ピアジェ、ふたつの名機。薄型伝説をスタートさせたCal.9Pとその完成形Cal.430P

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2022.08.29

『クロノス日本版』の広田雅将編集長が独断で選び、解説する「傑作ムーブメント列伝」。今回は薄型ムーブメントの名手、ピアジェが送り出したCal.9PとCal.430Pを紹介する。

Cal.430P

Cal.430P
薄型ムーブメントのCal.9P2を置き換える手巻き。機械式としては当時、18年ぶりの自社製ムーブメントとして開発された。オフセットした輪列や、強固な一体型の受けはCal.9Pに同じ。また日の裏の設計も酷似している。部品点数が増えたにもかかわらず、生産性は向上した。この輪列を転用して、後にトゥールビヨンのCal.600Pなども設計された。直径20.5mm、厚さ2.1mm。手巻き。2万1600振動/時。18石。パワーリザーブ約43時間。部品点数131。主ゼンマイのトルク240g・mm2、テンワの慣性モーメント290gm・mm2。
吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
2022年8月29日公開記事


ブランドの転機となった薄型ムーブメントCal.9P

 1874年に創業したピアジェは、1945年以降、高級時計の製造に舵を切った。数多くのメーカーがひしめく高級時計の世界で、ピアジェが表に打ち出したの薄型ムーブメントだった。1957年、同社は厚さ2mmの手巻きムーブメントであるCal.9Pを発表。続いて60年には、マイクロローター自動巻きのCal.12Pをリリースした。同社は薄型ムーブメントと貴金属の優れた加工技術で、たちまち薄型時計の世界を席巻した。

 初の薄型ムーブメントであるCal.9Pは、後のピアジェ製ムーブメントの規範となる設計を持っていた。一体化した受けは薄形らしからぬ高い剛性をもたらしたほか、時分針を駆動する2番車を中心からずらすことで、無理のない薄型化に成功したのである。2番車をセンターに置かないレイアウトは、57年当時としては極めて斬新なものだった。マニュファクチュールとしては後進だったがために、ピアジェは新しい設計に取り組めたのだろう。このムーブメントは、80年には厚さ2.15mmの9P2に進化。厚みを増すことで、9Pはより頑強になった。

Cal.9P

Cal.9P
1957年初出の薄型手巻きムーブメント。ピアジェの方向性を決定付けただけでなく、その後の薄型ムーブメントに多大な影響を与えた名機だ。1980年には、厚さを0.15mm増して生産性を向上させたCal.9P2に進化している(写真はCal.9P2)。直径20.5mm、厚さ2mm(Cal.9P)、2.15mm(Cal.9P2)。手巻き。1万9800振動/時。18石。パワーリザーブ約36時間。部品数89点。

 ピアジェが薄型時計の世界で成功を収めた理由のひとつには、貴金属製の優れたケースやブレスレットがある。後に同社が、ジュエリーの世界に進出できた理由だ。しかしCal.9Pがなければ、これほどの名声を得られたかは疑わしい。ピアジェのCal.9P以前、薄型ムーブメントはしばしば実用性を欠いた。薄さを追求するあまり、耐久性は必ずしも高くなかったのである。

 対してピアジェのCal.9Pは、明らかに普段使いを意識した設計を持っていた。2mmという厚さは、他社の物に比べてわずかに厚かったが、その分、耐久性は高かった。また、1万9800振動/時という振動数も、薄型ムーブメントとしては例外的に高かったのである。そう言って差し支えなければ、Cal.9Pとは、世界で初めて、使える設計を与えられたモダンな薄型ムーブメントであり、その構成は後の薄型ムーブメントに大きな影響をもたらすことになる。


Cal.9Pを置き換えた薄型ムーブメントの完成形

ピアジェ アルティプラノ

ピアジェ「ピアジェ アルティプラノ」
Cal.430Pを搭載する「ピアジェ アルティプラノ」。ケース厚は非公表だが、裏蓋とラグを一体化した2ピースケースにCal.430Pを組み合わせることで、薄型時計に仕上げている。手巻き(Cal.430P)。2万1600振動/時。18石。パワーリザーブ約43時間。18KWG(直径38mm)。3気圧防水。

 1970年代から80年代にかけて、ピアジェ成功をもたらしたCal.9P。しかし、80年代に入ると、さすがに基本設計の古さは隠しきれなくなっていた。そこで同社は、Cal.9Pに代わる新世代の手巻きムーブメントの開発に取り組んだ。98年に発表されたのが、新型手巻きムーブメントのCal.430Pである。1988年にヴァンドーム・グループ(現リシュモン グループ)の資本参加を受けたピアジェは、これを同じグループのカルティエにも提供した。コレクション プリヴェ カルティエ パリが採用したカルティエのCal.430 MCは実のところ、Cal.430Pをそっくり転用したものである。

 Cal.430Pの設計は、薄さと実用性の両立に取り組んできたピアジェの完成形といえる。強固な一体型のブリッジや、中心からずらした2番車といった設計はCal.9Pに同じ。しかし、2万1600振動/時に振動数が上がった結果、携帯精度は向上し、パワーリザーブも約36時間から約43時間に延びた。ピアジェは使える薄型ムーブメントという美点を、Cal.430Pでさらに押し広げたわけだ。

 このムーブメントがいかに優れているかは、派生形としてトゥールビヨンのCal.600Pが作られたことからも明らかだ。普通、薄型ムーブメントに汎用性は全くない。しかし、生産性と実用性を考慮したCal.430Pは、派生ムーブメントを作れるほどの基礎体力を持っていたのである。


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