ドイツのダマスコは質実剛健という言葉を体現したようなブランドだ。一見地味だが、実によく作り込まれている。そんな知る人ぞ知るニッチブランドが送り出す、自社製ムーブメント搭載モデル「DK10 L」をインプレッションした。
Text & Photographs by Shinichi Sato
2022年8月5掲載記事
実はハイスペックなダマスコというブランド
今回インプレッションを行ったのは、ドイツに拠点を置くダマスコの「DK10 L」である。本作は、ダマスコが自社で生産するシリコン製ヒゲゼンマイとシリコン製脱進機を搭載する自社製自動巻きムーブメントCal.A35-1を搭載している。ケースは非常に堅牢で、“ハンマーで叩いても傷が付かない”とダマスコが豪語するほどのものだ。
そんなハイスペックウォッチながら、本作は基本に忠実な、悪く言えば地味なアヴィエーターウォッチの姿をしている。
先に断わっておくと、筆者は本作を手に取るのを以前より熱望していた。ではなぜ、そこまで引かれたのか? 今回は、ダマスコのブランドヒストリーと各スペックをひもときながら、その魅力を述べてゆきたい。
先見性の高さが垣間見える自社製ムーブメント
インプレッションを始める前にダマスコというブランドについて紹介しよう。
自動巻き(Cal.A35-1)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。アイス硬化ニッケルフリーステンレススチール(直径42.0mm)。100M防水。50万6000円(税込み)。
ドイツのレーゲンスブルクを拠点とするダマスコは、1990年に金属加工会社としてその歴史をスタートしている。94年より時計事業をスタートし、時計に関する技術力を高めてきた。ルーツが金属加工会社であるだけに、金属材料に対する知見や、ケースやブレスレットの加工および硬化技術に明るい。また、ツールウォッチの信頼性や耐久性を高める外装構造の特許を多く持ち、エアバス社公認タイムキーパーを務めるなど、その技術力は確かなものだ。
今作に使われるダマスコの自社製自動巻きムーブメントCal.A35-1には、ダマスコが自社生産するシリコン製のヒゲゼンマイと脱進機を搭載している。ここで、ダマスコがこのふたつの要素を技術的に完成させたのが2006年頃である点に注目したい。
パテック フィリップがシリコン素材を時計製作技術に応用する研究を始めたのが02年で、シリコン製のSpiromaxヒゲゼンマイを搭載した5250モデルが05年発表、Pulomax脱進機の発表が08年である。また、共同で時計用シリコンパーツの研究を行なっていたブレゲがシリコン素材を最初に採用したのは06年であった。
これに対しダマスコは、00年の時点でムーブメントの性能向上を目的として、脱進機部品にシリコンやDLCのコーティングを開発していた。推測となるが、この頃から脱進機周りでのシリコンの有用性に気付き、ノウハウを蓄積できていたことで、06年までにシリコン製部品の技術確立に成功できたのだと考えられる。これは、時計におけるシリコン技術のトップランナーといえる両社に引けを取らない先見性であったと評価できる(編集注:腕時計におけるシリコンパーツを最初に用いた例は2001年のユリス・ナルダン「フリーク」)。
またダマスコは、ヒゲゼンマイや脱進機を含めた自社一貫製造を行うマニュファクチュール化にも真剣に取り組んでおり、Cal.A35-1および手巻きムーブメントCal.H35-1(11年デビュー)の自社製造比率は最大90%である。自動巻きローターを支える軸受けすらも自社開発品だ。
Cal.A35-1を搭載するDK10 Lは、マニュファクチュールとしての技術が最も注ぎ込まれたモデルのひとつである。トランスパレントバックから見えるムーブメントは、厚く大きな受けに覆われており、表面はストライプが施されている。
ケースバックまでのクリアランスはわずかで、テンプはかなり奥まった位置にある。時計の仕上がり厚さが14mm(実測値)であることを考えると、ムーブメント自体にも厚みがあることが想像できる。テンプはダマスコウェイトバランスホイールと呼ぶフリースプラング方式で、その下には赤紫に反射するシリコン製ガンギ車と、そこにくり抜かれた"DAMASKO"のロゴが見える。また、DIN8309の要求を大きく超える8万A/mの耐磁性能と、1mの高さから硬い木床に落としても耐えることが要求されるDIN8308の耐震性能も満たしている。
ケース素材は、潜水艦やスペースシャトルの燃料タンクにも使用される特許取得済みのアイス硬化ニッケルフリーステンレススチールである。これは、焼き入れ時に氷温以下まで冷却して硬度を高めたニッケルフリーのマルテンサイト系ステンレススティールである。この工程の詳細は明かされていないが、一般的にサブゼロ処理と呼ばれる超低温での冷却工程を経ると、鋼材が均一にマルテンサイト化して硬度が増し、時間が経った際の寸法の狂いが軽減される。ダマスコはこれに近い処理を行っていると筆者は予想している。
マルテンサイト系のステンレススティールの場合、904L等の多くの時計に使われるステンレス鋼に比べて耐蝕性に劣る。この対策としてダマスコはもう一工夫しているようなのだが、これ以上はさらなる情報開示を待つとしよう。
硬化処理後に鋼材の安定性を高めて柔軟性を増すために焼き戻しを行うと、通常のSS材の約4倍となる710ビッカース硬さの母材ができる。ダマスコはここに、"DAMESTコーティング"と呼ぶ、全体で厚みが約7ミクロンと厚い多層の硬質コーティングを施す。これにより表面硬度は2500ビッカース硬さにもなり、公式に「ハンマーで叩いても傷が付かない」と豪語するほどのケースが出来上がるのだ。