安定した品質と高い作家性という、量産メーカーと独立時計師の特徴を高水準で両立するのが、マイクロメゾンだ。そんなマイクロメゾンが手掛ける時計の需要が、近年急速に高まりを見せている。これまで一通りの腕時計を経験した好事家の行き着く先というイメージだった同ジャンルが、なぜこれだけの支持を得るようになったのか? その理由を探る。
野島翼、広田雅将(本誌)、細田雄人(本誌):取材・文 Text by Tsubasa Nojima, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年9月号掲載記事]
テーマ1「ムーブメント」
今やマイクロメゾンを語る上で外せないのがムーブメントの質だ。ここでは「ブリッジの面取り」「穴石」をはじめ、5つのポイントを解説する。
何をもってマイクロメゾンと定義するのか。意見はさまざまだが、私たち『クロノス日本版』は量産メーカーと独立時計師の間にあるメーカー、と考えている。つまり、量産メーカーの実用性と独立時計師の持つ作家性を高度に両立させたメーカーが、私たちの定義するマイクロメゾンというわけだ。従って、生産本数が1500本以上のH.モーザーも、数十〜数百本のローマン・ゴティエやNAOYA HIDA&Co.も、同じマイクロメゾンの枠に含まれる。
独立時計師とマイクロメゾンの区分はかなり曖昧だが、後者には、実用性を含めて「総合点」の高いものが多い。つまり、ある分野に特化しているのではなく、時計としてバランスが取れているということだ。もちろん独立時計師にもそういった作り手は増えているが、マイクロメゾンのいくつかは、量産メーカーに比肩するほど抜けがない。また、独立資本であること、近年では、個性的な自社製ムーブメントを載せていることも、絶対ではないにせよ、条件のひとつと言える。
作家性をひとつの基準とするなら、見るべきポイントのひとつはムーブメントになる。かつては外装が大きな要素だったが、自社製ムーブメントが当たり前となった現在、基準は明らかに中身に向くようになった。
ではムーブメントの何に注目するかは人によって異なるだろうが、最も分かりやすいのが、ムーブメントの受け(ブリッジ)に施された面取りだ。量産機の多くは、受けの外周をダイヤモンドカッターで斜めにカットしている。そのため、斜面は平たい。もっとも、量産メーカーの中でも技術力のあるメーカー(ロレックスやセイコーなど)は、ダイヤモンドカットの幅を広くして、見栄えを改善している。
対して、マイクロメゾンが作る高価格帯モデルの多くは、手作業で面取りを施した受けを持っている。違いは、角が丸みを帯びていること。最上の例は、ローマン・ゴティエとヴティライネンだ。両者とも、面取りの幅が広く、また、深く切れ込んだ戻り角(コワン・レントラン)を持っている。これは手作業による面取りの証しだ。ただ、このふたつに比べて遥かに控えめな価格のツァイトヴィンケルも、多くの高級機を凌駕する仕上げを持っている。丸まったエッジを見れば、仕上げが手作業で施されたことは明らかだ。また、ダイヤモンドカットで施された面取りであっても、表面に縦筋の見えにくい良質なものが多い。見栄えへの配慮は、今のマイクロメゾンの大きな特徴と言える。
穴石やネジも同様だ。見た目よりも生産性やコストが重視される量産機では、穴石の上面は基本的にフラットだ。対して、H.モーザーやヴティライネン、ローマン・ゴティエなどは、上面がドーム状に盛り上がった穴石(ミ・グラスという)を持っている。こういった穴石は、例外なく、ホゾと接触する内側が円弧状に成形されており、輪列の抵抗を減らすようになっている。コストは掛かるが、見栄えと性能を両立させた穴石は、マイクロメゾンのシグネチャーのひとつである。
ネジも同様だ。いわゆる高級時計に使われるネジには2種類ある。ひとつは頭が丸い「丸平ネジ」。もうひとつがフラットな「平ネジ」だ。安価なムーブメントを除いて、機械式時計の多くは後者を採用しており、それはマイクロメゾンも例外ではない。もっとも、平ネジにもいくつかのグレードがある。頭が厚いネジは磨き直しができるため高級で、さらに良いものは、外周が面取りされているほか、ドライバーを差し込む部分も斜めにカットされている(すりわり)。
個人的な意見を言うと、ネジの良い時計は、細部にまで抜かりがない。写真で挙げた3つは、その最も優秀な例だ。なお部品を内製するローマン・ゴティエはいっそう凝っており、専用のドライバーでなければ開け締めができないよう、溝がS字に成形されている。これも作家性を象徴するディテールと言えそうだ。
作家性という要素は、ムーブメントのデザインにも見て取れる。この流れは、文字盤を省くことが当たり前となったここ数年でより強まった。アーミン・シュトローム、ボヴェ 1822、そしてローマン・ゴティエに共通するのは、ムーブメントそのものをデザイン要素とする手法だ。これは量産メーカーも同じだが、生産本数の少ないマイクロメゾンでは、より方向性が先鋭化している。ボヴェ 1822はトゥールビヨンキャリッジを6時位置に置くことでインダイアルの配置をV字にしたほか、ケース自体も横から見るとV字になっている。年産2000本のマイクロメゾンらしい凝りようだ。
一方、ムーブメントを文字盤側に露出させないモデルを手掛けるマイクロメゾンは、機構で独自性を打ち出している。これは旧来、独立時計師の好んできた手法だが、マイクロメゾンでも面白い試みが見られるようになった。ローマン・ゴティエの「コンティニュアム」は、ストップセコンド機構をデザイン要素として組み込んでみせたもの。ここでは挙げていないが、アーミン・シュトロームのレゾナンス機構も、機構をデザインとして見せた好例だ。(広田雅将:本誌)
Point1「面取り」
ムーブメントの質を見る上で最も分かりやすい要素がブリッジの面取りだ。良質な3つの時計を例にその特徴を見ていく。
スモールセコンドを配したクラシカルなデザインが魅力の1本。搭載する自社製自動巻きムーブメントは、細部にまで仕上げが施されており、その様子をシースルーバックから鑑賞できる。プレートやブリッジには往年の高級時計が好んで用いたジャーマンシルバーを採用している。自動巻き(Cal.ZW0102)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS(直径42.5mm、厚さ11.7mm)。5気圧防水。101万2000円(税込み)。問/クロノセオリー Tel.03-6228-5335
