2014年、ブルガリは世界最薄の手巻きトゥールビヨンムーブメントを搭載した「オクト フィニッシモ トゥールビヨン」を発表した。ここから2022年までさらに7つの記録を更新し続けることで、ブルガリの「薄型腕時計の雄」としての地位は確立されていく。
しかし2022年3月に「オクト フィニッシモ ウルトラ」を発表した約3カ月半後、リシャール・ミルによりその牙城は崩されることとなる。この事実をブルガリはどう受け止めたのだろうか?
ブルガリの戦略における「世界記録」の重要性を再度踏まえつつ、現時点におけるブランドの最新のビジョンを追った。インタビューに答えてくれたのはブルガリ グループCEOのジャン-クリストフ・ババンだ。
1959年、フランス生まれ。MBAを取得後、P&G、コンサルティング会社などを経て、タグ・ホイヤーCEOに就任。2013年、ブルガリ グループCEOに就任。
Text by Rüdiger Bucher
(2022年8月16日掲載記事)
世界記録の重要性
WatchTime:ババンさん、あなたがタグ・ホイヤーのCEOだった時、1000分の1秒、2000分の1秒まで計測可能なクロノグラフを就任からわずか数年のうちに発表しましたね。そしてブルガリに入社した翌年の2014年には、トゥールビヨン搭載の手巻きムーブメントにおいて世界最薄の記録を打ち立てました。当初から世界記録を狙う意識を持っていたのですか?
ジャン-クリストフ・ババン:時計史に刻まれるアイコンモデルとは、何らかの並外れたパフォーマンスを持っているものです。例えば初めて月へ行った腕時計や、深度1万メートルを超える海底に到達した腕時計などです。あるいは、そこには1000分の1秒を計測できる腕時計も含まれるでしょう。ブルガリへの入社後、「どの分野で他ブランドを凌ぐことができるか?」と考えましたが、それが高度や速度の記録ではないことは明らかでした。ジュエリーブランドとして、男性的でモダンなエレガンスという要素に焦点を当ててから極薄腕時計へ考えが行きつくのは、それから間もなくのことでした。実のところ、2014年に最初の世界記録を樹立した「オクト フィニッシモ トゥールビヨン」の開発は私が参加する前からすでに始まっていました。この1本の腕時計のためだけに3年を要するプロジェクトとなりました。
WatchTime:最初に記録を打ち立てたのはプラチナケースに黒いストラップを組み合わせた時計でしたね。現在は主にチタンで展開されています。当初の意向を聞かせてください。
ジャン-クリストフ・ババン:私たちは最初からこの腕時計をアイコンウォッチにするつもりでした。そのために必要なのは形だけではありません。私たちが本格的に時計製造をスタートさせた1970年代にはそれだけで十分だったかもしれません。現在では、時計作りのパーツやデザインも重要視されています。110のファセットを持つオクトの起点は個性的な形状にありましたが、重要なのは、フラットな構造のケース、ストラップ、文字盤にチタンという単一の素材を組み合わせることでした。結果として誕生したのが、一目瞭然で差別化できるモノクロームな外観でした。チタンはまた非常に堅牢な素材で、薄さを追求していた私たちの目的に合致していました。最初の記録を樹立した後、3針腕時計からミニッツリピーター搭載機まで、また価格帯も1万2000から15万ユーロまでと、あらゆるタイプを網羅したムーブメントの開発をさらに少しずつ進めていきました。
世界記録の喪失に対する反応
WatchTime:一連の動きは、2022年春に厚さ1.8mmの最薄機械式腕時計「オクト フィニッシモ ウルトラ」で最高潮を迎えました。しかし、この世界記録はその夏にリシャール・ミルが厚さ1.75mmの腕時計を発表したことで破られています。これを聞いた時、あなたはどう反応しましたか?
ジャン-クリストフ・ババン:これには驚かされましたね。しかし一方で、リシャール・ミルのような軽量でボリューム感のある腕時計を展開するブランドも極薄腕時計を標榜しているという事実は、このテーマの重要性と潜在顧客の層の厚さを再認識させ、私たちの方針に間違いがないことを示してもくれました。薄型腕時計の記録は失いましたが、私たちはこのニュースを聞いてすぐに話し合いの場を持ち、記録を取り戻すために何が必要かの分析に入りました。
世界記録奪還への考え
WatchTime:では、薄型腕時計の世界記録を取り戻すことが、あなたの明確なゴールなのですね?
