2022年2月から「メイド・イン・グラスヒュッテ」は法的に保護された原産地名称となり、その体制は大きく改善された。これにより「ドイツ時計産業の発祥地」から生まれる時計はより効果的に保護されるものとなっている。
今回は多くの受賞歴を持つドイツ・グラスヒュッテの時計ブランド、ノモスのCEOウヴェ・アーレントにインタビューを行った。グラスヒュッテ最大級の時計ブランドを率いる彼はこの保護制度の重要性をどう考えているのだろうか? 他にもノモスの最新情報や、時計愛好家が2022年に何を期待できるかについて尋ねた。
Text by Mark Bernardo
2022年6月7日掲載記事
ドイツ、グラスヒュッテ生まれ。大学で工学と産業工学の共同学位を取得。卒業後はIWC、A.ランゲ&ゾーネなどで生産責任者を務め、2000年にノモスのCEOに就任。
原産地名称保護制度により、購入者が受ける恩恵とは何でしょうか?
この地における工業製品に対する厳格な原産地名称保護制度により、顧客は「グラスヒュッテ」の名前を見付ければ、その中身はグラスヒュッテにひも付く特別な品質が担保されていることが分かります。基準は今までよりも厳しいものとなり、それに反した場合の罰則は非常に重くなっています。
製造拠点であるグラスヒュッテ全体にとって、原産地名称保護はどのような意味を持つのでしょうか?
この人々が175年にわたり培ってきたものが認められ、名声が高まりました。そして投資に対する保護や、何よりもグラスヒュッテにおける時計製造技術を守ること、明日以降の雇用を確保することを意味します。
グラスヒュッテ生まれでいらっしゃいますが、最初に手に入れた時計は何でしたか?
グラスヒュッテ製の時計ではありません。IWCの「インヂュニア」でした。購入したのは1992年、スイスのシャフハウゼンでIWCのエンジニアとして働いていたときです。
時計業界への道を選んだ理由は何ですか?
ベルリンの壁が崩壊した後、グラスヒュッテではボタンを押すように物事が再起動したわけではなく、時間を要しました。90年代の初めには、この地で何が起こり、時計産業がどれだけ大きな成功を収めるか、予想もつかなかったことです。当時、良い時計として知られていたのは主にスイス製で、私もスイスで勉強し経験を積みたいと思っていました。当時の年齢は23歳でした。
グラスヒュッテの副町長を務められたこともおありです。時計会社の経営は、かなり難しいのではないでしょうか?
ノモスと、ここで作られるすべての時計は、グラスヒュッテの黎明期から、豊かな歴史、そして何世代にもわたって培われてきた伝統的なクラフツマンシップの恩恵を受けています。この地に何かを返したいというのが、私たちの願いです。また実際に、そう考えているのは私だけではありません。役員には3人が名を連ね、約200名の従業員がいます。ノモスは潤滑にオイルが回っている機械のようなものなのです。
ドイツからスイスが学べることがあるとしたら、何でしょうか?
スイスは素晴らしい時計を作っています。そのため特にスイスに対する助言はありません。私のスイスの友人たちも必要としていないでしょう。過去にはスイスの人たちが自分の子供たちをグラスヒュッテの時計学校へ送り込み、またその逆もありました。私たち自身スイスから多くを学んでいます。スイスには多くの専門性を持った時計職人がいますが、グラスヒュッテもまた独自の専門性を確立しているのです。
スイスとドイツの時計作りについて、主たる違いは何でしょうか?
スイス製の時計は手頃な価格帯から高級品まで、さまざまな価格帯やカテゴリーを網羅しているのに対し、ずっと規模の小さいグラスヒュッテは伝統的に最高品質の時計を生産することに特化しています。もうひとつ小さいけれども重要な違いがあります。それはスイスは賃金水準の高い国であるという点です。ドイツのグラスヒュッテにおいては、より手頃な生産が可能なのです。私は自信を持ってノモスが提供するコストパフォーマンスの比率はスイスにはないと言えます。存在しないのです。
ノモスのコレクションの中で最も人気のあるモデルは何ですか?
30年来、「タンジェント」ですね。私たちのベストセラーです。
ノモスの中でお気に入りのモデルは何ですか?
今は「タンジェント ネオマティック プラチナグレー」です。非常にエレガントで、少し男性的で、重厚感があります。文字盤をプラチナでコーティングし、小さな「neomatik」の文字がゴールドであしらわれています。これは「ニューオートマティック」を表したもので、当社の薄型で高性能な自動巻きの時計の特徴となっています。このムーブメントを搭載した本モデルは、私の喜びです。
1990年にノモスは町のアパートを借りて3人でスタートされましたが、現在の会社規模はどれくらいでしょうか?
グラスヒュッテの3拠点に約200名の従業員がおり、その他にベルリン、ニューヨーク、イタリアのコモ、上海、香港にも拠点があります。ノモスはグラスヒュッテで創業した時計ブランドの中で最大級の生産規模を誇ります。
ノモスは現在のサプライチェーンの課題や需要の増加に、どのように対応していますか?
自分たちでできることは、すべて自分たちでやるようにしています。ただもちろん、秒針だけが欠けても時計は完成しません。またコロナの影響で、世界中の同業他社と同様にグラスヒュッテでも生産を制御し、通常の本数を製作できていませんでした。同時に多くの人々が、長く受け継がれる価値ある作品に投資をしたいという気持ちを持っていると考えるようになったという事実もはっきりと感じています。そのため大半のモデルが、納品までにより長い時間がかかっているという状況です。
ノモスのデザインスタジオ、ベルリナブラウはベルリンにあり、グラスヒュッテから約100マイル離れています。このスタジオは他のブランドの仕事も引き受けていますか?
