2017年以降、目ざとい時計愛好家たちに注目されてきたのが、マイクロメゾンの「アクリヴィア」だ。設立以来、試行錯誤を繰り返してきた同ブランドは、18年の新作で、一躍その名声を確立した。創業者の名を冠した「レジェップ・レジェピ クロノメトル コンテンポラン」は、際立った仕上げと、高いパフォーマンスで、マイクロメゾンの在り方を一新したのである。
(左)2018年に発表されたのが、端正なクロノメトル コンテンポランである。文字盤はグランフー・エナメル製。クロノメーターを謳うだけあって、希望者にはブザンソン天文台によるクロノメーターの認定書が有料で提供される。手巻き(Cal.RR-01)。19石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約100時間。Pt(直径38mm、厚さ9.8mm)。他に18KRGケースあり。3気圧防水。完売。
(下)搭載するCal.RR-01は、2017年の「AK 06」を改良したもの。写真が示す通り、ムーブメントの仕上げは圧巻である。しかし、本当に見るべきは、わずか350g・mmのトルクで直径10.5mmのテンワを動かせる、抵抗の少なさだ。巻き上げヒゲゼンマイとゼロリセット機構を搭載する。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]
若き時計師が立ち上げたマイクロメゾン
コソボ出身の時計師であるレジェップ・レジェピが、ジュネーブの地にアクリヴィアを創業したのは2012年のことだった。スイスへの移住後、時計師を志した彼は、パテック フィリップやBNBコンセプト、F.P.ジュルヌで技術を磨き、弱冠25歳で、自らの会社を設立するに至った。彼が何を目指していたかは、社名に明らかだ。レジェピは〝精度〞を意味するギリシャ語を社名に掲げたのである。同社は13年に、MHCのエボーシュを改造した「AK 01 トゥールビヨン モノプッシャー」をリリース。以降、毎年のように、ユニークなトゥールビヨンを作り続けた。
アクリヴィアが自身のスタイルを完成させたのは、17年の「AK 06」以降である。公式サイトが「トゥールビヨンを超える冒険」と記した通り、これは時計師としてのレジェピが、一皮むけたことを示す野心作だった。
(左)アクリヴィアの名前を一躍広めたのが、2017年発表の「AK 06」だった。新規設計の自社製ムーブメントを見せるべく、文字盤は完全に省かれた。表面に見える模様は、ハンマーでたたいて打ち出したものである。手巻き(Cal.AK-06)。28石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約100時間。Ti(直径41mm、厚さ9.9mm)。他にSSケースあり。3気圧防水。完売。
(下)MHCのエボーシュを使っていたアクリヴィアが、初めて手掛けた自社製ムーブメントがCal.AK-06である。その優れた基本設計は、2018年発表の「レジェップ・レジェピ クロノメトル コンテンポラン(RRCC)Ⅰ」に転用されたほか、アクリヴィアならではの装飾も、このムーブメントで確立された。
このAK 06をベースに生まれたのが、自らの名を冠した「レジェップ レジェピ クロノメトル コンテンポラン(RRCC)Ⅰ」である。ムーブメントの基本設計はAK 06に同じだが、ディテールはさらに詰められていた。「AK 06で取り組んだ仕上げが、このモデルで完成した」とレジェピが語るように、面取りはいっそう深くなり、ブリッジに施されるジュネーブ仕上げも、高級機らしい、より浅いものとなった。
「AK 06とRRCCⅠのムーブメントをシンメトリーに仕立てたのは、ブレゲに倣ったからです。また、私はテンワと3番車を同径にしたかったのです。となれば、このレイアウトしかありませんでした」。オフセットされたテンワの慣性モーメントは、12.5㎎/㎠とかなり大きい。しかも、1万8000振動/時というロービートとはいえ、シングルバレルで約100時間もの長いパワーリザーブを持つのだ。主ゼンマイはよほど強いと思いきや、むしろ逆だという。
「主ゼンマイのトルクは設計値で350g・mmしかありません。もちろん多少のばらつきはあり、360g・mmだったり、370g・mmだったりしますけどね」。ちなに、ピアジェの900Pは主ゼンマイのトルクが290g・mmで、エボーシュの代名詞的存在であるETA2892A2は800g・mmである。極薄のピアジェとそう変わらないトルクで、大きなテンワを回し、しかも4日以上のロングパワーリザーブを実現したのだから恐れ入る。設計が優れているだけでなく、歯車の磨きが完全でないと、この設計は絶対に成り立たない。
注目すべきは、このRRCCⅠ以降、ケースも変わろうとしている点だ。現在、アクリヴィアでケース製造を手掛けるのは、一度は引退したはずのジャン-ピエール・ハグマンその人である。1980年代以降、パテック フィリップやヴァシュロン・コンスタンタンのために複雑時計のケースを製造した彼が、アクリヴィアに工房ごと移転したのである。丸いリングを削って、ケースに仕立てるという古典的な手法を、まさか21世紀に見るとは思ってもみなかった。
レジェップ・レジェピを駆り立ててきた古典への憧憬は、2018年のRRCCⅠでひとつの形となった。もっとも、彼はこの傑作にさえ、十分には満足していないようだ。「私は常にもっと良くできると考えています」と語るレジェピ。では、独立時計師の彗星は、どのような過程を経て、今に至ったのだろうか?