ジャン-クリストフ・ババン:はい、そうです。そして、それは私たちの持つすべての世界記録にも言えることです。もし失っても、取り返すまでです。まるでスポーツの挑戦のようなものですよね。ただ、もちろん私たちが気に掛けるのは厚さだけではありません。巻き上げや時刻合わせにおける操作性なども重要視しています。「オクト フィニッシモ」は単に世界記録を樹立した腕時計というだけでなく、実用性においても正確で快適な腕時計であるべきです。
WatchTime:1.75mmよりも薄い腕時計を実現するアイデアはもうお持ちですか?
ジャン-クリストフ・ババン:現在のところ、世界10本限定の「オクト フィニッシモ ウルトラ」の製作と納品に時間を取られている状況です。
WatchTime:それには、どれくらい時間がかかると思いますか?
ジャン-クリストフ・ババン:今年中には仕上げ、来年は「オクト フィニッシモ ウルトラ」のその他の仕様を展開する予定です。これらの腕時計はすべてリピーター機能搭載機の担当と同じ熟練の時計職人によって作られますので、非常に特別なものとなります。
WatchTime:薄型腕時計の製造において、技術的、デザイン的側面における最大の課題は何でしょうか?
ジャン-クリストフ・ババン:ひとつひとつの部品をどんどん小さくし、腕時計全体の厚さを落としながらも、きちんと機能させること。そうして腕時計の外観を保ちつつ、新しい記録を目指すことが最も大きな挑戦です。「オクト フィニッシモ ウルトラ」の地板はケースにもなっていて、その好例であると言えるでしょう。私たちは「オクト フィニッシモ トゥールビヨン」を実現して以降、自動巻きムーブメントの開発を進めてきました。その第一歩となったのが、2017年に「オクト フィニッシモ オートマティック」に搭載されたマイクロローターでした。それに続く「オクト フィニッシモ トゥールビヨン オートマティック」やクロノグラフ搭載モデルではペリフェラルローターへと進化させ、香箱により大きなエネルギーを供給できるようになりました。新しいコンプリケーションを作ろうとするたびに、私たちは新記録の達成を目標に掲げています。この考え方は、冒頭でお話しした、クロノグラフの計測単位をより小さくしていくことと重なりますね。しかし、ブルガリでは、常にマスキュリンなエレガンスを主眼としています。
「オクト フィニッシモ」シリーズの近未来
WatchTime:他のコンプリケーション搭載モデルでさらに「オクト フィニッシモ」シリーズの世界記録を更新する考えはありますか?
ジャン-クリストフ・ババン:はい、いくつかの可能性を考えています。ひとつは「オクト フィニッシモ ウルトラ」から派生するコンプリケーションの展開です。ウルトラは十分に新しい物語のプラットフォームとなりえるでしょう。しかし、もちろん他の既存分野を基にしたコンプリケーションの発展も可能です。
WatchTime:最近では、ブルガリ ウォッチ デザイン センターのシニア・ディレクター、ファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニが描いた最初のスケッチを採用した「オクト フィニッシモ オートマティック」と「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT オートマティック」を発表しました。これらはどのような役割を担っていたのでしょうか?
ジャン-クリストフ・ババン:デザイン上の大きな課題は、「超薄型の腕時計がいかに個性を保つか」ということです。なぜなら平面的になればなるほど、表現力のあるデザインを実現するのが難しくなるからです。私たちは3次元の世界に生きていますが、超薄型の「オクト フィニッシモ」シリーズは実質的に2次元にあります。多くの薄型腕時計はわずかな個性しか与えられていません。ファブリツィオはオクトの精神を保ちつつ、同時に記録を破る技術的な解決策をケースの中に実現させたのです。またそれ以外にも、ケースとブレスレットの接続部、フォールディングクラスプを薄くすることは大きな課題であり、成功への鍵でした。
WatchTime:世界記録を樹立してきた「オクト フィニッシモ」シリーズ8本のうち、自身が最も誇りに思うものはどれでしょうか?
ジャン-クリストフ・ババン:「オクト フィニッシモ ミニッツリピーター」か、クロノグラフ搭載モデルのどちらかです。いずれも技術面、美的観点において抜きんでています。3針とクロノグラフ搭載機におけるエネルギー消費量、部品点数の差を考慮すると、クロノグラフもグランドコンプリケーションであることを忘れてはいけません。「オクト フィニッシモ」シリーズにおいてクロノグラフは、ケースの厚さや直径、ブレスレットへの接続のバランスが最も良いモデルでしょう。
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