腕時計はただの時間確認ツールだろうか。おそらくそうではない。長い時間を共に過ごし、向き合っていくうちに、腕時計は深い関係が築かれ、かけがえのない相棒となる。相棒である腕時計との時間を末長く過ごすためには、定期的なメンテナンスが欠かせない。今回は、スイスの高級時計ブランド「IWC」のオーバーホールについて紹介しよう。
IWCとオーバーホールの歴史
IWC(International Watch Company)は、1868年にスイスで生まれた高級時計ブランドである。企業名が英語であるのは、創業者のフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズがアメリカ人時計職人であるためだ。
ジョーンズは当時としては珍しく、アメリカ式生産システムの優れたメカニズムに、手工業技術に秀でたスイス人労働者を組み合わせ、より効率的で質の高い時計作りのスタイルを確立した。
その姿勢と彼の精神は今なおIWCに受け継がれ、スイス公認の「クロノメーター規格」とは別に、自社の厳しい規格を設けて品質を確かなものにしている。加えて、IWCは「アクアタイマー」「パイロット・ウォッチ」のような代表的なシリーズを、毎年刷新しているのが特徴だ。
またIWCでは、生産終了モデルの修理にも対応している。永久修理・メンテナンスをうたっており、古いモデルであっても修理・オーバーホールに対応してくれるのが、IWCの強みと言えるだろう。
オーバーホールと修理の違い
オーバーホールとは、機械製品における健康診断や点検のことでメンテナンスのことを言う。腕時計に限らず、自動車やバイクのエンジンなど、さまざまな業界で用いられる。
「修理」と間違われることもあるが実際はまったく異なるものだ。
「修理」は、すでにある故障箇所のみを修復するもので、人間で言うところの“治療”に当たる。対して「オーバーホール」は、機械を分解して内部に故障や不具合がないか、古くなっている部品はないか点検するもので、人間で言えば“定期検診”あるいは“健康診断”に相当する。
オーバーホールの重要性
時計ブランドは定期的なオーバーホールを推奨している。ブランドごとに周期は異なるが、3〜5年を目安にしているところが多い。
機械式の時計には、少なくとも100以上の部品が使われている。時計の機能が増えればその数も増え、数百から1000単位もの部品数になることもある。
この部品たちが噛み合い、円滑に動くよう、ケース内部には潤滑油が使用されている。潤滑油は部品同士の摩擦軽減の役割も担っているが、月日とともに潤滑油が劣化すると部品同士に摩擦が生じ、亀裂や破損の原因になってしまう。
部品の損傷は時計そのものの不具合や故障に直結するため、オーバーホールによる定期点検は必要不可欠だ。
正規店と非正規店の違い
オーバーホールを含む時計のメンテナンスは、正規店だけでなく非正規店でも行える。
正規店では、ブランドに所属し、ブランドの時計を知り尽くしたプロが対応する。修理や部品交換が必要になった際、非純正の部品を使われる心配がなく、万が一の際の保証も手厚い。ただし、非正規店に比べてサービス料金が高く設定されていることがデメリットとも言える。
非正規店では、一般の修理技師が対応する。業者によっては、正規店と比べてサービス料金が低く設定されるなど、コストパフォーマンスの高さが魅力だ。ただし、技師のスキルが一定ではないため品質の高い業者選びが必要だ。また、知らぬうちに非純正の部品が使われていたり、モデルによっては対応できなかったりというケースもある。
IWCのコンプリートサービス
ブランドごとにメンテナンスやオーバーホールの工程や内容は異なる。IWCのコンプリートサービスは、IWCが行っているアフターサービスのひとつ。検査からムーブメントの分解掃除までを行うオーバーホールのことだ。診断結果にもよるが、通常4週間ほどかかる。検査で不具合や故障が判明した場合は、さらに時間がかかることもあるだろう。
ここからは、IWCのオーバーホール「コンプリートサービス」について、工程と内容を紹介しよう。
診断
まずは時計の状態を把握するための診断だ。時計の技術的機能の評価からはじまり、ケース・ブレスレット等の美観をチェック。
この診断は非常に厳しく実施され、隅々まで徹底的にチェックが入り、修理や交換が必要な部品などを特定のうえ決定する。
ケースの工程
診断後、ケースから時計の心臓部であるムーブメントが外され、全部品を超音波洗浄器にて洗浄。ケースやブレスレットも研磨して整えられ、深い傷においてはレーザーを使用しての修復が行われる。
ムーブメントの工程
ムーブメントもすべて分解され、部品をクリーニングする。各部品のクリーニングが完了したら、時計技師が部品を検査し、IWCの定める基準をクリアできない部品は新しいものへと交換される。
部品を組み立て直し、潤滑油を差したのち、時計技師が一度目の調整を行う。その後、ケーシング(ムーブメントをケースに収めること)したのち、文字盤や針を取り付け、時計技師が最終調整をしたうえで密閉される。
品質検査
最後の品質検査では、パワーリザーブや空気圧、防水性能など、機能テストや点検で総合的な品質チェックを実施して、IWCのオーバーホールは完了だ。