時計ブランドおよび、それらが手掛ける時計というのは何かしらのルーツを持っていたり、ある思想が反映されているものだ。今回は「陸」をテーマとするブランドを紹介し、その代表モデルを5本紹介する。
Text by Shinichi Sato
2022年7月4日掲載記事
陸をルーツに持った4ブランドとその代表作5本を紹介
時計ブランド各社および、その各モデルは、それぞれに異なるルーツを持っている。そのモデルが誕生した背景を知ることは、新たな魅力を発見したり、自分との共通点を見つけて親近感を覚えたり、あるいはそれが特別な物であることを再認識する。そこでこのシリーズでは、それぞれのモデルをより深く楽しむために、あるいは興味の対象を広げてもらうことを目的に「陸」に注目して、関わりの深いブランドやモデルを取り上げる。
ミリタリーウォッチに起源を持つハミルトン「カーキ フィールド メカ」
ハミルトンを始め、ベンラスやマラソンはアメリカ軍へ軍用時計を納入してきた経緯がある。その納入モデルの特徴を色濃く残すモデルが、ハミルトン「カーキ フィールド メカ」である。ハミルトンの説明によると、「1960年代のオリジナルモデルを忠実に復刻」としているが、“オリジナルモデル”の候補となりそうなモデルはふたつ存在する。
オリジナルと思われる2種に比べてサイズが大きい本作だが、ノンデイト、手巻きを採用した上で、ダイアルデザインの再現度が高い。過去モデルを踏襲した魅力的なモデルをリリースするハミルトンの企画の上手さだ。約80時間のロングパワーリザーブかつアンダー10万円としている点にも賛辞を送りたい。手巻き(Cal.H-50)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SS(直径38mm)。5気圧防水。6万6000円(税込み)。
1960年代後半のハミルトンは、GG-W-113とMIL-W-46374およびその改訂版に基づいたモデルを供給していた。共にMIL-W-3818Bの規格をベースに策定されたもので、規格策定時のデザインにほとんど差異は見られないが、性能の要求に差がある。GG-W-113はパイロット向けを想定したハック機能有りが要求されており、陸上部隊向けのMIL-W-46374はローコスト版として石数の要求は緩和され、ハック機能も要求から削除されていた。
また、MIL-W-46374は、規格の上ではプラスティックケースの採用を許可していた点が特徴であるが、ハミルトンはGG-W-113と同様にスティールケースを採用していた。そして、カーキ フィールド メカはスティールケースであり、ここまでの情報ではどちらのデザインを参照したのかは判断が付かない。スペックに注目すれば、初期のカーキはハック機能有りで石数の多いGG-W-113に近いものであった。が、このことだけを根拠にしても良いのだろうか?
ここで筆者が注目したのはストラップである。現在のカーキ フィールド メカはオリーブカラーのストラップがイメージカラーである。ケースにブラックPVDが施されたモデルを除いて、ブラックのストラップは用意されていない。そして、MIL-W-46374もオリーブを採用し、GG-W-113には、例外も多いがブラックのストラップが合わせられていた。
このことから、カーキ フィールド メカのデザインは、陸上部隊用のMIL-W-46374がオリジナルであると言えそうだ。以上、こじつけに近い考察となったが、現在のハミルトンもこのモデルをパイロット向けとは考えていないようで、パイロット向けに特化したコレクションとして「カーキ アビエーション」を別に用意している。
もし、ハミルトンがスティールケースのGG-W-113を供給していなければ、ハミルトンのMIL-W-46374はプラスティックケースを採用していた可能性もある。すると、カーキ フィールドは現在のスタイルでなかったかもしれず、ロングセラーモデルも生まれていなかったかもしれない。さまざまな背景と現在のラインナップの強い結びつきを感じる一例である。
創業者が鉄道の安全運航に尽力したボール ウォッチ「エンジニア M パイオニア」
厳密な時間管理が必要で、正確な時計を携行しなければならない業務として、鉄道の運行業務がある。そして、鉄道と強いつながりを持つブランドがボール ウォッチである。
1汎用ムーブメント用部品の流用は製造コスト抑制にも寄与する。マニュファクチュールムーブメントを採用し、ケース素材に904Lステンレススティールを用いるなどコストの上昇要因は多いが、40万円を切るプライスタグはリーズナブルと言えるだろう。自動巻き(Cal.RR7309-CS)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。SS(直径40mm、厚さ13.4mm)。100m防水。44万円(税込み)。
1891年、鉄道網が急速に発展するアメリカで重大な鉄道事故“キプトンの悲劇”が発生した。この事故は、時刻管理と運航に用いる鉄道時計の運用が不適であるのが原因であった。アメリカで時計店を営んでいた時計師のウェブスター・クレイ・ボールは、この事故の発生の3年前に、鉄道における時計の運用方法の問題点を発見して具体的な改善策を提案していた。ウェブスターはこのことをきっかけにして、再発防止対策の責任者を任されることとなる。その貢献によって、アメリカにおける鉄道時計の運用規則が確立されることとなる。
この運用規則の内容は、鉄道時計の許容精度の規定、時計精度を維持するための運用方法、および精度確保に有利な時計の構造の規格化に至っていた。この経験を活かしてウェブスターは、自身の店舗にて堅牢で信頼性の高い時計をそろえるようになる。
現在のボール ウォッチも堅牢さと信頼性の高さを追求する伝統が受け継がれている。鉄道との関わりが深いコレクションとして「トレインマスター」が存在するが、筆者は現在のボール ウォッチらしさにあふれたモデルのひとつである「エンジニア M パイオニア」を推したい。
目を引くのはダイアル上にマイクロガスライトを用いて大きく描かれたアラビアインデックスである。マイクロガスライトは蓄光塗料と異なって自発光であるため、どんな環境でも常に明るく発光し、視認性を確保するのに貢献する。同様の自発光素材を用いるブランドはいくつか存在するが、それを用いて文字を描くのがボール ウォッチの特徴である。
搭載するCal.RR7309-CSは、ボール ウォッチ初のマニュファクチュールムーブメントのCal.7309-Cをシリコンヒゲゼンマイに置き換えたもので、パワーリザーブ約80時間、C.O.S.C.公認クロノメーターであるほか、耐衝撃性5000Gs、帯磁性2500ガウス(20万A/m)と過酷な環境でも安定した稼働が望めるものとなっている。また、Cal.RR7309-CSでは多くの部品を自社開発としつつ、一部を汎用ムーブメントから流用することでメンテナンス時の部品の入手性を高めている。メンテナンスも含めて安定した運用を考える点は、創業者の思想に通ずるところがあり、ボール ウォッチらしい設計思想であると言えるだろう。