なぜステンレススティール製の腕時計は高騰し続けるのか? 香港で活躍するオークショニアが考察

2022.07.23

世界で行われる時計オークションの情報をお届けする「グローバルウォッチマーケットからの最新ニュース」。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、ステンレススティール製の時計の市場価格が高騰し続けている現状について考察する。

ボナムズ香港オークション

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2022年7月23日掲載記事)

注目度高まるステンレススティールウォッチ

 腕時計の値段は、論理的に考えれば機能性以外では素材によって決まるのが普通だ。しかし現在の時計収集の世界では、最高値で売られている腕時計のほとんどが、最も一般的な素材であるステンレススティール製なのである。

例えば、2021年6月に開催されたボナムズ香港オークションでは、ステンレススティール製のオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」5402STが、ジャガー・ルクルトのジャイロトゥールビヨン搭載モデルよりも高い価格で落札された。ステンレススティール製の腕時計はいま、非常に人気が高まっている。

 近年、パテック フィリップ、ロレックス、オーデマ ピゲの3ブランドの需要は、前例がないほど高い。小売価格以上の価格で腕時計を購入するのが一般的な現象になりつつあり、一部の人々はこれらの腕時計の購入権を得るために、不人気モデルを購入することを厭わないのだ。ステンレススティール製の腕時計は、一体何がそんなに切望されているのだろうか?

ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル


需要が供給を上回る現状

 ステンレススティール製の腕時計が、なぜこれほどまでに市場で重要な意味を持つようになったのかを理解するためには、いくつかのブランドの腕時計が常に品薄である理由を明らかにする必要があるだろう。

 パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、ロレックスといったブランドは、いずれも大資本グループに属さない独立系ブランドである。これらのブランドは特に品質を重視し、必ずしも販売数量を追求しているわけではないので、その生産量は限られている。

 コレクターがこれらの時計をブティックや正規販売店で買うことができない場合、彼らは中古市場を調べる。ロレックスやパテック フィリップのステンレススティール製の腕時計は今や稀少であるため価値は上がる。結果として、新品とほぼ同じ価格で取引されるようになり、「ステンレススティール製の腕時計は価値が下がらない」という印象が時計コレクターに定着する。そのため、より多くのコレクターや投資家がこれらのモデルを手に入れ、その価格を吊り上げようとするのである。

 この現象は、中古品の価格を上げるだけでなく、ブランド側もその利点を生かして小売価格を上げることとなった。価格改定の噂は、いつも正式な発表の前に我々の元に伝わってくる。

 需要が供給を上回っている今、販売店は顧客との交渉力を持った。より高い金額を支払うことを厭わない顧客には、これらの稀少な腕時計を手に入れるチャンスがある。このように、市場における特定のモデルに対して過剰に支払われた価格が新たな基準となり、再び中古価格を吊り上げるのだ。

 さらに、パテック フィリップやロレックスなどのステンレススティール製の人気モデルが生産終了になるとの噂もあり、これらは市場での価値が高くなることが予想される。そのため、より多くのコレクターや投資家を引きつけ、関連するモデルやコレクションにまで影響を与えることになる。

 例えば、21年にパテック フィリップ「ノーチラス」5711/1Aが製造中止になって以来、同じくノーチラスのRef.5712/1Aも生産終了になると考えられている。すでに引く手あまたのふたつのモデルは、さらに垂涎の的となった。


「ボナムズ香港」時計オークションの注目ロット

パテック フィリップ「ノーチラス」Ref.5711/1A-001
ロット番号:886。落札価格:138万9000香港ドル(約2445万6000円、1香港ドル=17.61円、2022年7月20日現在、以下同)、バイヤーズプレミアムを含む。

 パテック フィリップ ノーチラスの5711/1Aは、22年6月に香港で開催されたボナムズ香港時計オークションで、ジュネーブ・シールが刻印されたタイプの稀少なモデルが出品された。最近の市場価格は約150万香港ドルだが、我々のスタート見積もりはわずか70万香港ドル。最終的には100万香港ドルを超える価格で落札された。

「ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル」Ref.25820SP
ロット番号:864。落札価格:101万1000スイスフラン(約1780万円)、バイヤーズプレミアムを含む。

 同じオークションに出品されたもうひとつの注目モデルは、オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル」だ。このモデルはステンレススティール製ケースにプラチナ製ベゼルを備えた稀少なモデルで、市場に出たものはごくわずかである。

 結論として、ステンレススティール製の腕時計の隆盛は、ブランド戦略、時計販売店、中古市場での需要と供給など、複数の要素による連鎖反応の結果である。この現象がいつ終焉を迎えるかを推測するのは困難だ。

 しかしながら、需要と供給の関係から、ステンレススティール製の腕時計の人気は、短期間ではなかなか衰えないだろう。あなたがまだこの分野に投資していないのであれば、株式や暗号通貨などのみに縛られず、投資の選択肢を多様化させるべき時期が訪れているのではないだろうか?

著者プロフィール

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムス時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。
これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から16年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万ドルという新記録を打ち立てた。
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。


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