アマン東京の閑雅な「武蔵 by アマン」に立つ武蔵弘幸氏。この道37年の職人技が織り成すオーセンティックな江戸前鮨と、それを取り巻くすべてが、食べ手の心を打つ。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2022年11月号掲載]
塩のあて方、洗い方、酢の入れ方、それらの量や時間は、培った感覚と感性によって決められる。小鰭は、握りの中盤頃、赤身の後に引き締める存在として登場することが多いが、日によっては前後し、状態が良くなければ握らないことも。鮨種は毎朝、武蔵氏自らが市場で買い付けるほか、日本各地からも、その日の朝水揚げされた魚が空輸で届けられる。
熟練の技が成す凛然たる一貫
1967年、山梨県生まれ。18歳で鮨の世界に入り、実家の鮨屋や割烹料理屋、蕎麦屋などで研鑽を積み、地元で独立。37歳で上京し、いくつかの名店を経て、2006年に青山の裏通りに「鮨 武蔵」を開業。18年10月、アマン東京の「武蔵 by アマン」の親方に迎えられる。
「武蔵 by アマン」のカウンターは、2枚の檜から造られている。1枚は親方の武蔵弘幸氏が「鮨 武蔵」で12年間にわたり使い続けてきたもので、もう1枚は「武蔵 by アマン」のオープンに際して選んだもの。中央に1本の線こそ入っているが、言われなければ気づかないほど、共に美しい。
「アマン東京」に待望の鮨屋が誕生したのは、ホテルの開業からおよそ4年後の2018年10月のこと。積み重ねてきた誠実な仕事、アマンの美学に共鳴し合う感性、そして人柄に惚れ込まれ、武蔵氏に白羽の矢が立ったのだ。しかし、すでに青山で自身の城ともいえる店で成功を収めていた武蔵氏にとって、オファーを承諾することは並々ならぬ覚悟だったであろうことは想像するに難くない。
「一度は断りましたが、ちょうど50歳という節目を過ぎた頃。また違った楽しみが、先にあるのではないかと考えました」と武蔵氏。この言葉の答えのひとつともいえる米作りは3年目を迎えた。「自分の仕事はお米ありき」という想いから、故郷である山梨県に幾度となく出掛けて田植えや稲刈りを行っている。収穫した「ひとめぼれ」は、酢飯や日本酒に姿を変え、ゲストを魅了。器や酒器の中には、田んぼの土を使って自らの手で制作したものもある。すべてひとつの手からつくられる調和が心地よさを生み、哲学となっている。
武蔵氏の握りは、口に入れるとパンッと弾けるような感覚を受け、酢飯一粒一粒の輪郭を感じるが、またすぐに鮨種と一体になる。絶妙な塩や酢の量と限られた温度帯によって生まれる珠玉の酢飯を「まとまらないので、非常に握りづらい」と笑うが、それを一切感じさせない粋な所作に釘付けになってしまう。わずか数秒で消える儚いひと口に、なぜこれほど感銘を受けるのか。そこには、これまで37シーズン握り続けてきた職人のすべてが投影されているからだろう。武蔵氏が描くまた新たな“この先にある楽しみ”が、さらなる心に響く食体験へと誘ってくれると期待せずにはいられない。
武蔵 by アマン
東京都千代田区大手町1-5-6
大手町タワー アマン東京34F
Tel.03-5224-3339(レストラン予約)
日曜・月曜定休
17:00~22:00(最終入店20:30)
おまかせコース3万1625円
(サービス料15%込み)
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