史上空前、と断言していい世界的な高級時計人気。今や人気時計ブランドの新品時計の購入は、3年待ち、5年待ちが当たり前だ。果たして、この人気はどこまで続くのか? 今回は時計業界の、この好景気の先を考えたい。
(2022年10月8日掲載記事)
金融緩和がもたらした「空前の好景気」
2022年3月30日〜4月5日に開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022」に続いて、8月29日から9月1日までジュネーブで、実に30を超える時計ブランドが参加した時計の新作展示イベント「ジュネーブ・ウォッチ・デイズ 2022」も行われた。この時計イベントの発展の可能性については、次回以降に取り上げたいと思う。
http://www.fhs.jp/jpn/2022_08_statistics_july_2022.html
同イベントではブルガリの新作が象徴的だが、発表された新作の数々は贅沢でプレミアムなものが多く、スイス時計産業が空前の好景気にあることを示している。
実際、スイス時計協会FHが7月19日に発表した2022年上半期、1月〜6月のスイスの工場出荷額ベースの総輸出額は、119億スイスフラン(約1兆7368億円:1スイスフラン=145.95円換算、2022年10月8日時点)。スイス時計の総輸出額が2014年を抜いて史上最高を記録した昨年2021年と比較して2桁増、11.9%の伸びを示している。この状況なら2022年は史上最高を更新することは間違いない。
http://www.fhs.jp/jpn/2022_07_19_statistics.html
拡大続く百貨店の時計売り場
前回の本コラム「売り場面積もブランド数もぶっちぎりNo.1! 高級時計を「イッキ見する」なら名古屋に限る!?」という記事でも一部触れたが、世界でも日本でも、高級時計の好景気は続いている。
https://www.webchronos.net/features/84001/
三越伊勢丹では、伊勢丹新宿店が7月6日~ 19日に開催した「ウォッチ コレクターズ ウィーク」と、三越日本橋本店が8月17日〜30日に開催した「第25回三越ワールドウォッチフェア」が、どちらも史上最高の売上高を達成した模様だ。こうした高級時計人気を受けて、先日の名古屋のように時計売り場を大幅に拡張する百貨店が増えている。名古屋に続いて京都でも、大丸京都店がロレックス ブティックを店舗6階から四条通に面する路面店に移転し、店舗面積を約3倍に拡大した。
こうした時計売り場の改装はここ数年続いており、その結果、年間売上が改装前の約2倍を記録。在庫があればもっと売上額は伸びたのに、とバイヤーが明かしてくれたところもある。
金融緩和と行動制限が終わればブームも終わる!?
こうした世界的な高級時計の好景気。その最大の要因が、新型コロナウイルス禍への対応として世界各国が実施した金融緩和による「カネ余り」「株式市場の高騰」にあることは、関係者の誰もが認めるところ。この「カネ余り」の恩恵を受けた人々や、一部の時計ブランドのリセールバリューの高さに注目した投機的な視点を持つ人々が、競って一部の時計ブランドの高級時計を買い求めた結果、予約しても購入まで3〜5年待ちになっていること。こうした時計ブランドの過去の製品が中古市場で異常な高値で取引されているのは、時計好きの本サイトのユーザーはよくご存じだろう。
そしてもうひとつの要因が、旅行の代替消費として、これまで高級時計に興味のなかった人々、特に若い成功者が高級時計を積極的に購入していることも確かだ。こうした人々の一部は腕時計というアイテムの魅力に開眼して続々と買い求め、時計愛好家になっていくという話も聞いた。
ただ、金利の大幅な利上げを明確にしたアメリカを筆頭に、世界は金融緩和政策から金融引き締めに転換しつつある。また新型コロナウイルス感染拡大への対策として国内外で取られている行動制限による旅行の自粛も、徐々に解消される方向に向かっている。つまり、これまでの高級時計ブームの前提条件は大きく変わりつつあるのだ。
まだ4〜5年は続く「高級時計人気」
では、金融引き締めが行われ、国内外の旅行が解禁されてもこの高級時計ブームはまだまだ続くのか!? 答えはイエスだ。
スイスを筆頭とする各国の公的なデータや時計に関連するSNSの投稿や記事、そして百貨店の時計売り場をはじめ高級時計の現場の声を総合し、取材した時計ブランドのCEOたちが語る時計消費の現状を考えると、正規品の新品に関する限り、現在予約されている人気ブランドの人気モデルが入荷する4〜5年後まで、このブームは手堅く続くことは間違いない。
https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdfhistory_world.html
百貨店の時計売り場の拡張は、こうした見通しの下にまだまだ続きそうだ。1990年代に機械式時計ブームが起きて以来、この30年間、高級時計の人気は概して右肩上がり。スイス時計協会FHのデータによれば、2000年から2014年の間に総輸出額、つまり世界の時計市場の規模は約2倍に拡大した。
ただ2015年以降、総輸出額は横ばい状態で市場の成熟が囁かれていた。しかし時計業界にとって意外なこと、幸運なことに、新型コロナウイルス禍は結果として「新たな市場」の創出につながった。成長が期待されていたアメリカに加えて、「これ以上はもう伸びない」成熟市場と思われていた日本やヨーロッパ各国で新たな顧客を獲得したのだ。
真面目に言ったら笑われるかもしれないが、筆者はこの成長が「時計という機械が秘めている無限の魅力」が理由なのだと個人的には考えている。携帯電話が、スマートフォンが、スマートウォッチが開発・普及するたびに「時計はもうオワコン(終わったコンテンツ)だ」と囁かれてきた。でも、実はこうした危機が取り沙汰されるたびに機械式の高級腕時計は売り上げを伸ばしてきたのだから。
ただ、中古時計の市場価格については、あまり楽観しない方が良いかもしれない。なぜなら、香港も含めれば実質的に世界No.1の高級時計市場である中国で一部の高級時計の中古価格が下落し始めているからだ。この理由は中国の不動産バブルの崩壊で、競って人気の中古時計を購入していた人々が続々とコレクションを手放している可能性が高い。リアルバリューより高騰していた価格が、ついに調整局面に入ったと考えた方が良いだろう。
https://www.webchronos.net/features/85392/
https://www.webchronos.net/features/85123
https://www.webchronos.net/features/83769