歴史ある割烹旅館でじっくりと研鑽を積んだ菅野功一氏が、銀座を舞台に独立。日本が誇る素材を培った伝統技術によって、珠玉の一皿へと仕立てる。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2022年7月号掲載]
締めの白飯を満喫した後に登場するのがこちらのおじや。2種類の調理法による鮑、丁寧な仕事を施した肝、海苔を混ぜ合わせてお椀に盛り付けたら、雲丹と山葵を添えて提供される。生米から炊くことでふっくらと仕上がり、お米の香りがダイレクトに届く。この日は、新潟県産のこしひかり、島根県産の黒鮑を使用。鮑とお米が同量というなんとも贅沢な一膳。
古き良き仕事を豊かな感性で表現
1975年、大阪府生まれ。鮨職人だった父親の影響を受け、料理人を志す。中学卒業後、老舗旅館「熱海 大観荘」にて10年間研鑽を積む。関西や東京を中心に数々の料亭や日本料理店での修業を経て、青山「末冨」の立ち上げに尽力。2022年4月、「銀座すがの」を開業。
料理の道に飛び込むことを決意した中学3年生の時。幼い頃から習っていた書道の先生が紹介してくれたのが、その後10年にわたり修業をすることとなる旅館「熱海 大観荘」だった。板場と寮を往復するだけの料理漬けの毎日。必死に仕事を学び、料理にまつわる歴史などの本を読み耽った。
「辞める時におやっさん(山東邦男氏)からもらった言葉が忘れられません。『やっと準備運動が終わったな』と。最初は何を言っているのかわかりませんでしたが、別の店に移って働いてみるとその真意が理解できました。どこに出ても通用する技術を身につけさせてくれたのだと。そのおやっさんが昨年亡くなり、自分が学んだ昔ながらの日本料理の仕事を若い世代にも伝えたいと思い、店を構える運びとなりました」。
「鮑のおじや」にも、昔の仕事が潜んでいる。鮑とすっぽんの出汁で炊いたおじやに惜しげもなく並べられているのは、異なる食感を引き出した蒸した鮑と酒煎りした鮑。さらに、生鮑をおろし金で薯をおろすようにおろし、酒蒸しにした肝と合わせたもの。馥郁たる湯気が漂うなか、お米と一体になるよう混ぜ合わせると、深緑色に変化していく様に目を奪われる。
菅野氏はお茶碗におじやを装いながら、北大路魯山人が鮑をおろして自然薯とあわせたとろろ汁を好んでいたという話を教えてくれた。昔は冷蔵庫がなかったから、料理人は氷水で手を冷やしながらおろしたのだとも。そう聞くと、より一層滋味深く感じてくる。
菅野氏の料理における信条は「温故知新」であり、「素材の味を最大限に引き出す、最小限の味付け」。兎にも角にも味優先、煩わしいことはしたくないと語る通り、過剰に飾りつけることはしない。それでいて十分に存在感があり、不思議なほど惹きつけられる。その潔さは、構築してきた無数の知識と技術、そして豊かな感性があってこそ。料理の奥にあるストーリーに耳を傾けつつ、身体にすっと染み入るような優しさと記憶に残るオリジナリティーを併せ持つ料理の数々をご堪能あれ。
銀座すがの
東京都中央区銀座8-7-7 JUNO誠和ビル 3F
Tel.03-6263-8873
水曜定休
昼/12:00~ 8800円、
第1部18:00~、第2部20:30~
2万8000円(すべてサービス料込み)
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