現代独立時計師の風雲児 レジェップ・レジェピ
来し方行く末を問う
2012年に弱冠25歳で会社を興し、18年発表のRRCCⅠで世界的な名声を得たレジェップ・レジェピ。人もうらやむキャリアを歩んできた彼だが、その道のりは、決して平坦ではなかった。なぜ彼は時計作りを志し、しかも、他にはない手法を盛り込もうと試みてきたのか?アクリヴィアを率いるレジェピに、その数奇な半生を語ってもらった。
レジェップ・レジェピという名前が示す通り、少なくとも彼は、フランス語圏でもドイツ語圏でも、そして北欧の生まれでもない。加えて言うと、彼は時計とは無縁の生活を送っていた。
「私は(旧ユーゴスラビアにある)コソボの出身です。父がスイスのレストランで40年働いていて、コソボ紛争の際に私を呼びました。初めてスイスに行った時、至る所で時計の広告を見たのが、時計を知ったきっかけです。私はスイスに移住したものの、周囲になじめませんでした。ならばいっそ、時計技師になろうと思いました」。コソボは物がなかったから、遊ぶ時は自分で作るしかなかった、と語るレジェピ。
「私は学業と職業訓練のふたつを並行して受けました。まず研修を受けたのはショパールでしたが、まったくできなかった。ヤスリを買って、仕上げの訓練をしようと思いましたよ。そのあとパテックフィリップで見習いをし、連邦技能資格を得ました。ですが、違うことを学びたかったので、見習い時代の先生だったピエール・ファーブル経由でBNBコンセプトを見学し、その工場を見て、絶対に就職したいと思いましたね。彼らはトゥールビヨンクロノといった複雑時計を作っているでしょう」。彼はBNBコンセプトを気に入っていたが、ウブロに買収された際、同社を離れた。
「次に就職したかったのは、F.P.ジュルヌでした。昔から、ここで働くことは夢だったのです。何度も手紙を書いては断られ、また書いては断られを繰り返しました。しかし、たまたまBNBコンセプト時代の同僚が働いていて、ジュルヌに私の話をしてくれたのです。そこで時計師としてのテストを受けて、最終的に握手できた(笑)」。レジェピは、よほどジュルヌが合っていたようだ。
「スヴラン、オクタ、レゾナンスといったモデルに携わりました。ずっとF.P.ジュルヌにいたかったのですが、だんだんクレイジーな考え、センチメンタルな気分が湧いてきたのです。16歳の時からの夢だった、時計を作りたい、ですね」
同社を離れたレジェピは、2012年にアクリヴィアを設立。翌13年には、第1作の「AK 01」をリリースした。
「パテック フィリップで働いていた時に、10日巻きのトゥールビヨンを見ました。比類ない時計だと思いましたね。だから、独立したらトゥールビヨンを作ろうと思っていました」。彼は高級なMHC製のトゥールビヨンクロノグラフエボーシュを使い、そこに極めて凝った外装を盛り込んだものの、結果は散々だった。
「発表した際は、絶対みんな欲しがると思いましたが、まったく売れなかった」
本当の転機となったのは、トゥールビヨンから離れたAK 06と、その派生形であるRRCCⅠだった。後者の文字盤には、創業者であるレジェップ・レジェピの名が記されている。
「自分の名前を入れるべきか、何年も考えましたよ。果たして、スイスで作る時計にコソボ出身の私の名前を付けていいのかと、ね。でも、ある顧客に、私はあなたの時計を買いたいのだ、と言われて決めました。自分の名前を記して、本当に、すべてが変わりました。私は時計技師として、いろんなことをしたいのだ、とわかったのです」。紆余曲折を経て、時計師として大きく成長を遂げたレジェップ・レジェピ。その彼が、満を持してリリースするのが、RRCCⅠの後継機であるRRCCⅡである。
RRCC IIへの序章
現状に満足しないと公言するレジェップ・レジェピは、傑作「RRCCⅠ」の受注を止め、より高い性能と、優れた仕上げを持つ後継機の開発に取り組んできた。それが、2022年5月31日に発表されたばかりの「クロノメトル コンテンポランⅡ(RRCCⅡ)」である。まずは、そのプロトタイプとなったオンリーウォッチ 2021出品モデルを紹介しよう。
