SNSやバラエティ番組が煽った「ロレックスマラソン」の大罪

このところ、巷で時計絡みのおかしな「マラソン」が開催されているという話がある。今回はその「マラソン」が引き起こす問題についてお届けする。

2022年3月30日から4月5日までスイス・ジュネーブで開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」では、新しい「エアキング」がお披露目された。
渋谷ヤスヒト:写真・文 Photographs & Text by Yasuhito Shibuya
(2022年8月13日掲載記事)


「毎日の接客が怖い……」

「お売りできる時計はないんです。なのに、毎日のように来店される。お客様だから接客はさせていただきますが……。正直、接客が怖くなりました」

 こんな「被害」がロレックスの正規販売店で毎日のように起きている。人呼んで「ロレックスマラソン」である。

 最近では、こうした「困ったお客」が、地方の県庁所在地にある老舗時計店に、グループで突然来店することもあるという。これではマラソンではなくツアーだ。想像しただけで、お店のスタッフが気の毒で仕方がない。

最近はサービスカウンターのある専門ブティックや専門コーナーも増えている(写真は本文とは関係ありません)。

 さて、本題に入ろう。もしあなたが、ただ本当にロレックスが欲しいと思って、あのテレビのバラエティ番組やネットの“時計投●家”のSNSを真に受けて「ロレックスマラソンをしている」なら、すぐにやめてほしい。時間の無駄だし、何よりも時計店の迷惑だからだ。

 こうした「マラソン客」対策として百貨店を中心に今、来店を予約制にするところも増えている。これも当然のことだろう。あなたが普通の人なら、こうした予約制の丁寧な接客の方がうれしいはずだ。


ロレックスは確かに素晴らしい腕時計だが……

「ロレックスマラソン」というこの“奇妙な言葉”を筆者が初めて聞いたのは2020年秋、民放テレビのバラエティ番組でのことだ。

 もちろん、時計を知ったら「ロレックスが欲しい」と思うのはごく自然なことだろう。とにかく、真面目に作られている素晴らしい腕時計だ。コンプリケーションモデルはないし、外装デザインも大きく変えてはいないが、常により良い時計作りを目指し、あらゆる部分を常に進化させてきた。

 ずっと前から、ケースやブレスレットに加工は難しいが耐蝕性に優れた904Lステンレススティールを採用していること。「エバーローズゴールド」のように、経年劣化が起きにくいゴールド素材をいち早く開発、採用してきたこと。さらにムーブメントの耐磁化やロングパワーリザーブ化もいち早く達成していることも、本稿の読者はよくご承知だろう。

 世間的な知名度は不動のNo.1。しかも耐久性が高く、二次流通市場での人気も高いのでリセールバリューが高いのも事実。これもロレックスの魅力であり、「ロレックスなら安心」という気持ちはよくわかる。


“ロレックス陰謀論”は真っ赤なウソ

 でも、買いたくても手に入らないと、人はおかしくなる。そして、おかしなデマが流れることになる。

「原因は、ロレックスの生産数が少ないから。悪いのはロレックスだ」という、いわゆる“ロレックス陰謀論”を唱える困った人たちもいる。だが、それをロレックス自身が完全に否定したことは、すでにこのコラムで以前、ご紹介した(下記URL参照)。

https://www.webchronos.net/features/70429/

 ロレックスは普通の営利企業ではないし、その社会貢献活動を見れば、非常にモラルの高い優良企業だ。取材できるなら本当は取材したい、素晴らしい社会貢献プログラムを何十年も前から続けている。

 同様に製品作りにおける「モラル」、つまり求める機能や品質の基準も高い。だからこそ製品は素晴らしいし、だから人気が高いのだが。

 ロレックスは年間の生産数を公開していない。だが、それは他の高級時計ブランドも同じ。だが生産数が十分に多いことは、さまざまな資料から推測できる。ただ需要が異常なのだ。たぶんマラソン客のうちかなりの人が「ロレックスが有名で、他の人にも人気だから」欲しいのだと思う。

 でも時計の取材を30年近く続けている立場から言わせていただければ「他にも素晴らしい腕時計」「あなたに似合う腕時計」はたくさんある。できればそちらに目を向けてほしい。

 そもそも、高い精度と信頼性を持つ機械式時計を作ることは、その生産規模を拡大することは簡単ではない。だからロレックスは、ただ真面目に自分たちのペースで時計作りを行っているのだ。異常なのはその製品を「転がすだけ」で儲けることができるマーケットであり、ロレックスには、この異常なマーケットに対応する義務はない。

「こんなに世界的に人気のモデルなのに、すでに完売と聞いた。この製造数はあまりに少な過ぎる。なぜもっと作らないのか?」

 機械式時計ブーム真っ只中の1997年に筆者は、ある独立系時計ブランドのトップに質問したことがある。

「我々は無理してまで売り上げを上げたいとは思わない。無理をしても何も良いことはない。そのことを私たちは経験からよく知っている。人を増やし、生産規模を拡大して、売れなくなったら、従業員をレイオフ(一時解雇)しなければならなくなる。我々はそんなことはしたくない」