現代のヴァシュロン・コンスタンタンが、19世紀に隆盛を極めた高級時計製造の伝統を受け継ぐ「レ・キャビノティエ」を復活させたのは2006年のこと。一品製作の特注部門であるその工房からは、非公開を含む、数多くのユニークピースが生み出されてきた。
この連載では、そうした中からセレスティアルウォッチに焦点を絞り、ハイエンドウォッチメイキングの真髄に迫る。
2021年にキャビノティエで製作されたユニークピース。Cal.2755からダイアル側の永久カレンダーモジュールを取り去り、バックケース側に恒星時表示と星座盤を追加。ダイアルには獅子座を象ったギヨシェ彫りが施される。手巻き(Cal.2755 TMRCC)。38石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約58時間。18KWG(直径45mm、厚さ15.1mm)。世界限定1本。
[クロノス日本版 2022年11月号掲載記事]
王の星座を象るスカイチャート
2000年代以降のヴァシュロン・コンスタンタンには、聖杯と呼ぶべきふたつのムーブメントが存在した。腕時計の分野では、創業250周年を祝う2005年に発表された「トゥール・ド・リル」のキャリバー2750がその最高峰だろう。懐中時計にまで視野を広げるなら、同じく創業260周年時に登場した「Ref.57260」が極北として挙げられる。何よりも重要なことは、その血脈を受け継ぐ超複雑時計の数々が、現代も作り続けられているということだ。
2005年にキャリバー2750を完成させたヴァシュロン・コンスタンタンはその技術資産を下敷きとして、翌06年から顧客の要望に応じたユニークピースを一品製作する「アトリエ・キャビノティエ・スペシャルオーダー」サービスを開始。当時アンティコルムの副チェアマンを務めていたドミニク・ベルナスを招聘して工房の責任者に置いた。そこで作られた逸品の数々は、その特性から非公開となることが多かったのだが、14年からビスポークの手法をプレタポルテに転用したユニークピースのコレクション「メートル・キャビノティエ」を製造開始。現在は両者を包括した「レ・キャビノティエ」とその名を改めている。
ヴァシュロン・コンスタンタンのビスポーク工房として発展してきたキャビノティエで、最も多く用いられてきたムーブメントがキャリバー2755系だ。これは16もの複雑機構が搭載されたトゥール・ド・リルのキャリバー2750をベースにして、複雑機構をトゥールビヨンとミニッツリピーターのみに絞り込んだエボーシュであり、そこに顧客の要望に合わせた付加機構を追加することで、多様なユニークピースが生み出されてきた。
レ・キャビノティエで最も多く用いられてきたCal.2755系のムーブメント。このモデルでは、通常ダイアル側に重ねられている永久カレンダーモジュールを備えないため、ミニッツリピーターの読み取り機構がよく見える。右ページの写真はバックケース側に置かれるスカイチャートモジュールで、6時側の楕円内が、北半球から見える星座の位置となる。総パーツ数は413点。
2021年に発表された「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン・スカイチャート 獅子座ジュエリー」もそうした中の1本で、バックケース側に巨大なセレスティアルディスクを置いている。星座盤は1恒星日に相当する23時間56分04秒で、反時計回りに1回転し、バックケースのベゼル部分には10分間隔で24時間目盛りが刻まれている。サファイアクリスタルディスクに設けられたオフセンターの楕円は、こうしたセレスティアルウォッチには不可欠なもので、時計の示す時間に北半球で見られる星座の位置を、擬似的に表示するのに用いられる。星座盤の外周にあるのはカレンダーディスクだが、目盛りの幅が不均一になっているのは、月の大小に対応させるためだ。
ダークブルーのオパーリンダイアルに描かれるのは、手彫りのギヨシェ旋盤で彫り込まれた獅子座。古くから王権の象徴とされてきたこの星座を形づくる9つの恒星部分にはダイヤモンドが埋め込まれているが、面白いのは天空に浮かぶライオンのイメージを、幾何学的なタッチのギヨシェ彫りで表現していること。ベゼルやラグ、リュウズ、ミニッツリピーターのスライダーに施された計100個のバゲットカットサファイアと相まって、静謐なイメージを醸し出してくれる。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
1974年、大阪府生まれ。2ちゃんねるのコテハンとして活躍した後、脱サラして時計ジャーナリストに転身。いつの間にやら業界ご意見番に。多くの時計専門誌に寄稿する傍ら、『クロノス日本版』では創刊2号から主筆を務める。2016年より編集長に就任。
ヴァシュロン・コンスタンタンの特注工房「キャビノティエ」は、毎年驚くほどの複雑時計を製作している。機構やデザインはもちろんだが、傑出した仕上げにも一層磨きがかかっている。繊細に抜かれたレバー類や深い面取りなどは、本工房の作品を一層魅力的に見せる要素だ。機械式時計の最盛期でさえ望むべくもないユニークさと完成度を誇るレ・キャビノティエの創作は、現代の聖杯といっても過言ではない。(広田雅将:本誌)
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