刷新された“フジツボダイバー”はどこが変わったのか
今回登場したプロマスター メカニカルダイバーは、その“フジツボ”を元にしている。とは言っても忠実な復刻ではなく、そのエッセンスを元に新しく作り上げたものということだ。国内ではラバーベルトの黒文字盤と、青文字盤とベゼルを持つチタンブレスレットの2種類が発売された。私は今回青文字盤のモデル(NB6021-68L)を入手した。
ダイバーといえばロレックスのサブマリーナーに代表されるようにブレスレットが標準的と思うこともあるが、特に国産ダイバーではウレタンベルトがよく用いられてきた。もちろんダイバー用のブレスレットにはウェットスーツを着用したときの長さ調節機構が備わっているのだが、さっと巻き直せば済むウレタンベルトがより実用的なのは確かであろう。オリジナルのフジツボダイバーもウレタンベルトを装備していた。
そのため、より正統な復刻としては黒文字盤とウレタンベルトの組み合わせの方がふさわしい……と私も考えたのだが、私は以前から青文字盤の時計を好んでおり、IWCのアクアタイマークストーダイバー(青文字盤の1000m防水ダイバーズ)を所有していた。さて正統流と爽やかさと軽さを感じられる青のどちらかがよいか……と悩んでいる間に黒文字盤は売り切れてしまったのである。そこで踏ん切りがついて今回は青文字盤を入手した次第であった。
さてようやくこの蘇ったフジツボダイバー(以下新“フジツボ”)を見ていくことにしよう。直径41mm、厚さ12.3mmのサイズはオリジナルのフジツボダイバー(以下オリジナル)が39.5mmだったのに対して若干径が拡大している。これはシチズンがプロマスター銘のダイバーズは国際規格「ISO6425ダイバーズウオッチ」に合致させていることが最大の要因であろう。ダイバーズとして出している時計はきちんと規格を満たす、ということはシチズンの極めて真摯なものづくりの姿勢を著明に表していると思う。
しかし私はこれは一因であって、ちょっと企画した時期、もしくは考えが古かったのではないかと苦言を呈したい。と言うのは数年前であればこの大きさと説明理由はなんの問題もなく受け入れられたと思うが、近年では例えばチューダーの「ペラゴス39」に代表されるようにファッションダイバーでなくても30mm台にとどめた時計が続々と登場してきているからだ。90年代末のパネライに始まる(と言うより私はその前のG-CHOCKの登場と流行こそが始祖だと考えているが)「デカアツ」ブームは、その派手な見栄えからシルバーのアクセサリーのような誇示効果を求められて流行した。
しかし重い時計をつけて振り回すのは気分が高揚しているときには良いが、やはり落ち着いたときにはよりさり気ない時計のほうが使いやすいのである。1970年代にもスポーツウォッチの流行から直径46mmのクロノグラフまで登場したが、すぐに廃れて機械式時計復興期には40mm以下が主流になっていた様な、歴史の繰り返しなのだ。「復刻ではない」「国際規格を通している」というのはまさに錦の御旗であるが、ここは直径がオリジナル同様であればより輝ける存在になったのではないだろうか。径が大きな迫力ある時計は、シチズンの場合はすでに出ているより新しい80-90年代のダイバーをモチーフにしたダイバーズ(NB6004など)で果たされているようにも思える。ここは今後のモデル追加でマイナーチェンジに期待したい。
その一方で厚さはオリジナルよりも1mm薄くなっている。これはオリジナルがシチズンのキャリバー8200系を搭載していたのに対し、新“フジツボ”がキャリバー9051を搭載している事によって実現している。キャリバー8200は長いことシチズンの機械式時計を支えてきた名機であるが、セイコー7Sと同様にクォーツ時代に電池を手に入れにくい発展途上国向けの需要を中心とした大衆機の生き残りであった。それ故6振動のロービートで精度もほどほど、そして頑健さを優先した分厚いムーブメントである。
それに対してキャリバー9000系はザ・シチズン機械式の登場とともにデビューしたより「高級」なムーブメントである。8振動で高精度化を図り、薄型でより高級でドレッシーな時計にも搭載しやすい。その精度の良さから海外のマイクロブランドにも愛用されている。キャリバー9051はさらに改良が加えられ、第2種耐磁(1万6000A/m)の耐磁性能を得て更に実用性が向上しているのだ。先に私は新フジツボがオリジナルよりも大きくなったことを非難した。が、逆に薄型化については諸手を挙げて賛意を表するのである。
それは、薄くなった部分のほとんどがムーブメントの薄型化により裏蓋の厚みが減ったことによる。日本のメーカーはそのモノづくりに対する真剣さによって、製品に対して過剰な安全マージンを取るきらいがある。そのためシチズンに限らず、国内のメーカーではドレッシーな時計であってすら裏蓋がポッコリと盛り上がっているものがよくあった。これはムーブメントに対して裏蓋がマージンを取るためであるが、それによって時計の重心が高くなり、装着感が著しく悪くなることが頻発した。
逆に実用的な時計の雄とされるロレックス(とグループのチューダー)は裏蓋のケースに対する張り出しを以前から極めて小さく抑えている。これが同グループの時計がスポーティーで大きなものであっても装着にストレスを感じない大きな原因となっているのである。
