWG製として完成。翌71年にはSSIHに送られ、正式にプロジェクトがスタート。同年5月16日には、スティールケース1000個分の製造契約がファーブル・ペレ社と締結された。なお71年にオーデマ ピゲが発注したとされる総数は、237型/6271個と記録があるが、そのうち発注数10個未満が90型と最も多く、100個以上の発注は23型に留まっている。

ロイヤル オークの図面

ファーストモデルのケース試作から製造を請け負ったファーブル・ペレ社のサインが入ったロイヤル オークの図面。設計が完成した後の1971年12月6日には、ケース構造や防水性に関する特許が申請されたが、承認までには約2年を要した。

 すでにゴレイはプロトタイプが完成した段階で、SSIHとの間で購入交渉を取りまとめており、それが異例の大量発注に繋がったことは想像に難くない。しかし製造段階での困難は根本的に解決されておらず、販売開始時には3300CHFという前代未聞のプライスタグが付けられた。ちなみに同年にオーデマ ピゲが販売していた、標準的なゴールド製のドレスウォッチは2990CHFで、当時は世界最高額のスティールウォッチと呼ばれていた。

 複雑な造形を持つスティールウォッチ。その製造は1970年代当時ならば、たしかに困難を極めただろう。ただし、それから半世紀を経た現代の工作技術をもってすれば、それほど難しくはないはずだと思っても、それは当然の疑問である。しかし驚くべきことに、ロイヤル オークのケースやダイアルは、現代でもほとんどの工程をハンドメイドに頼っているのだ。それを理解するには、オフィシャルムービーを見ていただくのが近道だろう。

2022年にリニューアルを受けたオートマティックのダイアル造形。ブランドロゴは「CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ」にも用いられた、電鋳の厚盛り加工による24Kゴールド製に変更。いわゆるAPロゴからフル表記へと意匠も改められている。見返しのインナーリングを廃し、セコンドサークルの印字をギヨサージュの上から直接施したことで、よりダイアル面積が大きく見える。手彫りのギヨシェ旋盤で刻まれるプチタペストリーの繊細さや、インデックスや時分針の鋭さも増した印象だ。

 まずはベゼルの製造工程をフォローした「Making a Royal Oak Case」。

 旋盤を用いた丸棒切削から始まって、フライス加工、全体的な面出しと研磨工程へと続き、最後が手作業によるヘアライン入れとなるが、全体的に見所満載だ。最初の丸棒切削では、まずベゼルの裏側から彫り始め、次にカムの外周を削るような要領で、8角形の外形線を生み出してゆく。さらに斜めのファセット面を彫り進めてから、ベゼルトップになる面で切り出している。次のフライス加工では、ベゼルを締結する8カ所のネジ穴を開けるが、ここはビスの向きを揃えるための6角形だ。全体の面を整え、さらにファセット面を磨き出すために、日本ではやや神格化された向きもあるザラツ研磨機が登場する。動画には収められていないが、丹念な面出し作業の後には、おそらく鏡面磨きも加えられているはずだ。ベゼルトップに入るヘアラインは、定盤とラッピングフィルムを用いた手仕上げ。ベゼル側面のサテン目も、ハンドツールで入れていることが分かる。

ケースに施されたリニューアルポイントは、ラグ部分に集中している。ブレスレットの側面形状が変更されたことに伴い、ラグのプロファイルも、先細りの台形シェイプとなった。ロイヤル オークのケース造形で、最大のアイキャッチとなるポリッシュのビベリング(面取り)も、従来モデルより幅増しされており、さらに凄みを増している。ザラツ研磨による完全な面出しの上に施される鏡面磨きと、やや粗めのサテナージュが織りなすコントラストが、手作業で仕上げられたことを端的に示す。

ダイアル製造の「Making a Royal Oak Dial with Tapisserie Pattern」では、プチタペストリーダイアルを彫り出す過程で、手彫りのギヨシェ旋盤が登場する。

 ここでは昔ながらのパンタグラフを用いて、10倍スケールのサンプルから台形パターンを写し取るように彫り込んでゆく工程が見て取れる。台形のトップ面と溝の部分で異なるギヨシェパターンを、手作業で彫り込む姿は圧巻だ。細かな部分だが、アプライドインデックスを植え込んだ後には、足を切り飛ばして、丁寧にウラ面を整えている様子が分かる。

「Making the Bracelet for a Royal Oak」では、プレスで打ち抜かれたバックル部分に焼き鈍しを施し、丸め付けを加える工程から始まり、リンクの形状をひと駒ずつ整えてからピンで締結。レーザー溶接を施して、ブレスレットの側面形状に合わせたベルトサンダーでサテン目を入れてゆく。これらは、ひと世代前のロイヤル オークをサンプルとして撮られたものだが、基本工程は最新のコレクションでも何ら変わらない。


特別展「こんなロイヤル オーク、見たことない」

2022年5月から、オーデマ ピゲ ブティック 銀座で開催されている特別展「こんなロイヤル オーク、見たことない」では、日本のコレクターが所蔵する歴代のロイヤル オークから特に珍しい個体を選んで展示中。会期は12月末までの予定だ。

会場:オーデマ ピゲ ブティック 銀座 地下1階
住所:東京都中央区銀座6-5-13
問い合わせ:03-6830-0789
開館時間:12:00~19:00(最終入場18:30)/
入場無料

公式webページ
https://borninlebrassus.audemarspiguet.com/event04/


ロイヤル オーク オートマティック
従来のCal.3120に代えて、ヴォーシェベースで新規開発された薄型ムーブメント キャリバー5900を搭載。ムーブメント本体の厚さが4.26mmから3.9mmにまでシェイプされた結果、ケースプロポーションも原点回帰を果たした。なお2022年後半には、41mm/34mmケースも発表予定。自動巻き(Cal.5900)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径37mm、厚さ9mm)。5気圧防水。280万5000円。
(右)新しいロイヤル オークのブレスレットは、従来モデルに比べて全体的に薄く仕上げられているが、最大の変更点は、側面から見た際の表情の変化。従来モデルは全てのリンクが同じ厚さに揃えられていたが、新型はラグから4コマ目までの間で、だんだんと薄くなるように微調整されている。手首へのフィット感もさらに向上した。



Contact info: オーデマ ピゲ ジャパン TEL.03-6830-0000


【漫画】"解決"という"革新"を目指すオーデマ ピゲ

https://www.webchronos.net/comic/17613/
2022年 オーデマ ピゲの新作まとめ

https://www.webchronos.net/features/78101/
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク オフショア ダイバーの歴史とおすすめモデルを紹介

https://www.webchronos.net/features/64463/