2018年に発表されたRRCCIことクロノメトル コンテンポランは、アクリヴィアとその創業者であるレジェップ・レジェピにとっての集大成だった。彼にこのモデルを作り続けるのか、と尋ねたところ、「完売したし、再生産の予定はないが、その後継機を近々お披露目する」と語った。それが、ダブルバレルのRRCCⅡこと、「クロノメトル コンテンポランⅡ」である。取材時に見られると思いきや、「完成品以外は見せたくない」とレジェピは言う。彼はアイデアも明かせないと述べたものの、「原型は2021年のオンリーウォッチで発表された時計」と語ってくれた。そこで、そのユニークピースから、新しいRRCCⅡに迫っていきたい。
オンリーウォッチでお披露目されたRRCCⅡは一見、既存のRRCCⅠにほぼ同じだ。しかし、香箱がふたつになったほか、振動数が1万8000振動/時から2万1600振動/時に上がり、1秒ごとに針が動くデッドビートセコンドが追加された。また、RRCCⅠ同様、ゼロリセット機構も備えられている。
レジェピはRRCCⅠをこう評した。「AK 06の仕上げはこのモデルで完成したと思います。ですが、主ゼンマイのトルクはもう少し欲しかったですね」。彼はRRCCⅠに、直径10.5mmという大きなテンワと長いパワーリザーブ、そして全姿勢差±4秒以内という驚くべき精度を盛り込んだものの、さらに性能を上げられると考えていたようだ。その解決策が、香箱をふたつつないだダブルバレルというわけだ。「テンワの慣性モーメントは20㎎・㎠ありますよ」。
もっとも、これは単純なダブルバレルではない。左側の香箱は、2番車、3番車を経て、6時位置のデッドビートセコンドを駆動する。一方、右側の香箱はテンプの下に隠れる2番車と、文字盤側の輪列を経由して、脱進機を駆動する。仮に左の香箱がなくても時計は動くが、デッドビートセコンドは作動しない。本人がアイデアを語らないため設計の詳細は不明だが、おそらくは約82時間のパワーリザーブいっぱいに動くデッドビートを実現したかったのではないか。
仕上げも改善されている。RRCCⅠは際立った仕上げが称賛されたものの、レジェピは「よく出来ているが、まだ改善できると思う」と筆者に語った。見るべきポイントはふたつだ。ひとつは、ブリッジの角に施された、過剰なまでの深い面取りである。面取りはジェネラスなほうがいい、と語るだけあってRRCCⅠでさえ深かった面取りは、側面のすべてを覆うほど広げられた。もちろん、超高級時計ではおなじみの「入り角」も多用されている。
レジェップ・レジェピ クロノメトル コンテンポランⅡ(RRCCⅡ)
2022年発表のRRCCⅡ。そのプロトタイプが本作である。デザインはRRCCⅠに酷似するが、ラグやスモールセコンドの造形が見直されたほか、透明なフランケエナメル文字盤が与えられた。落札予想価格は7万スイスフランから10万スイスフランだったが、なんと80万スイスフランで落札された。手巻き(Cal.RRCC02)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約82時間。Pt(直径38mm、厚さ9.75mm)。30m防水。参考商品。
もうひとつのポイントが、より幅を広げたジュネーブ仕上げである。RRCCⅠのジュネーブ仕上げも、一般的な高級時計に比べてかなり幅が広かった。対してRRCCⅡのそれは、往年の懐中時計を思わせるほど広くされた。レジェピは、ジュネーブ仕上げの秘訣をこう語る。
「普通は、回転するツールを横方向に傾け、手前に引っ張って施します。対して私たちは、縦方向に傾けて施している。また、ツールが当たる中心をずらして、模様が均一に入るようにしています」
もっとも、このモデルはあくまでも製品前のプロトタイプだ。本稿が読まれる頃には登場しているであろう製品版は、一体どのような完成度をもって、私たちを驚かせてくれるのだろうか?
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