2014年の「オクト フィニッシモ」以降、次々と薄型時計の記録を塗り替えてきたブルガリ。その8作目に当たるのが、超越を意味する「オクト フィニッシモ ウルトラ」である。「8」を意味するオクトにとって、8周年を機に完成した8作目は非常に大きな意味を持つ。8つの特許を盛り込むことで、この手巻きレギュレーターはわずか1.8mmという機械式腕時計としては最も薄いケース厚を実現したのである。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年7月号掲載記事]
ブルガリはわずか8年で青史に残る傑作を作り上げた
2014年に極薄モデルの「オクト フィニッシモ」を発表して以降、ブルガリは驚くほどのシリアスさで、薄型時計に没頭するようになった。薄型化への傾倒を可能にしたのは、ジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートの工房が持つ技術力をブルガリが引き継いだことによる。「鳴り物」とトゥールビヨンという卓越した技術力に加え、薄型化という新たな方向性は、彼らにとってひとつの啓示だったに違いない。
しかもそれらすべては、かつてない薄さと同時に、普段使いできる実用性を備えていた。ブルガリはフィニッシモに対する世評の高まりを辛抱強く待ち、果たして、数々の賞や、時計愛好家たちの絶賛をもって報われた。本誌100号をご覧になった皆さんは、世界の名だたる時計愛好家たちが、未来に残すべき時計のひとつにフィニッシモを挙げたことを想起されるに違いない。
その8作目が新作「オクト フィニッシモ ウルトラ」である。レギュレーターを載せた機械式の超薄型腕時計を「ウルトラ」とのみ名付けたところに、ブルガリの意図は明らかだ。「超越」という名が象徴する通り、本作のケース厚は1.8mm、ブレスレットに至ってはたった1.5mmしかない。リリースにはこうある。「どのようなことが今後起ころうとも、このウォッチが現代のオートオルロジュリーの歴史に名を残すことは間違いありません」。これは14年以降、薄さを求めてきたブルガリの、いわば集大成なのである。
その構成も、フィニッシモの完成形と言ってよい。地板を拡大し、さまざまな部品をひとつのレイヤーに並べるムーブメントのレイアウトは、既存のフィニッシモに共通する。もっとも「ウルトラ」たるべく、ブルガリはさらに設計を刷新した。その象徴が7時位置のテンプである。ブルガリはテンプの上に備わっていた緩急針を廃し、代わりにテンワに埋め込まれた重りで緩急を調整する、フリースプラングテンプを選んだのである。理論上は、薄くて慣性の小さいテンワをフリースプラング化しても、精度は改善されにくい。しかしブルガリは、薄さのためだけに、あえて緩急装置を変えたのである。
時針と分針を異なるスモールダイアルに配したレギュレーターの採用も、もちろん見た目のためだけではない。時分針を分割したのは、筒カナと筒車が重なる機構を分散させて薄さを稼ぐため。筆者の知る限り、薄さのためにこのレイアウトを採用したのは、おそらく本作が初ではないか。
地板と裏蓋を一体化し、素材にタングステンカーバイドを用いることで、理論上、ウルトラは普段使いにも耐えられる剛性を持つ、とブルガリは説明する。しかしながら本作の狙いは、薄さと実用性の両立を掲げてきた今までのフィニッシモとは異なるものだ。例えば、巻き上げと針合わせを行うのは、リュウズではなく回転ディスクである。そのため防水性は10m防水に留まる。ブルガリはこういった設計を許容しないが、自ら塗り替えてきた薄さを超えるため、あえて思想を転換したのである。
史上最も薄い機械式腕時計。地板と裏蓋を一体化し、そこにムーブメント部品を分散して配置することで、かつてない薄さを実現した。リュウズを省いたのも、あくまで薄さのためである。腕時計を着けていないかのような装着感は唯一無二だ。手巻き(Cal.BVL180)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ti×タングステンカーバイド(直径40mm、厚さ1.8mm)。10m防水。世界限定10本。予価5221万7000円(税込み)。完売。
現行のブルガリのコレクションとしては例外的に、純粋にコンセプトに特化した本作。それを示すのが角穴車に刻まれたQRコードである。デジタル機器でQRコードを読み込むと、その個体情報とフィニッシモの詳細がNFTデジタルアートと共に表示される。最近一部メーカーが採用するようになったQRコードの個体認証を、あえてデザインとして打ち出したのは、コンセプトモデルならではだろう。
リーマンショック以降、私たち『クロノス日本版』は、コンセプチュアルなモデルからはできるだけ距離を置いてきた。にもかかわらず、今回あえてオクト フィニッシモ ウルトラを取り上げたのは、今後、本作以上の薄型機械式腕時計は現れない、と確信するためだ。14年に始まったオクト フィニッシモの歩みとは、大げさな物言いが許されるならば、1990年代に始まった機械式腕時計ルネサンスというサーガの、ひとつの帰結なのである。
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