プラスティックを採用したからこそ
話が前後するが、トム・フォードはグッチを退いたあと、05年に自身の名前を冠したブランドを立ち上げる。18年に「TOM FORD TIMEPIECES」で時計業界に参入すると、2年後に発表したのが海洋ゴミをリサイクルした“海洋プラスティック”を使用したオーシャンプラスチックシリーズである。
そして22年2月、今回紹介しているN.002 オーシャンプラスチック スポーツをラインナップに加えている。これは100%リサイクルプラスティックを採用した初の自動巻き腕時計となる。
どこに再生プラスティックが使われているかは写真で確認いただくことにして。
近年、“再生”という冠のついた素材は増えてきている。とくにプラスティックやナイロンのレベルは高く、もはやバージンプラスティックやバージンナイロンと遜色はない。日本では店舗限定カラーとして、ブルー、オレンジ、イエローのストラップも登場していたが、どれも濁りのない美しい色合いに仕上がっており、ここからも再生製品のレベルの高さをうかがい知ることができる。
今回も再生プラスチックと聞いていなければ、ベゼルはセラミックで、ケースは金属と思ったほど。とくに飲み屋の灯の下ではテキメンで、ブレスレットがケースに当たった際の音で、「あ、そういえばケースはプラスティックだった」と改めて思ったほど。もちろん、屋外であっても、まったくプラスティック感はなかったことを知ってもらいたい。
では再生素材であることを除いて、ケースがプラスティックであることの利点はどこにあるのか。
それが前述したラグの形状である。写真で説明しきれていないのはお詫びするしかないのだが、正面から見れば一般的なラグの形状が、ベルトを外すとラグの内側に盛り上がりがあったり、ベルトが美しく収まるように傾斜がつけられていたりと、かなり複雑な成形がなされている。ここからトム フォードは素材がプラスティックだからこそ、その特性を存分に生かした形状を設計したと分かる。
この形状によりベルトがしっかりと固定され、ケースが滑ることも発生せず、手首にフィットする。彼の得意とする“心地”が創出されているのである。
これをSSやチタンでやるのは手間も時間も費用もかかるだろうし、重くもなる。逆にいえば金属で行う意味を見出すことが難しい。
トム フォードはこうした素材の特性とそれを生かすかたちを生み出した。それがオーシャンプラスチックなのである。
腕時計に対して、デザインから入るか、機械から入るかと問われたら、私は間違いなく機械から入るし、ブランドを問われたらウォッチメーカーを優先する。そういう気質の私にとってN.002 オーシャンプラスチック スポーツは人生初のファッションブランド出自の腕時計。インプレッション前は、少々色眼鏡で見ていたのは否めない。
だが、今回、トム フォードはそんな色眼鏡を外してくれた。まだまだ知らない時計があるんだよね~。最後は返したくないと思うくらい、この時計が好きになってました。
https://www.webchronos.net/features/78674/
https://www.webchronos.net/features/50883/
https://www.webchronos.net/features/60699/