ついに下落を開始した“ラグスポ”市場。価格の変動が時計業界全体に及ぼす影響とは?

2022.09.30

ラグジュアリースポーツウォッチの市場は近年で初めて値下がりを見せた。例年に比べ、ロイヤル オークが約16%、ノーチラスが約18%下落し、ロレックスの「オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト」も、2022年3月末に値を下げ始めた。

老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、ラグジュアリースポーツウォッチ市場が下落を始めた理由を考察する。

ボナムズ香港

シャロン・チャン(ボナムズ香港):文
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2022年9月30日掲載記事)

過去最高に加熱する高級時計市場

 時計製造の歴史において、高級腕時計に関する議論がこれほど白熱したことはない。近年はポップソングからソーシャルメディアに至るまで、高級時計は話題の的になっている。

 オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」、パテック フィリップの「ノーチラス」、ロレックスの「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」などの人気モデルは、二時流通市場における価格が軒並み上がっている。しかし、高騰した価格を見慣れてしまった今、ラグジュアリースポーツウォッチの市場は近年で初めて値下がりを見せた。例年に比べ、ロイヤル オークが約16%、ノーチラスが約18%下落し、ロレックスの「オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト」、通称“グリーンゴースト”も、2022年3月末に値を下げ始めた。

オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト

ロレックス「オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト」126610LV
自動巻き(Cal.3235)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40.8mm、厚さ12mm)。300m防水。125万9500円(税込み)。

 今回は、この市場価格下落の波の理由を明らかにし、その変化が時計業界全体にどのような影響を及ぼしているかを探ってみたい。


人気の “ラグスポ”、価格下落の理由

 最近の世界的な経済情勢は、株式市場の低迷によって投資家が慎重になっており、思うように時計に対して多額のお金を費やしにくくなっている。それと同時に、世界全体のインフレにより世界中の生活費が上昇し、等価通貨の購買力が低下。消費者の予算意識は高まり、いわゆる「必要なもの」と「欲しいもの」の区別がつきやすくなっている。このふたつの要因により、高級時計の需要が減少し、特定のモデルが高値で売れなくなると、売り手は価格を下げざるを得なくなるのだ。

 また、新型コロナウイルスが2020年から蔓延して以降、投資市場は予測不可能な状況となり、投資家たちは新たな投資対象へ目を向けている。当時、時計は儲かるものとされ、時計自体の価値を気にしないようなバイヤーが市場に殺到した。購入者が増えるにつれ競争も激しくなり、ただでさえ品薄だった高級スポーツウォッチの一部モデルに熱い視線が向けられるようになった。

ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル」Ref.25820SP
ボナムズ香港時計オークション出品。ロット番号:864。落札価格:101万1000香港ドル(約1860万円、1香港ドル=18.42円、2022年9月30日現在、以下同)、バイヤーズプレミアムを含む。

 そのため販売店では、販売の制限を続けることで価格を維持し、物珍しさをアピールしていた。しかし、金融・経済情勢全般の影響により、最近ではバイヤーからの高級時計に対する需要が減少し、市場価格が下落している。この状況を見た投資家や仕入れ業者は、できるだけ損をしないように徐々に在庫を売り払い、供給が増えることで需要が減ったのだ。

 しかし、大局的に見れば、これは決して悪いことではない。過去数年間の混乱を安定させる可能性があるだけでなく、時計コレクターには、人気モデル以外の時計を探求するだけの余地を与え、それと同時に熱心なバイヤーには、リーズナブルな価格で欲しい時計を手に入れることを可能にした。

 例えば、22年6月に開催されたボナムズ香港時計オークションでは、パテック フィリップのノーチラス 5711/1Aや5712が数本、そして稀少なステンレススティールとプラチナ製の「ロイヤル オーク カンティーム パーペチュアル」が多くの時計コレクターを魅了し、素晴らしい落札結果を残した。

ミステリークロック

カルティエ ミステリークロック「モデルA」
ボナムズ香港 時計オークション出品。ロット番号:847。落札価格:687万香港ドル(約1億2651万円)、バイヤーズプレミアム含む。

 また、1928年に製造されたカルティエのミステリークロック「モデルA」は、落札予想価格の3倍以上である687万香港ドルで落札された。稀少で歴史的に重要な作品は、今でも世界の時計コレクターの注目を集めており、その価値が広く認識されていることが証明されたと言えるだろう。


著者「シャロン・チャン」プロフィール

 シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。

シャロン・チャン/ボナムズ香港 時計部門ディレクター
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。

 これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から2016年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。


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