いえ、ベルリナブラウは支社であり、ノモスの部門のひとつとなっているため、このベルリンのオフィスはノモスの案件だけを担当しています。
新作開発について、主導するのはデザイナーでしょうか? それとも時計職人でしょうか?
ドイツのバウハウスにならい、すべての部門が対等な立場で手を取り合って仕事をしています。しかし新作に関するゴーサインは営業部門と連携しているプロダクトマネージメントから出る形になります。そしてそれは多くの場合、新作について営業部門と連携して仕事を進めているデザインエンジニアとデザイナーからになります。
「素晴らしいデザイン」とはどういったものだと思いますか?
特にふたつのことが心に響きます。ひとつは、クラシックでありながらモダンな印象を与えるデザインです。それはサスティナビリティー(持続可能性)でもあり、飽きのこないデザインによって捨てられることを防ぐことができます。もうひとつの良いデザインの証しは、デザインが主張し過ぎないということでしょう。良いデザインは出しゃばらず、目立ちたがらず、多くを欲してはいません。機能をサポートし、所有者を自分の影に隠すようなことはしません。私の経験では、これがデザインをする際の最大の難関ではないかと思います。ここでもう一度、「タンジェント」の良さを伝えたいです。
ノモスはデザインと品質に関する受賞歴が160以上もあります。ノモスとしてこの他に受賞してみたいものはありますか?
私たちのようなグラスヒュッテにおける自社製の機械式時計は、修理が可能で、時代を超えたデザインを備えているため、もともとサスティナブルなものであり、特にノモスの時計はそうです。そのため、"最もサスティナブルなガジェット"に贈られる賞を受けられるならうれしいです。
お気に入りのコンプリケーションは何ですか?
ノモスの新しいスリムな自動巻き時計に搭載された、新型の日付表示メカニズムですね。文字盤の周囲に配された、1カ月すべてを見渡すことができるまったく新しい日付表示です。そして非常に美しいと思います。
ノモスについてまだ知られていない、これという何かがありますか?
現在11種類あるムーブメントがすべて自社製ということが知られていないのではないかと思います。ムーブメントの100%がノモスで製造されています。これは高級時計業界でも珍しいことで、最初は誰も信じてくれませんでした。一部の方はご存じですが、みなさんに知っていただきたいですね! 素敵な質問をありがとうございます。
ラグジュアリーで、なおかつ入手しやすいという両側面は、共存できますか?
もちろんです。課題はラグジュアリーの定義です。ラグジュアリーにはさまざまな意味合いがあります。ある人にとってはラグジュアリーとは、宝石をふんだんに使った華やかなものや、一般人が手に入れられる価格をはるかに超えたものを指します。しかし私にとっては、ラグジュアリーとは愛と忍耐、そして熟練したクラフツマンシップによって、"一生モノ"として作られる製品を意味します。世の中にはこうしたものが少なくなってきており、特別なものとなってきています。その考えにのっとると、ノモスの時計はラグジュアリーといえるでしょう。ノモスの時計にももちろん相応の値付けをしていますが、美しい時計を愛でる喜びを知る方にとっては、充分入手可能なものだと思います。遅かれ早かれ、ノモスの時計は多くの方が手に入れられるものでしょう。
ノモスでは95%を自社生産しているとのことですが、では残りの5%は何でしょうか?
例えばルビーは自社生産しておりませんし、ヒゲゼンマイも弊社の計算に則したものをドイツの黒い森地域にあるメーカーが作っています。
これまでのキャリアを振り返ってみて、何か違うやり方を選んだ方がよかったと思ったことや、大きな学びとなったことなどはありますか?
違うやり方? 難しい質問ですね。チューリッヒに旗艦店を持ったことでしょうか。スイスには素晴らしい時計がありますので、ちょっと自信過剰だったかもしれません。しかし、国際化をもう少し早い段階で推し進めた方が良かったかもしれません。何年も前に行ったマントルクロックやトゥールビヨンの開発も勢いのあるアイデアでしたが、ノモスにとっては必要のないものでした。今にして思えば、もっと多くの時計を作るべきでした。ただそれ以外はというと、失敗から得る教訓はつきもので、首が締まるような状況でなければ、そこからは学びがあります。
ノモスにとってのアメリカ市場の重要性はいかがでしょうか?
ドイツに次いで、アメリカは私たちにとって大きな市場です。アメリカの多くの人たちにもグラスヒュッテの時計は受け入れられており、また良い時計について知識のある方も多いです。そして私たちのクラフツマンシップに対する熱意は強いですね。それらを除いても、アメリカは大きなマーケットです。
2012年以来、ノモスは国境なき医師団とコラボレーションしています。このNGOを選んだきっかけは何ですか?
それは逆で、国境なき医師団がノモスを選んだのですが、もちろん私たちは喜んでお引き受けしました。国境なき医師団は過去50年以上にわたり、人道的支援活動において最も重要な主導者でした。ノーベル賞を受賞し、世界中に知られ、素晴らしい評価を得ていますが、私たちのようなコラボレーションとなると厳しく要求が多い組織です。もちろん世界を少しでも良くすること、よりよい時代の時間を過ごしてもらいたいということは共通の願いです。
2022年にはこの後どのようなものが待ち構えていますか?
今年は世界的に状況が改善すると願いたいですね。ウクライナの戦争は終結し、コロナウィルスから解放される。このあたりはスケールの大きな話ですね。私たちの小さな時計工場では、特別な限定モデルを含む新作が次々と登場することを楽しみにしています。なぜなら新作の時計を仕上げ、市場に投入するとき、小売店やプレス関係者、顧客からの最初の反応を見ることのできる日は、私にとって非常に特別なものですから。
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