ダイレクトインパルス脱進機を採用した手巻きムーブメントを搭載。大型のテンワがゆっくりと振動する様は圧巻だ。ダイアルには、伝統的な機械を用いた手作業によるギヨシェ装飾が施されており、鏡面に磨き上げられ、丸みを帯びたケースには、クラシカルなティアドロップラグがロウ付けされている。手巻き。21石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約65時間。Pt(直径39mm、厚さ11.5mm)。3気圧防水。1507万円(税込み)。問/スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650
表裏両方向のブリッジによって軸を支え、安定性と効率性を高めたマイクロローターがアイコニックなモデル。直列配置のふたつの香箱によって、高い精度とロングパワーリザーブを誇る。コンパクトなケースにグラン フー エナメル製ダイアルを配し、その周りを磨き込まれたブリッジが飾る。自動巻き。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約80時間。Pt(直径39.5mm、厚さ12.9mm)。5気圧防水。世界限定10本。1364万円(税込み)。問/スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650
Point2「穴石」
生産性をあまり考慮しなくていいマイクロメゾンが大メーカーと差別化を図れるポイントとして挙げられるのが穴石である。その形状を見ていこう。
優れた仕上げを持つマイクロメゾン製のムーブメントは例外なく、高品質な穴石を採用している。もちろん、安価なポリクロームではなく、人工ルビー製だ。写真の3つは最も優れたサンプル。穴の内側はホゾの抵抗を減らすように丸く加工されており(オリーベ加工)、上面も立体的に仕上げられている(ミ・グラス)。また、立体的な穴石を引き立てるため、穴周りも鏡面に仕上げられる。いずれも、穴石のお手本と言ってよい仕上がり。一昔前ならば色によって質が区別されていたが、今はほぼ関係ない。
H.モーザーが得意とするフュメダイアルを採用し、6時位置にフライングトゥールビヨンを配置。高精度化を狙い、テンプのヒゲゼンマイを二重に組み合わせた、ダブルヘアスプリングを搭載。ブランドロゴすら排したミニマルなダイアルは、今や同社を象徴する特徴のひとつだ。自動巻き(Cal.HMC804)。28石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWG(直径40mm、厚さ11.2mm)。日常生活防水。世界限定50本。968万円(税込み)。問/エグゼス Tel.03-6274-6120
Point3「ネジの処理」
ネジのような細かいポイントにまで手をかけられるのもマイクロメゾンの強みである。見るべきはやはりディテールだ。
仕上げの優れたムーブメントは、穴石に同じくネジも優れている。青焼きを尊ぶ人は多いが、良質なネジは上面がフラットな「平ネジ」で、かつ鏡面仕上げが施されている。さらに優れたものはドライバーを差し込む部分に斜面状の「すりわり」が施されるほか、外周にも面取りが施される。
オフセットされた時分針と7時位置のスモールセコンド、長さの異なるインデックスが特徴的な1本。仕上げの質は変わらず高い。手巻き。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ti(直径41mm、厚さ9.55mm)。5気圧防水。世界限定28本。完売。問/スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650
モノトーンのカラーリングがシックな印象の37mmケースモデル。テフヌート用に開発された小型ムーブメントを搭載する。手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約48時間。18KWG(直径37mm、厚さ9.2mm)。473万円(税込み)。問/モリッツ・グロスマン ブティック Tel.03-5615-8185
Point4「独自性(デザイン)」
ムーブメントの意匠を時計全体のデザインとして打ち出した時計は、マイクロメゾンならではの個性が光る。
マイクロメゾンの時計にとって、重要なのはオリジナリティーである。トレンドは、ムーブメントの造形をデザイン要素として強調する手法だ。写真で挙げた3つは、その最も分かりやすいサンプルだ。
ライティングスロープケースが特徴的なシリーズ。ディテールカットの個体はターコイズダイアル(世界限定5本)のモデル。手巻き(Cal.17DM06-DT)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約5日間。サファイアクリスタル(直径46mm)。30m防水。世界限定10本。5060万円(税込み)。問/ボヴェ1822ジャパン Tel.03-6264-5665
同社のイニシャルをかたどった針とベゼルによって日付を示すモデル。オフの場合は針が“DATE”を指す。自動巻き(Cal.ASS20)。30石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS(直径43.4mm、厚さ12.6mm)。5気圧防水。世界限定25本。予価437万8000円(税込み)。問/ノーブル スタイリング Tel.03-6277-1604
Point5「独自性(機構)」
自社製ムーブメントを製造できるマイクロメゾンの中でも、独自機構を取り入れたモデルは特に注目の的だ。性能の底上げを狙ったものや、デザイン性を考慮した3例を紹介する。
独立時計師と大メーカーの間にあるマイクロメゾンには、ユニークな機構を載せた例も多い。ひと昔前のような脱進機競争は影を潜めたが、量産品では採用できない機構は、今もってマイクロメゾンの特徴である。