IWC「ダ・ヴィンチ」の歴史をひもときながら考察する、アーカイブの有用性(後編)

FEATUREその他
2022.10.13

腕時計に関する過去の記録は私たちにさまざまな情報を教えてくれる。オンライン上で過去の記事を閲覧できるようにしているヨーロッパスターのバックナンバーを活用し、IWC「ダ・ヴィンチ」の歴史を掘り下げながら、時計情報のアーカイブの有用性を考察する。ダ・ヴィンチが誕生した1969年当時を紹介した前半に続き、後半では現代まで発展を遂げてきた経緯をたどる。

IWC「ダ・ヴィンチ」の歴史をひもときながら考察する、アーカイブの有用性(前半)

https://www.webchronos.net/features/85428/
Originally published on EUROPA STAR
Text by Stephen Foskett / Grail Watch
2022年10月13日掲載記事

IWC「ダ・ヴィンチ」の進化や時代背景

 1971年に開催されたバーゼルフェア関連の記事において、存在が確認されたIWC「ダ・ヴィンチ」の初代「ダ・ヴィンチ・クォーツ・エレクトロニック」。これに関してもう少し言及していきたい。六角形のトノーケースにブレスレットを一体化した、当時としては極めてモダンなデザインである。そのフォルムはジェラルド・ジェンタの発想を想起させるものがあった。これは事実から遠くないだろう。実際、2000年のヨーロッパスターではジェンタとダ・ヴィンチをクレジットした回想録が刊行されている。

1968年からのIWCの他のモデル

 1968年後半から70年代初頭にかけてIWCの他のモデルを調べると、興味深い共通点があった。70年の120号では、IWCから71年発表のクォーツモデルと同じケースと文字盤を備えた自動巻きモデルが掲載されている。その号のコメントでこれは、「ケースとブレスレットの完璧なコンビネーション」を備えた大型の腕時計であるとされている。

ヨーロッパスター

©Europa Star 5/1970
IWCは1970年に六角形のトノーケースを備えた自動巻き腕時計を発表している。

 謎はさらに深まる。分かっているのは、IWCが70年に「ダ・ヴィンチ」の名を冠さないふたつの興味深いモデルを生産していることだ。六角形のトノーケースを備えた自動巻き腕時計と、大きなラウンドケースを備えた初期のベータ21搭載モデルである。71年に発表されたダ・ヴィンチはこれらの要素を兼ね備えている。アーカイブ以外の調査から、ダ・ヴィンチのケースはかなりの厚みがあるにも関わらず、最初のベータ21のムーブメントを搭載するには十分な大きさがなかったのではないかと推察された。IWCはおそらく既存のケースに収まる、より薄い第2世代のムーブメントを待ったのだろう。

1985年に再びヨーロッパスターに登場

 ダ・ヴィンチの名前が再びヨーロッパスターに登場するのは、85年の代表的な永久カレンダー搭載モデルであるが、同社のクォーツモデルには進化を見ることができる。74年にはケースが変更され、エッジは丸みを帯び、ブレスレットは中央のリンクが幅広になった。これは再び自動巻きとクォーツモデルに採用されている。このモデルは「薄型」と記されているが、ベータシリーズは常にかなり厚みがあったため、後年のクォーツムーブメントを搭載していたのだろう。IWCはその後、ジェンタにインスパイアされたステンレススティール製スポーツウォッチである「SL」のラインにダ・ヴィンチを導入するが、ヨーロッパスターにはこれが記されていない。

ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー

©Europa Star 4/1985
シンプルなクォーツ時計が多いなか、複雑な永久カレンダー付き自動巻きクロノグラフの「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」は際立っていた。

 85年、IWCの主要な2番目のモデル「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」が登場する。IWCはスイス時計製造の価値を示すために機械式時計復権に努め、それまでに製造された時計の中で最も複雑な時計にこの名前を復活させた。この新しいダ・ヴィンチは、ヨーロッパスター152号でポルシェデザインのチタン製クロノグラフウォッチや、ジェンタのインヂュニアSL クォーツと並んで紹介されている。記事の冒頭には、クォーツ危機からブランドを救った功労者であるギュンター・ブリュームラインの写真が掲載されている。また、この「ダ・ヴィンチ」の着想源となった懐中時計のコンプリケーション数々も紹介されている。

 ヨーロッパスター152号の他のページからは、当時の時代背景も見えてくる。石油危機、オメガの問題、TAGによるホイヤーの買収、フランス・エボーシュによるインドでのクォーツムーブメント工場の建設などの論説も掲載されているのだ。このような暗雲が立ち込める中、ブリュームラインとIWCが「ダ・ヴィンチ」のような複雑な機械式時計を製造することは、実に驚くべきことだった。先手必勝、ダ・ヴィンチは機械式の輝ける星であり、クォーツ危機の暗闇の中で道を照らし出した。先述の論説内で言及されていたように、「未来はコンピューターだけのものわけではない」のである。

1986年に注目すべき広告が掲載

 86年発刊のヨーロッパスター159号に掲載されたIWC「ダ・ヴィンチ」の注目すべき広告は、2200年の時計職人が年表示を変更する必要があることに注意を促している。この広告には、永久カレンダー表示の更新に必要な新しい歯車が入った小瓶の写真も掲載されている。そして、その時計職人に対して「昔の職人の創意工夫に驚嘆せよ」という楽しい注釈も添えられている。