しかしここ最近、日本のメーカーも裏蓋の張り出しと時計の重心により気を使う様になってきた。そしてこの新“フジツボ”はその大きな成果のひとつである。繰り返し直径については惜しさをしつこく書いているが、高さの抑えられたソリッドバックがもたらす重心の低さと一体感は実際にはこの新フジツボを装着しているストレスをほとんど感じさせないのだ。
惜しいところとしては裏蓋がそっけないところでここは同社の「フグ」や「オルカ」の用にシンボルとなるエングレーブが入っていればなお良かったのではなかろうか。
それはもちろんフラットでスムースなソリッドバックによるものだけでもたらされているものではない。そのもうひとつの大きな理由はもちろん、シチズンの誇るスーパーチタンによるものだ。チタンはその軽さと耐食性からダイバーズでは好んで用いられてきた素材である。しかしその一方で柔らかいために傷が付きやすく、しかしその粘りのために研磨が困難で見栄えを回復することが難しい、という問題を抱えてきた。
シチズンのデュラテクトコートによるスーパーチタンはその問題を一気に解決したのだ。ステンレスを上回る耐傷性を得ながらチタンの軽さはそのまま、という実用性で言えばまさに夢の素材である。私はこれまでもシチズンのスーパーチタンの時計を入手してきたが、渓流で足が滑って岩に擦れても、海辺で波に巻き込まれて砂浜をぐるぐると回って引き回されてもスーパーチタンに傷ひとつつかなかったのである。まさにダイバーズを始めとする活動的な行動に装着する時計にピッタリな素材ではなかろうか。
実用に長けたディテール
素材の話ばかりをしてきたが、今度は表側を見ていこう。文字盤の意匠は表記は別にして比較的オリジナルの“フジツボ”に忠実である。マットな文字盤は高級感よりもスポーツウォッチらしいみやすさを優先していて好ましいし、エンボスのインデックスも見やすさと素朴な味を両立している。針のデザインも比較的オリジナルに忠実であるが……いわゆるベンツ針は根本の夜光が抜かれてスケルトンになっている。これはデザイナーは視認性を優先した、と言っているが疑わしい。
おそらくはオリジナルのベンツ針そのままではあまりにもロレックスの風味が強くなるのを避けたのではなかろうか。ただシチズンを擁護するとベンツ針はロレックスのサブマリーナにオリジナルを求められるが、70-80年代にかけてはダイバーズではタグ・ホイヤーをはじめ多くの会社がベンツ針を使っていたのもまた確かなのである。
今回のデザインはある程度は独自性を示せていると思う一方で、チューダーの“イカ針”のような会社のアイコンになるデザインをアーカイブから引き出せなかったのは惜しいところである。ぜひ今後もシチズンにはクラシカルな正統ダイバーを作りながら模索していただきたい。
ベゼルに近年流行りのセラミックスやサファイアクリスタルを用いず、クラシカルなアルミとしたのは近年の過度にギラギラしたスポーツウォッチから距離をおいていて非常に好ましいポイントである。また分厚いサファイア風防と周辺のカットが文字盤に水槽を覗き込むような効果をもたらしているのは懐かしいオリジナルの風情を醸し出すとともに他と違った大きな魅力となっている。当初はこの風防により視認性が低下するのではないかと恐れられたが、実際に使用してみるとまったくの杞憂であった。
オリジナルのヴィンテージな味わいを出すポイントとしては他にケースの比較的エッジのゆるい造形も挙げられる。その一方でヘアラインの入れ方などは丁寧であり、単に古臭くて工作水準が低いわけではないことを主張しているのだ。
長々と時計を眺めて書いてきたが、実用ではどうであろうか。現在私は、大変申し訳無いのだが、ブレスレットモデルをセイコーのシリコンバンドに交換して使っている。ブレスレットはチタン製で軽く、作りも価格帯の範囲では十分であり、また感触こそロレックスグループよりは劣るが(コストを考えると仕方ない)、凝った微調整装置も付いている。しかしどうしても私はシリコンバンドの軽快さと……時計に合わせてブルーのものが欲しかったのでセイコーのものを使っているのであった。申し訳ない。
先に記したように装着感は極上の部類である。特にラバーバンドにすれば軽快でストレスも極めて小さく、まさに日常使いに最高である。精度は一週間連続で使って+7~+8秒で安定してばらつきが少ないもの上々であった。アウトドア活動のみならず、最近の気候変動による台風やゲリラ豪雨でもこんなに頼りになる時計はない。
実際に使用していて気になった点としては、キャリバー9051はオリジナルのキャリバー9000の登場時としては標準的な約42時間駆動となっているが、特にアウトドア・週末の使用が多くなると思われる現在ではもっと長時間動いてくれたほうがより使い勝手が良いと感じた。ラジューペレの改良版では100時間駆動のものも出ており、ぜひシチズンにフィードバックしてもらいたい。
と苦言も多く呈したが、その大部分は重箱の隅をつつくものであり、アクセサリーではなく本当に実用できる素晴らしい時計である。機械式時計に興味があるすべての人に勧めたい。
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