「開かれたミーティングポイント」だったバーゼルワールド
問題はあったが「開かれた時計フェア」だったバーゼルワールドは、時計ブランドにとって、またバイヤーや時計ジャーナリストにとっても唯一無二の、新しい「出会いと発見」があり「ビジネスチャンスが見つかる」場だった。
バーゼルに出展すれば、誰かが目に留めてくれる。世界でビジネスできる可能性がある場所。これがバーゼルワールドという時計フェアの偉大なところだった。これは公の産業振興イベント「スイス産業見本市」をルーツとするこのフェアの、何よりも素晴らしい伝統だったのだ。
しかし2013年、地元出身の建築ユニット「ヘルツォーク&ド・ムーロン」による改装以降、この「公共性という伝統」は、急速に失われてしまった。巨額の改装費用を転嫁した結果と囁かれる出展料の大幅値上げに耐えきれず、フェアを去るブランドが続出した時点で、すでにバーゼルワールドはその役割を自ら放棄していたのだ。今となってはそう思う。
現時点でバーゼルワールド消滅の影響を示すデータはないが、実態は相当に深刻なはずだ。2021年のスイス時計の対外輸出額が、出荷本数が約25%も減少しながら史上最高を記録したことは、中低価格帯の時計ブランドのダメージが計り知れないものであることを意味する。
スイス時計協会(FH)が発表する出荷価格帯別のデータは、そのことをハッキリと示している。出荷個数が激減しているのは出荷価格500スイスフラン(約7万円)以下の価格帯だが、これを製品価格に換算すると10万円台前半。このままだと、この価格帯のスイスの時計ブランドは壊滅するだろう。
やはりバーゼルワールドに代わる新・時計フェアを!
1917年のスイス産業フェアからすれば100年以上、1973年のスイス時計フェアから数えても約50年、スイスの時計ビジネスを支えてきたイベントが失われてしまった。
時計産業はスイスの総輸出の約8%を占める。スイス政府の通商産業部門は今、この状況をどう考えているのだろうか?
時計の産業振興政策は高付加価値化であることは間違いない。だから、現状のままで良い。これでさらに高価格帯へのシフトを促す、という意図もあるのかもしれない。
だが、少なくとも400を超えるスイスの時計ブランド。しかも中高価格帯を得意とする高級ブランドも含まれる時計ブランドの約90%が製品をプロモーションする場を失ったまま、という状況はやはり望ましくない。このまま放置すれば間違いなく、時計産業全体の弱体化につながる。
スイス時計産業は時計を「時を知る道具」から「自分のパーソナリティーを表現する趣味性の高いアクセサリー」へと「価値を読み替える」ことで再生し、繁栄してきた。だが、絶対的で特権的なラグジュアリーブランドの地位を確立したのは、ごく一部の時計ブランドのみ。
そもそも、ラグジュアリーの本質は貴族性にあるから、それは当然のこと。今のままだと、時計フェアはラグジュアリーブランドだけのものになってしまう。それでは、スイス時計は多様性を失い、全体としては衰退に向かうだろう。
事実が筆者のこの指摘通りなら、業界団体など公的な性格の機関が一刻も早く、中堅以下の時計ブランドが無理なく参加できる「開かれた時計フェア」の企画・開催の準備をしてほしいと思うし、すでに企画中だと信じたい。
そこでまた、バーゼルワールドに出展していた時計ブランドの新作時計と、そして、それを作っている人たちと、時計の話ができる場所ができることを願うばかりだ。
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