ダ・ヴィンチ・セラミック・パーペチュアル

©Europa Star 5/1986
「ダ・ヴィンチ・セラミック・パーペチュアル」について紹介するヨーロッパスター159号。

 159号には「ダ・ヴィンチ・セラミック・パーペチュアル」の掲載もある。セラミックス製のこの時計もまた高級時計業界を牽引するエキゾチックな素材であった。機械式複雑時計とエキゾチックあるいは貴重な素材の組み合わせは、スイス時計産業にとって次の数十年の発展のレシピとなる。

ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー

ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダーの広告を載せた1986年発刊のヨーロッパスター159号。

1988年にレディース用クォーツモデル「ダ・ヴィンチ・レディー・クロノグラフ」が発表

 1988年、「ダ・ヴィンチ」に興味深い方向性が見られた。直径24mmのレディース用クォーツモデル「ダ・ヴィンチ・レディー・クロノグラフ」が発表されたのである。ジャガー・ルクルトのCal.630を搭載したこのモデルは、ジャガー・ルクルトの「オデュッセウス」の向かいに掲載されている。

 91年の189号では、IWCの「激動の歴史」や「有望な現在」としてダ・ヴィンチなどの歴代の複雑機構搭載モデルが特別に取り上げられている。193号では、ブレゲやダニエル・ロートの複雑機構搭載モデルが見開きで掲載されている。85年のダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー発売以来、わずか数年の間に、業界は大きく変わったのだ。

 

ダ・ヴィンチ・レディー・クロノグラフ

©Europa Star 2/1988
セミメカニカル・クォーツのクロノグラフムーブメントであるCal.630を搭載した「ダ・ヴィンチ・レディー・クロノグラフ」の掲載ページ。

 次に大きな進化を遂げたのは、「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」誕生10周年の時である。95年刊行のヨーロッパスター210号に掲載されたように、既存のクロノグラフ機構にスプリットセコンド機能が追加されたのだ。同じころ、誌面には他ブランドのトゥールビヨンやミニッツリピーターなどの斬新な複雑機構の搭載モデルが並んだ。4つの文字盤に10本の針があるにもかかわらず、印象的なダ・ヴィンチの存在感はやや薄らいでしまった。

ダ・ヴィンチ

©Europa Star 2/1995
ダ・ヴィンチのスプリット機能搭載モデルを紹介する1995年刊行のヨーロッパスター210号。

 ヨーロッパスター213号のIWCの広告には、「複雑機械式時計のルネサンス」と掲げられていた。これは確かに真実だった。この号では、ジャガー・ルクルトの新しいマスターシリーズやショパールの機械式モデル、「ジュネーブの才能ある若手時計師」フランク・ミュラーなどの記事が掲載されている。

ダ・ヴィンチ・クロノグラフ

©Europa Star 2/2007
ダ・ヴィンチの中でも先進的なトノーケースモデルの登場を伝える2007年のヨーロッパスター。

ダ・ヴィンチの3つ目の大きな展開

 ダ・ヴィンチの3つ目の大きな展開は、2007年刊行のヨーロッパスター282号に見られる。ここからダ・ヴィンチはコレクションとして確立され、クロノグラフ搭載、あるいはクロノグラフ非搭載の永久カレンダー、日付表示付き3針モデルなどのラインアップを拡充させていく。また、クルト・クラウスが2回目の登場を果たしている。

 さらに重要なのは、クォーツのオリジナルを思わせる、ほぼ六角形のトノー型ケースの形状である。この類似性が見過ごされているのは不思議なことだ。実際、記事では85年の「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー」に言及し、クォーツモデルを完全に無視している。トノー型ケースには、従来のラグを備えた複雑なものと、センターアタッチメントを備えたシンプルなものの2種類がある。前者は複雑な永久カレンダー搭載モデルに、後者はシンプルな自動巻きモデルに使用された。

ダ・ヴィンチ

©Europa Star 2/2008
ダ・ヴィンチの日付表示付き3針モデルを掲載する、2008年刊行のヨーロッパスター288号。

 2008年刊行のヨーロッパスター288号では、ダ・ヴィンチの日付表示付き3針モデルに着目したい。この表示内容は37年前の68号掲載のクォーツモデルとほぼ同じである。まるで1周したようだ。ヨーロッパスターのアーカイブのおかげで、IWCのダ・ヴィンチの変遷を俯瞰することができた。ダ・ヴィンチは17年に再びラウンドのケース形状に戻っている。


時計の新作のみならず業界について言及されていたヨーロッパスター

 ヨーロッパスターの編集方針として、時計の新作のみならず業界について言及されていた点も、後年にはなお重要な資料となる。特に時計・宝飾品業界とその製品に関する情報の一次資料として、写真やブランドからの技術情報だけでなく、記述も提供されていることは有用だ。将来的には事実確認が行える情報源となる。

 ダ・ヴィンチが1969年に発売されたとか、初期のモデルには六角形のケースが使われていたといった主張を反証できるわけではないが、それに代わるものを示すことはできる。そして、このこと自体が示唆に富んでいるのである。


IWC現代デザイン理論

https://www.webchronos.net/features/31502/
高級時計産業界を革新した重要人物ギュンター・ブリュームライン、その肖像

https://www.webchronos.net/features/84049/